結婚する全ての人が幸せな結婚を出来るわけではない。普通に恋をして付き合って結婚してゆっくり順を追って恋愛ができてたら––乃依にはそんな時間が残されては居なかった。
藤ノ宮家には知られてはいけない〝秘密〟があった。藤ノ宮の血を引く女性だけに現れる〝それ〟は呪いの様なもの。
藤ノ宮家の女性は必ず16歳のになると結婚しその家に嫁ぐ決まりがある。そして、20歳の誕生日までに自分の子供を産まなければ記憶をなくし産まれた頃までに戻る〝不老不死〟の家系。もし子供を作ることが出来なければ、記憶が消える前に藤ノ宮家に戻り16歳でまた別の男の元へ嫁ぐ。
その永遠を繰り返し、疲れた女性は藤ノ宮家で永遠を生きる事になる。また、生きる事も死ぬ事もできないまま疲れ果て死を選ぶ人もいる。そんな呪われた家なのだ。
20歳の年から成長する事もできなければ死ぬ事もできない。その秘密を沢山の人に知られない様にするための広い敷地と大きい家。藤ノ宮家は社会から隔離されている為、外部との交流は最小限にされてきた。
花野井家との交流は古くからあり5年前の倒産をきっかけに藤ノ宮家が資金援助をした事がきっかけで深い付き合いになり乃依と周の結婚にまで至った。
11歳の時、婚約が決まり乃依は一枚だけ周の写真をもらった。その写真は今でも乃依の机の上に置いてある唯一貰った写真で、それを見ながらずっと周に想いを寄せてきた。
明日から周との2人暮らしが始まる。引っ越しの準備は既に済ませてある。明日2人の新居に荷物が運び込まれる予定だ。
ベットと机と椅子以外何も無くなってしまった部屋に少し寂しさを感じる。部屋の中に残された椅子に座り16年間使い古した机にそっと手を重ね優しく何度も撫でる。
「16年間ずっと過ごしてきた私の部屋。元々そんなに物が多かったわけじゃないけど、色が無くなってちょっと寂しい」
親元を離れる事も初めてできっと不安もあるだろう。憂を帯びた表情で乃依は月明かりが射し込む窓から空を見上げる。月明かりに照らされた乃依の顔に段々と影が掛かり彼女の表情を隠した。
*
「––乃依、体に気をつけて周さんと仲良く暮らしてね」
「はい、お母さんも体に気をつけてください」
「何かあったらいつでも帰って来なさい」
「ありがとうございます、お父さん」
「生活が慣れるまでの間は、毎日そちらの家にお邪魔しますので花嫁修行だと思って料理や家事をきちんと覚えていきましょうね」
「とき枝さんも忙しいのにありがとう」
翌日、外まで見送りに来てくれた家族や家の者が温かい言葉をかけてくれた。一生会えなくなる訳でもないが家の門を出て外で暮らした事も旅行やお泊まりにも行った事がない16歳の娘が親元を離れるのだから無理もない。
「お嬢様、お車の準備が整いました」
「ありがとうございます。それでは皆さん、行ってきます」
沢山の人に見守られながら迎えの車に乗り込む。家族と離れて暮らすのは乃依にとって初めての事で寂しさや不安、心配な気持ちもあるのと同時にあの大きな家を離れて初めて外で暮らすのが楽しみでもあった。
「今は先の事なんて考えないで楽しく暮らす事を目標に頑張りましょう」
そう小さく意気込み車がゆっくりと動き出すのと同時に窓の方を見る。泣きながら手を振る母親を見て釣られて泣きそうになるのをグッと堪え笑顔で手を振りその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
藤ノ宮家から車を走らせ1時間程、目的地に到着し車が停車する。周と乃依の実家からそんなに遠くない距離の住宅地にある2階建ての一軒家がこれから2人で暮らす家。この日の為に2人の両親が新築で家を建ててたのだ。
運転手が車を止めて運転席を降り乃依の座る後部座席に回ってドアを開ける。乃依は車を降りてすぐ目の前に建つ2人の家に目を輝かせた。
「ここが私の新しい家……!」
白い木製の柵の中に小さいけど緑の庭と庭から家へ続く道にはレンガが敷かれていて、その先の階段を二段上がった所に家の入り口であるお洒落な木製のドアの前で止まる。
「周様は、もう中にいらっしゃるはず」
ゆっくり呼吸を整えチャイムを鳴らす。少し経って中から足音が段々ドアに近づいて来てドアの前で足音が止まり鍵がガチャっと回る音が聞こえた。だが、解除後暫く経っても中からドアが開くことは無い。
これは……入っても良いってことでしょうか?
ドアノブに手を掛けゆっくりと引いてみる。家の中に入ってみるが、さっきまでそこにあった人の気配が無くなり広い玄関と玄関先に置いてある大きい靴だけが現れた。
乃依は靴を脱ぎ隣に靴を並べ玄関から直ぐ右側の扉が開いたままなことに気がつき、導かれる様にそのまま中に進んで行く。
最初に目に入ったのは、眩しい位陽当たりの良いリビングとその奥には使い勝手の良いシステムキッチンに家具家電も必要最低限のものは既に備え付けられている。
乃依はその場に立ち尽くし言葉に言い表せないほど素敵な家に一人感動する。
今日から、こんな素敵な家で生活して行くのね。
リビングの余韻に浸りながらも部屋の周りを見渡し既に到着している筈の周を探しながら歩き回る。
辺りを隈なく探しても周の姿は見当たらず、他の部屋を見に行こうとリビングを出た瞬間、硬い何かにぶつかり足元がふらつく。
「痛っ」
蹌踉た拍子に数歩後ろに戻され衝突した物の確認をするのゆっくりを顔を上げる。
「〝痛い〟ってこっちの方が痛いから。ちゃんと前見て歩けば」
目の前には先程から探していた周の姿。
「周様!?」
思わぬ遭遇に驚き大きい声を出す乃依と五月蝿いと言わんばかりに不機嫌そうな表情で耳を抑える周。
「あ、ごめんなさい。びっくりして、つい大きい声を……」
「別にいいけど、荷物部屋に運んだからあとは自分でやって。今から部屋に案内するから」
申し訳なさそうに肩を小さく丸める乃依を見て溜息を吐きながら2階に上がり部屋へと案内する周。2人の部屋は、階段上がって直ぐ左側に乃依の部屋があり廊下を挟んで向かい側に周の部屋がある。廊下奥の真ん中にもう一部屋ありそこは夫婦の寝室になっていた。
ここが、寝室……周様と2人でこの部屋を……。
「言っとくけど、俺は夫婦の寝室を使う事なんてないからな。自分の部屋にもベットはあるし」
「分かっております。私も自分の部屋のベットを使います」
分かっていたことだが、バッサリと乃依の考えをぶった斬り寝室を出る周の後を急いでついて行く。
「じゃ、俺は案内したから部屋に戻る。必要な時以外はお互いの部屋に近づかないこと。プライベートの干渉もなしで宜しく」
それだけ言い残し自分の部屋に入る周。
そうですよね……周様に夫婦の関係まで望むつもりはありません。
頭の中では理解しつつも肩を落とし乃依も自分の部屋に入り届いた荷物の荷解きを始める。実家から持って来た物も少ないため直ぐに部屋の中は片付いた。それでも窓から入ってくる陽は大分沈み時計を確認すると夕方5時を回っている。
そろそろお夕食の準備を始めなくては––
時間を見て慌てて部屋を出る。階段を降りてリビングの明かりがついていない事にホッとする。
まだ周様は、部屋にいるのね。
冷蔵庫の中は残念ながら空っぽ。食材は明日宅配で届くようになっている。急いで近くのスーパーに買い物をしに行こうと財布を持ち玄関で靴を履く乃依。
「––ねえ、何してんの?」
家を出ようとしたところで2階から降りてくる周に呼び止められた。
「お夕食の準備をしようと思ったのですが、買い物にまだ行けてなくて…今から行くところです」
「夕食?必要ない。コンビニで買って食べるし」