「何で、俺の名前」
「クラスメイトの写真をもらってるんだ」
おどおどと君を見上げる俺と、あんまり学校来れないからさ、と言いながらへへっと得意げに笑う君。
「……あっそ」
「えー、酷い、塩対応だなー」
けらけらと笑いながら、サツキは「ほら、何で学校来てなかったの、とかさ」と俺を悪戯っ子のような表情で見下ろした。
「……何で」
「病気なんだ、身体弱くって」
小さく尋ねれば、食い気味に答えられた。彼の唇から転げ落ちた言葉は、そんなに軽々しく口にしていい台詞ではないと思った。だから、俺は言った。思えば、きっとその時からおかしかったんだ。
「そんな風に答えないほうがいいと思うけど」
「え? そんな大げさにしなくていいよ? だってこれ生まれつきだし」
「大げさとかじゃないけど」
「じゃあ、何」
どういうこと? とでもいうように小首をかしげる。何故だかドクン、と心臓が鳴って少しだけ目を逸らして俺は答える。
「いや、……なんていうか」
俺、おかしい。初対面の相手にこんなに話をするなんて、キャラじゃない。そう思う頭とは裏腹に、感情がせりあがって唇から溢れ出そうと疼く。ぎゅうと奥歯を噛み締めてやり過ごそうとした。
「あ、今言うのやめようとしてるでしょ」
「ッ」
「駄目だよ? ちゃんと言ってあげないと君の感情が可哀そうでしょ?」
俺の目を覗き込むように、かがみこむ。目の高さが同じになって君の瞳に俺が映りこむ。
あ、と思った。
こんな風に、人とちゃんと目を合わせたのは、いつぶりだろう。
「で、なんて言おうとしたの?」
「……病気になった君も、ちゃんと君だろ。蔑ろにしたら駄目だ」
「……うーわ、いいこというね、君……あ、名前なんだっけ」
「相川」
「苗字だとちょっとよそよそしくない? せっかく逢ったんだから、もう少し」
「……リキ」
あれ。
人に名前を伝えるのって、こんなにも、照れ臭くてくすぐったかったっけ。
「へぇ。いい名前だね」
「……どうも」
「——……リキ」
ドクン。また心臓が鳴った。今度は一度だけじゃなく何度も大きく拍動する。
「ぼくのことはサツキって呼んで。よろしくね、リキ」
差し出された手にそっと己の手を重ねた。サツキの手のひらは、白くて、薄くて、まるですぐに消えてしまいそうなほど冷たかった。
サツキの後ろ側で、立ち入り禁止のはずの屋上への扉が開いているのが見えた。何でだろう、と思ったけれど、久しぶりに人と会話をしたという感覚に紛れてその疑問はどこか遠くへ消えてしまった。