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 俺は、必死で勉強して入った医学部で、学べるもの全てを吸収しようと努力した。その傍らでサツキがどの病院にいるのかを調べた。

 サツキの病は稀有なものだったからすぐに見つかった。有名な大学病院だった。死に物狂いで勉強して、そこへ実習希望を出した。

 努力が俺の背中を押してくれたお蔭で無事に採用された。ああ、努力ってこうやって認められるものなんだ、と知った。高校の時の俺は何であんなに頑張ることを嫌がっていたのだろう。



「あの、すみません」

「はい」

「愛生サツキの部屋はどこですか」



 ナースステーションで逸るように問いかけたただの実習生の俺に、病院の看護師は首を傾げながらも、サツキの部屋を教えてくれた。



「愛生さんは206号室です」

「ありがとうございます」



 お礼もそぞろに、病室に向かう。無意識のうちに早足になっていた。落ち着け、病院内は走ったらいけないんだ。そう思いながらも、足は止まらない。

 逸る気持ちが指先まで満ちる。206のプレートを確認するのももどかしく、荒々しくベッドのカーテンを開いた。



「なんですか? まだ検診の時間じゃ、」



 振り向いた。

 目が、合った。

 俺の顔を見るや否や君はそのやせ細った白い頬を少しだけ紅潮させて、その鳶茶の瞳を見開いた。

 夢かと思った。

 だから目を閉じてみた。瞬きをして次に目を開いたとき、君の瞳は三日月形に弧を描いていた。ゆる、と弛められた瞳はまるで硝子だった。



「……サツキ」

「リキ」




 呼ばれた名にジワリと瑞々しさが滲んで俺をあの季節に飛ばす。脳裏を駆け巡るサツキとの思い出に、ああ、俺はちゃんと青春していたんだなと、ふと思った。



「遅いよ、リキ。もうこんなに痩せちゃったじゃんか」

「……これでも頑張ったんだけど」

「ぷっ、うわー、リキだ。懐かしいなぁ」



 サツキが、笑っている。生きている。

 感情が、溢れる。



「うわ、何、リキ、泣かないでよ」

「うるさい、泣いて、な、」

「あーあー、ほらティッシュ」



 そう言って差し出された真白の紙と同じくらい血の気がない手のひらは、見なかったことにした。