「今宵は、疲れたであろう。ゆっくり休め。朝は翠鈴が起きるまで起こさぬように言っておく」

 宴が終わり、劉弦の寝所に戻ってきた翠鈴を寝台の中へ促して劉弦が自分も隣に入る。
 ふわりと感じる彼の香りに翠鈴の胸はドキドキとした。毎夜を同じ寝台で過ごしているとはいえ、こうやって同時に入るのは随分と久しぶりのこと。彼は毎日夜遅くまで執務に勤しみ、部屋へ来るのは翠鈴が寝てしまった後だからだ。

「寒くないか? 夜は冷える」

 被せられた布団に頬までかぶり、翠鈴は口を開いた。

「今宵はありがとうございました。はじめはどうなることかと思いましたが、滞りなく終わって安堵しました」

 当初の予想に反して、半分ほどの者から祝福の言葉をかけられた。なにより芽衣たちの言葉が嬉しかった。

「皆、翠鈴の力だろう。どうやら、そなたに心惹かれるのは、私だけではないようだ」

 肘をつきすぐ近くで翠鈴を見つめて劉弦が言う。
 翠鈴の頬が熱くなった。
 どうやら神である彼も人と同じように酒には酔うらしい。
 そうでなければ『心惹かれる』などという言葉を使うはずがない。

「私はなにも……」

「いや、他の妃たちがあのように助け合い、手を取り合う姿を私は今まで見たことがない。翠鈴がここへ来てからだろう」

「そんな……。皆さまがもともといい方たちなのです。ただそれだけで……。でも着飾ったのは恥ずかしかったです。あのような格好、私には似合わないのに……」

 芽衣たちは褒めてくれたが、自分のような田舎娘には、分不相応なんてものではなかった。大広間に戻るなどとんでもないと思ったが、一生懸命支度をしてくれた彼女たちの気持ちに応えたくてそうしたのだ。

「美しかった」

 劉弦が目を細めた。
 その言葉に翠鈴は目を見開いた。

「着飾ることは、神である私にとっては本来は無意味なことだ。外見の美しさでは私の心は動かない。だが今宵は着飾るそなたを誰よりも美しいと思った」

 やはり彼は酔っているのだと翠鈴は思う。あるいはよほど世継ぎができたことを嬉しく思っているか……。
 だって、美しいなど翠鈴にはあまりにもそぐわない言葉だ。それでも、嬉しいと思う気持ちを止めることができなかった。
 翠鈴だって今までは着飾ることに興味はなかった。ずっと生きることに必死だった自分には関係ないことだったから。
 それでもあの時は、自分が着飾ったのを彼がどう思うかが気になったのだ。その彼に褒めてもらえただけで、まるで雲の上をふわふわと漂っているような気分になる。

 この気持ちは……?

「さぁ今日はもう休め」

 劉弦が言って、布団の中で翠鈴を抱き寄せた。

「翠鈴を抱くと心地よい。私ももう休むことにしよう」

 すぐ近くから聞こえる彼の声音が、甘く甘く耳に響いた。同時に、翠鈴の胸が複雑な色に染まってゆく。
 尊敬と信頼、自分が彼に抱いてよい思いはそれだけなのに、それ以外の想いが確かに胸に存在するのを感じたからだ。

 ――それは神と人との間には、存在しないはずのもの。

 宿命という名の絆で結ばれていれば十分なはずの自分たちには、必要のないはずの想いだ。

 ――劉弦さまが愛おしい。

 頭の中でもうひとりの自分が呟く。それから目を背けるように、翠鈴はギュッと目を閉じた。