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 このマグカップがまだ白かったあの頃、俺たちは出逢った。

 高校2年生。漠然と将来が垣間見えつつも何をしたらよいのか分からない。大人は馬鹿の一つ覚えみたいに『青春』という言葉を繰り返しては、俺たちを正方形の部屋に閉じ込めて笑う。何が楽しいのか。

 俺のことを友達と呼べる人はおろか、クラスメイト、と名付けることができる人がどれだけいるんだろう。きっと片手でも足りるほどなのだろうな、と思ってまたイヤホンで周りの音を遮断した。

 どれだけ大きな音で曲を流して誤魔化しても同い年の人たちが口にする『悩み』や『愚痴』はすべて俺にとっては幸せに思えた。妬ましくて、そう思った自分が嫌で、酷く苦しかった。

 正方形の部屋の中に敷き詰められた学習机。たった一つだけ、いつも、空席だった。俺の目の前の席。愛生(あいう)サツキ。その名前はクラスの皆が知っていた。けれど、誰もその名前を口に出さなかった。そう本当に、誰も。



 それが、『当たり前』だったんだ。



 チャイムが終業を知らせて、日直がだらしなく「きりーつ」と号令をかける。いつも通りに申し訳程度のお辞儀をして、当たり前のように、自分の前の席の椅子も机の上にあげる。掃除用具入れから竹ぼうきを取り出して、俺は廊下に出た。