紅禁城の玉座の間にて、劉弦は九十九人の家臣と対峙している。毎朝恒例の謁見である。

「皇帝陛下、おはようございます」

 ずらりと並ぶ家臣の中から黄福律が歩み出る。残りの者も頭を下げた。

「昨夜は、後宮の妃に情けをくださりまして、ありがとうございました。家臣一同お礼を申し上げます」

 そう言う彼の表情がどこか苦々しいように感じるのは、劉弦の思い過ごしではないはずだ。後宮が開かれてから昨夜までずっとどの妃にも手を出さなかったのに、どうしてよりによってはじめて寵愛を与えたのが百の妃なのだと思っているに違いない。
 玉座に肘をついて劉弦は家臣たちを見渡した。劉弦が翠鈴を後宮へ下がらせたのが半刻ほど前、もはやすべての者に昨夜のことは伝わっているようだ。
 皆、釈然としない様子だった。

「たとえどのような出自の妃でも、寵愛をくださるのは、ありがたいことにございます。どのような出自でも……なれど」

「それよりも、福律」

 劉弦は彼の言葉を遮った。

「南西地方で豪雨が発生し堤が決壊した。作物に影響が出ているようだ。すぐに堤を作り直し、税は向こう二年免除だ伝えよ」

「堤が……それは」

 福律が目を見開いた。天候だけでなく被害状況まで言及した劉弦に家臣たちがざわざわとした。

「皇帝陛下、国土が、お見えになるのですか?」

「お加減がよくなられたのですか?」

 彼らからの問いかけに、劉弦は頷いた。
 今朝起きた時よりいつもの頭痛は消えていて、目を閉じると以前のように国の隅々まではっきりと見渡せた。

「華夢妃さまの治療の効果にございますね!」

 誰かが言い、それに応えるように別の誰かが声をあげる。

「さすがは黄族の姫君、翡翠の手の使い手にございます」

 この現象が華夢のおかげではないことははっきりしている。彼女の診察を受けるようになってから随分と経つが、その間体調は悪くなる一方だったのだから。だが劉弦は否定はしなかった。代わりに福律をちらりと見る。その表情からはなにも読み取れなかった。
 立ち上がり、宣言する。

「私は執務室にて国を見る。なにかあれば追って指示する」

 そのまま玉座の間を後にした。