部屋に蜘蛛が放たれた夜、翠鈴は熱を出した。蜘蛛の毒性が弱いのは劉弦の言った通りだったが、国の端から来た翠鈴には耐性がなかったからだ、と宮廷医師は言った。とはいえ一時的なもので、お腹の子に影響はないと言われ安心して眠りにつき、目覚めたらもう日が高かった。

「翠鈴妃さま、お目覚めになられたんですね。ああ、よかった!」

 少しぼんやりとしたまま、身体を起こした翠鈴にそう言ったのは、洋洋だった。翠鈴の額に手をあてる。

「少し熱は下がりましたね。まだありますが……。まずはお水をお飲みください。蘭蘭、翠鈴妃さまの着替えの準備を。それから宮廷医師に翠鈴妃さまが目覚めになられたことをお知らせして」

 隣にいる蘭蘭にテキパキと指示をしていた。

「どうして洋洋がここにいるの?」

 部屋を見回して、翠鈴は尋ねる。彼女が仕えているはずの芽衣の姿はなかった。

「翠鈴妃さまが熱を出されておられる間、お世話させていただく女官を増やすよう陛下がおっしゃったのです」

 洋洋が言い、蘭蘭が頷いた。

「でも、昨夜のことがありますから、信用できる者でないと駄目だとおっしゃったので洋洋さんにお願いしたんです。陛下も芽衣妃さま付きの女官だと伝えたら安心されたようです」

 それで翠鈴は状況を理解する。同時に申し訳ない気持ちになった。

「洋洋には芽衣がいるのに、ごめんね。芽衣にもあとから謝っておかなくちゃ」

 洋洋が首を横に振った。

「それには及びませんわ、翠鈴妃さま。芽衣妃さまはお部屋におられません」

「部屋にいないって……どういうこと?」

 翠鈴は窓の外をちらりと見て問いかけた。もう随分と日が高い。散歩の時間ではないはずだ。
 すると洋洋は困ったように蘭蘭を見る。蘭蘭がためらいながら口を開いた。

「陛下が後宮中のすべての妃に中庭へお集めになられたんです。今皆さま、中庭へいらっしゃいます」

「すべての妃を中庭へ……?」

「はい。昨夜ここへ蜘蛛が放たれたことについての詮議を行うと……」

 その言葉に、翠鈴は身体を起こした。

「大変……! 私も行かなくちゃ」

「翠鈴妃さまは、被害を受けられた方ですから、行かなくても大丈夫です! まだ熱も下がっておりませんし」

 蘭蘭が慌てて翠鈴を止めるが、翠鈴は首を横に振った。

「そうじゃなくて。このままじゃ、どなたかがお咎めを受けることになってしまう」

 おそらく実行したのは芸汎だ。でも彼女は自分の意思でやったわけではない。

「翠鈴妃さまに危害を加えた方がお咎めを受けるのは当然ですわ、翠鈴妃さま」

 少し厳しい表情で洋洋が言う。翠鈴に対する数々の嫌がらせを見てきた彼女は、犯人にたいして憤りを感じているようだ。
 やったことの咎めを受けるのは当たり前。
 それはそうかもしれないが、それではあんまりだと翠鈴は思った。昨夜の劉弦の怒りを考えれば、お咎めは厳しいものになるだろう。

「私、陛下にお話ししなくちゃいけないことがある。蘭蘭、お願い……!」

 蘭蘭が複雑な表情で頷いた。

「洋洋さん、私がお付き添いいたします。翠鈴妃さま、手を」

 彼女の手を取り翠鈴は寝台を出た。