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 俺は昔から独りぼっちだった。誰も俺の事なんて気にも留めてなかった。一人っ子だったし、父親は仕事が忙しくて世界中を飛び回っていた。母親も寂しさを紛らわせるかのように、よく着飾って出かけていた。

 母親はよく俺に向かってこう言った。



「お父さんはね、私たちの為にお金を稼いでくれてるのよ」



 今思えば、それも母親のただの言い訳だ。自分の元へ帰ってこない父親に対して、見て見ぬふりをして、己に言い聞かせていただけだったのだ。



「リキ、いい子でいなさいね」



 俺はその言いつけ通りに勉強をし、運動をし、身だしなみを整え、母親の望むいい子でいた。そうすることを、母親が望んでいたから。そうしていれば、母親がこっちを向いて笑ってくれたから。

 だけど、ある日、聴こえてしまった。



「リキがこんなにいい子なのになんで貴方はここに居てくれないの……ッ」



 母親が、父親に縋り付いて泣いていた。その声の鋭さに、がらがら、と音を立てて何かが崩れ落ちた。息の仕方も忘れて、俺は思わずリビングのドアから離れた。キィ、とドアの軋んだ音が鳴って、そうしてすぐにひとつだけスリッパの音がついてきた。



「リキ」

「……お母さん」



 母親の目は俺に固定されていた。だというのに、確かに彼女の瞳は、俺の身体を通過して何か違うものを見ていた。ゾクリ、と肌が粟立った。