––9月4日。 周と乃依の結婚式当日。
あれから半年が経ち、2人の結婚式は親族のみで静かに行われることとなった。結婚式当日までは慌ただしく、乃依の希望で教会式になり式場を乃依の父親と義父《花野井 尊》で決めて抑えた後。ウエディングドレス選びや来る人のリストをまとめながら手作りで招待状を作り引き出物選びやその他諸々のことをとき枝と乃依で進めて行きながら、決まった事を義母《花野井 菫》と乃依の母親《紫織》に確認しアドバイスを貰いながら、なんとか今日を迎えることができた。
本日の主役は花嫁である乃依と花婿の周。2人は参列者よりも早くに式場に来て別々の部屋で準備をしている最中だ。乃依は自分も今日の主役だと言うのにウエディングドレスを着れることよりも周のタキシード姿を想像しながら胸を躍らせていた。
「––新婦様、ご準備が終わりました」
暫くしてメイクさんに声をかけられ、はっと我に帰り鏡に映る自分の姿に目を輝かせる。
「わあ、本当にこれが私ですか……?」
「とても素敵です乃依様」
「ありがとうございます!とき枝さん」
「それでは新婦様。ご家族の皆様も待ってますので中にお呼びしますね」
「あ、はい。お願いします」
乃依がとき枝と一緒に選んだウェディングドレスはデコルテラインが綺麗に見える仕様で二の腕から手首にかけてシフォン状のレースで少し露出感を少なくしている。胸元のレースが花柄になっていて華やかさと綺麗さを演出させる仕組みになっている。両親にも周にも誰にもまだドレスのデザインを見せていないため本当にこれで良かったのか少し心配になる。
周様は私のドレス姿を見て少しでも綺麗だと思って貰えるでしょうか。見慣れない自分の姿に緊張と喜びで顔が強張る。暫くして周の両親と乃依の両親が乃依の控え室を訪れた。
「まあ、とっても素敵よ乃依」
「お母さん、ありがとうございます」
「娘の花嫁姿はなんだか感慨深いな。紫織にすごくそっくりだ」
「そんな、恥ずかしいです。お父さん」
「こんな綺麗な娘ができるなんて…乃依さん、これから家族として宜しくね」
「宜しくお願い致します。お母様」
「〝様〟なんてお義母さんと呼んで下さいな」
「至らない息子だと思いますが、周と結婚してくれてありがとう乃依さん」
「こちらこそ宜しくお願い致します。お義父さん、お義母さん」
和気藹々と話しながら写真を撮り式までの時間を家族と過ごす。結局、周は式の時間まで乃依に会いに来る事は無かった。周の両親は申し訳なさそうに謝っていたが仕方ない。それに式の前に会う方がもっと緊張する気がして〝これで良かった〟とも思った。スタッフの指示に従って父親と一緒に会場の扉の前で入場を待つ。
「乃依、こんな事を今言うのもなんだが先の事は考えずに自分自身が幸せになるよう努めなさい」
「……はい、お父さん。私、きっと幸せだったと思えるように周様と幸せになります」
父親の言葉に思わず涙が溢れそうになる。ここで泣いてしまっては折角綺麗にしてもらったメイクが崩れてしまう。必死に顔を手でパタパタ仰ぎ涙を堪えた。
『––それでは入場です』
扉の中から司会の声が聞こえてスタッフがゆっくりと会場のドアを開ける。父親にリードされながら一歩ずつ会場の中に入るとすぐ左側に先程会ったばかりの母親が涙目で待っていた。
「もう、泣かないで下さい」
「ごめんなさいね。私こう言うの弱くて…」
母親の前で少し腰を落とし軽く頭を下げる。それを見て母親は乃依の頭の上のベールを持ち上げ乃依の顔を隠すように前まで持ってきてベールを整える。それから乃依をぎゅっと抱きしめ背中を優しく撫でた。
「私が乃依を産んでしまって私の運命を背負わせてしまっているようで凄く後悔していたの。でも、私は貴方を育てられた事に誇りを持っているわ。深く考えないで幸せになって––何かあったらまた私が貴方を守って生きるわ」
母親の言葉でまた涙が溢れそうになる。必死に涙を堪えながら真っ直ぐに母親の目を見た。
「私は2人の元に産まれたこと、この家に生まれた事を後悔した事は有りません」
母親の腕の中から離れ優しく微笑む。母親に優しく背中を押されるように父親の方を向き腕に手を絡め真っ直ぐ前を向き乃依の事を待つ周の元へとゆっくり歩き出す。
父親にエスコートされながら周の元に辿り着くと差し伸べられた手を取り父親の腕を離れ周の腕に手を絡める。
そしてゆっくりと2人で階段を上がり牧師が待つ教壇の前で足を止めた。
牧師が誓いの言葉を述べそれに同意する。誓いの言葉が終わると2人で指輪を付け合い周が乃依の顔の前のベールを上げて誓いのキスを交わす。こうして全ての催しが終わり乃依と周の結婚式は滞りなく終わりを迎えた。
*
控室に戻りスタッフやとき枝の手を借りながらドレスから着替え綺麗に纏め上げてた髪の毛を下ろし身なりを整える。慣れないヒールで浮腫んだ足を休ませるため椅子に腰掛け窮屈だった体が一気に楽になったことにを思い出しゆっくりと息を吐き出す。
「––お疲れ様です。乃依様」
疲れて動けない乃依を気遣い冷たいお茶を用意してくれたようだ。とき枝が手渡してくれたお茶がキンキンに冷えていて有難い。受け取ってすぐにキャップを開けゴクゴクと喉を鳴らしながら––思ったより喉が渇いていたようで一気に飲み干してしまった。
「とき枝さん、今日はありがとう。お茶も、気づかないうちに喉が渇いてたみたい」
「いえいえ、私は何もしてませんよ。式の準備も当日も、頑張ったのは乃依様です。ずっと気を張っていらっしゃいましたもんね」
「人生で一度きりの結婚式ですもの」
「本当に素敵な式でした。では、乃依様このまま少しここででゆっくりなさってて下さい。私は外の様子を見て参りますので」
「とき枝さんも疲れてるのに……でも、お言葉に甘えて」
外へ出ていくとき枝を見送り一人きりになった部屋でやっと全ての力が抜けてゆっくりと息を吐き出す。とき枝と一緒に外の様子を見に行こうと思ったが、体に力が入らず上手く立ち上がる事が出来なかった。
「周様に会いに行きたかったんだけど」
そう言って、大きくため息を吐き出す。項垂れる乃依の控室がノックされ返事をするとゆっくり扉が開く。動けない乃依の元に現れたのは着替えを終えた周が扉の前に立っていた。
「––周様……!?」
驚きと嬉しさで勢いよく立ち上がるが、足に上手く力が入らずよろける乃依を急いで駆け寄り受け止める周。
「あ、ありがとうございます」
「いや、突然来た俺が悪い。ごめん」
「いえ、来てくださって凄く嬉しいです。でも、どうしたんですか?」
よろけた乃依を支えてくれた周の腕を離れゆっくりと椅子に腰掛ける。
「言っときたい事があって」
「言っておきたい事……ですか…?」
周の言葉に体が強張り静寂した部屋の中に一気に緊張が走る。
「悪いけど、結婚したからって俺はあんたの事、好きにならないから」
結婚した相手に言う言葉とは思えない程に冷たい言葉に乃依は泣きそうな顔で精一杯笑う。
「私は、周様が私を好きじゃなくても大丈夫です。ただ私がお側に居たいので」
「……そう」
それだけ言って部屋を出て行く周の背中をじっと見つめ見送る。周が出ていった後も暫く扉の方を見つめていた。
周様にはまだ話せていない藤ノ宮家の事や私自身の事。知られたらきっと私をお側に置いてくださらなくなる。少しでも長く周様のお側にいられる様になんて……。
気づいたら涙が勝手に溢れてきてそれを隠す様に両手で顔を覆う。誰もいない部屋に乃依の悲痛な声だけが響き渡った。