「お客さんならなんだって似合いそうで、探すのは簡単でも選ぶのが難しいです!」

 店員さんはそんなことを呟きながら、両手いっぱいに服を抱えて戻ってきた。
 一体どれだけ買わせるつもりなんだろう?
 彼女は一点一点を試着室の横のハンガーラックに並べ始めた。

 恐れ入った。一〇着以上あるよ?

 端から鮮やかな黄色いワンピースや、足を惜しげもなく露出するような短パンに、シンプルながらフリルのついたブラウス等々、その種類は多岐にわたる。
 本当に彼女の言う通り、選ぶのが難しいせいか、信じられない量を試着させようとしている。

「これ全部試着するんですか?」

 私は若干震え声で尋ねる。

「ああ、すみません! ご都合も考えず……この中から気に入ったもので大丈夫ですよ」

 店員は慌てて取り繕うように答える。
 絶対全部着せるつもりだったと思う。
 しかし気に入ったものと言われても困る。
 私には趣味趣向というものがないのだから……。

「いえ、せっかくなので全部着てみます。その中から、貴女に決めてもらいたいんですけどいいですか?」

 私は結局、自分で選ぶのを避けて彼女に選んでもらうことにした。
 
「私は構いませんけど、お時間とかご予算とかは大丈夫ですか?」

「はい! 全部あります!」

 言ってから後悔する。
 たぶん普通の人はこんな答え方はしない。
 時間もお金もあります! なんて、嫌味っぽい言い方になってしまった。

「そうですか! それじゃあ張り切って選んじゃいますね!」

 店員さんはちょこっと笑った後、空気を変えるように早速一着目を手渡してきた。
 良かった。
 引かれるかと思ったから。

「それじゃあ着替えます」

 私は彼女から一着目を受け取り、更衣室に姿を消す。
 しかしこれが地獄の始まりだった。
 いくら着替えても終わりが見えない。
 気づけば私が着替えている最中に、新たな服がハンガーラックに増えている気がする。
 商魂逞しいとでも言うべきか、私も彼女のような積極性が欲しい。

「もうそろそろ良くないですか?」
「そ、そうですよね。すみません私ったら、お客さんがあまりにも理想的なプロポーションをしていたものですから興奮してしまって」

 いま興奮って言った?
 もしかしてそういう趣味の方なのかな?
 まあAIがこうして人間のふりをしてあるいているぐらいだし、多様性の時代よね?

「アリサ!」

 そんな時、店の入り口から私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
 え? なんでここにいるの?

「蒼汰? どうしてここが?」

 蒼汰は私の声を確認すると、店の中にズカズカ入ってきた。
 服の森の中をかき分けながら、私たちのところにやって来ると嬉しそうに微笑んだ。

「似合うじゃないか!」

 ちょうど着替え終わった私の姿を見て、彼は興奮気味に讃える。
 私が着ていたのは、丈の短い黒いハーフパンツにフリルのついた白いブラウス。
 褒められたのは嬉しいのだが、私の質問に答えていないのはいただけない。

「それはいいけど、どうして私の居場所が分かったの?」
「何を言ってるんだい? 大事な君にGPSをつけないとでも?」
「……変態」

 別にGPSをつけるのはいい。
 むしろ彼の私への執着を考えれば、ついてないほうがおかしいまである。
 だけどせめて言ってほしい。
 無断でつけるから、過保護な彼氏から変態へと評価が変化するのだ。

「変態……それとも彼氏さん?」

 店員さんが混乱気味に私たちを見比べる。
 ある意味どっちも正解だし、どっちも間違いともいえる。
 蒼汰が変態なのは確定だが、私が彼の彼女かどうかは微妙なところだ。
 私は本来、アリサの代替品。
 もしも私が壊れたら、彼はどうするのだろうか?
 一切感情の起伏を見せることもなく、次の私を作り出すのだろうか?
 
「変態よ」
「彼氏だ」

 私と蒼汰の言葉が重なる。
 しかし面白い。
 同じ状況なのに、立場によってこうも呼び方が変わるのか。
 
「え……どっちですか? 変態さんで彼氏さんなんですか?」

 変態にさんをつける人を初めて見た。
 
「はぁ……分かりました認めます。彼は変態であり、私の彼氏です。これで満足?」

 私は深いため息の後、しぶしぶ肯定する。
 そもそも私、告白すらされていないんだけど。
 というより作られた時から、相手が決められている状況って、人権を認められた身としてはいかがなものと思うんだけどな……。
 
「そ、そうなんですね……。じゃあせっかく彼氏さんが褒めていましたし、そちらのお洋服を購入でよろしいですか?」

 お店にかかっている時計を見て驚く。
 気づけば随分と長い時間ここにいたらしい。
 外は日が傾き始めていた。
 どうりで蒼汰が迎えに来るはずだ。
 私は初めて夢中になっていたのだろうか?
 自殺防止プログラムとして電話を受けていた時には、こんな風に時間の経過に驚くことなんて無かったのに。

「そうね。それでお願いします。じゃあ着替えますから……」
「いえ、せっかくなんで着ていきませんか? タグだけお取りしますから」

 店員さんはそう言って私の着替えを拒み、試着したままの状態でタグを切っていく。
 蒼汰は蒼汰で私をジッと見つめてくる。
 熱い視線。
 なんとなく体温が上がっている気がした。

「店員さん、ちょっといいかな?」

 お支払いを終えた私たちが店を出る直前で、蒼汰が店員さんに声をかける。
 一体どうしたのだろう?

「もしよかったら彼女の友人になってくれないか? 最近こっちに来たばかりで、知り合いがいないんだ」

 蒼汰はもっともらしい嘘を吐く。
 まあ、最近ようやく人権をゲットしたんですなんて言ったら、どう考えたってヤバい奴に思われる。

「え!? 逆に良いんですか?」

 店員さんは目を輝かせて私を見つめる。
 蛇に睨まれた蛙。
 そんな気分。
 だけど嫌ではない。
 彼女は蛇でもなければ、私だって蛙ではない。
 蒼汰はきっと夢中になっていた私を見抜いていたのだ。
 だからこんな話を……。

「ええ! 是非!」

 私は思わず彼女の手を握っていた。
 
「私はアリサ、よろしくね」
「こちらこそです! 私は獅子堂朱里といいます! またいらして下さい!」

 私と獅子堂さんは固い握手を交わし、店を出る。

「どうだい? ぶらぶらしてみるのもいいだろう?」
「確かにいい出会いだった……。でもGPSつけてるなら最初から言いなさいよ変態」

 私の指摘に苦笑いを浮かべた彼は、店の前に停めてある車のドアを開けた。

「じゃあ帰ろうか」
「ええ」

 私たちは車に乗り込み、日が沈んだ夜の街を走りだした。