俺の掃除担当場所は屋上へと続く階段だった。屋上へ出ることは叶わないけれども、先生たちからも死角になるその場所は、カップルやら秘密の話をするJKやらで大人気で、誰もその場所を好んで掃除しようとする人はいなかった。
だから俺は、いつも黙ってそこへ向かった。これが、俺の——……『当たり前』なのだから。
竹ぼうきを引きずりながら階段を上がっていけば、唐突にその当たり前が、パチン、と音を立てて弾けた。
「相川、くん?」
名を呼ばれた。ハッとして階段の上を見上げれば、そこには俺と同じ薄いブルーのシャツに身を包んだ君がいた。
自分の唇から、吐息が溢れる音がした。
俺は、そのとき、初めて人を綺麗だと思った。埃っぽくて、酷く薄暗い階段には似つかわしくないほどに君は美しかった。
「……誰」
「あ、初めましてかぁ」
形の良い唇がゆっくりと弧を描く。そうして零れ出た名前に目を見張った。
「ぼくは愛生サツキ」
青天の、へきれき。先の模試で漢字が書けずに5点無駄にしたその言葉が脳裏をふっと過って消えた。