「もう一つの理由?」
「そう、正確に言うなら俺個人の理由」
そう語る彼の表情はどこか沈んでいて、こちらも背筋が伸びる。
「俺は一〇年前、大学でロボット工学を専攻していた。そんなある日、当時付き合っていた彼女が自殺してしまった。理由は分からなかった。遺書も無ければ思い当たる節もない。しかし状況的に他殺の線は無いというわけで自殺として処理された。俺はもちろん落ち込んだし、塞ぎこんだ。しばらく家から出なくなり、論文も書かなくなった。だけど、そうなる直前に俺が発表した論文が、政府関係者の目に留まったんだ。その論文こそ、自殺防止プログラム」
「彼の書いた論文と、当時、社会的な問題になっていた自殺者の増加問題。そこがマッチした形ね」
朝比奈さんが補足する。
「そうなってからは早かった。国は多額の予算を組んで、俺の論文を元にした動きを始めた。当然ながら俺の元にも話はやって来ていた」
「その話に乗ったってこと?」
「いや、断ったさ。その時はまだ、新しく何かをしようだなんて気持ちには全くならなかったからね」
感情が希薄な私でも理解できる。
そんな状況で話にすぐ乗れるような人間はそう多くない。
よっぽどの信念が無い限り、そんなことは不可能だ。
「だけど結局いろいろ考え直して話に乗ったんだ」
「何を思って?」
「そうだな……彼女を自殺で亡くしたのが大きかったな。自殺で亡くなる人をゼロにはできないけど、減らすことぐらいはできるんじゃないかと考えた。俺と同じ思いをして欲しくなかったからね」
彼女が自殺してしまったから、自殺者を減らしたい。
筋は通る。
筋は通るが、人間ってそんな単純なものかな?
理由は本当にそれだけ?
「他に理由は? そんな誇り高い意気込みだけで依頼を受けたの?」
私は敢えて嫌な言葉を選ぶ。
彼の本音が聞きたい。
知りたいと思ってしまったのだ。
「あとは……何かに没頭しないとこのまま俺まで自殺してしまうと思ったからかな。実に情けない話だが、当時は俺の中で彼女の存在はとてつもなく大きかったんだよ。それこそ俺の命と同じ程度には」
影井蒼汰は表情を曇らせる。
AIの私には理解できない感情なんだろうなと思う。
自分の命と等価となり得る他人の存在など、御伽話の中だけだと思っていた。
新しい発見だ。
人間は場合によっては、自分の命を低く見積もる。自らの命と等価か、もしくはそれ以上に価値がある何かを見つけ出す。
だから自殺が増える。
ほとんどの生物にとって、自分の命が一番で絶対だ。
だけど人間はそうとは限らない。
「そうして自殺防止プログラムに取り込むうちに、あることに気がついた。俺がプログラム用のロボットを作ろうとすると予算が潤沢に振り込まれる。そこからは目的が変質した。俺もそれは自覚していた。朝比奈さんもそうだっただろう?」
影井蒼汰は朝比奈さんに話を振る。
「ええそうね。当時の様子はいまだに鮮明に憶えているわ。あまり褒められたことではないのだと理解しながらも、咎めることなんてできなかった」
ここまでで話がなんとなく見えてきた。
何故私が完成するまでのロボットと、私の後任でこんなに見た目が違うのか。
「流れてくる予算に際限が無いことを知った俺は、自殺防止プログラムという皮を被りながら禁忌の研究に没頭したそれが……」
「それが私ってことね。AIながら人と同じように感情を持ち、見た目も妙齢の女性そのもの」
そして私の容姿と名前はきっと……。
「君にすぐに話そうか迷ったんだ。AIといったって、君は一人の女性で、ちゃんと人格も感情もある存在。なのに、死んだ彼女を蘇らせようと作ったなんて言ったら嫌われるかと思って、言えなかったんだ」
彼は震えていた。
なんの震えだろうか?
当時を思い出しての悲しみ? それとも私への罪悪感からの震え? もしかしたら私に嫌われる恐怖からかもしれないし、それら全部かもしれない。
実際、私はどうだろう?
今の話を聞いて、怒りはあるだろうか?
悲しみは? ショックは?
私が感情というものに疎いというのもあるのかもしれないが、あんまりなんとも思わないし感じない。
「意外とね、なんとも感じない私に驚いてる。こういう時はこう言うのが正しいのかな? ……話してくれてありがとう」
私はそう言って笑顔を作る。
笑顔を用意してから気づく、自然と笑えない時点でどこか引っかかる部分があるのだと。
AIのくせに妙に感受性豊かに作ってくれちゃって……。
「一つ確認したいんだけど」
「なんだい?」
ちょっと気になっていた。
私ができるまでの個体は、全て人型で作っていたはずだ。
そうなると今までの個体はすべて……。
「私が完成するまで、何回私を作ったの?」
私の質問に二人は黙る。
この沈黙が答えだ。
簡単には言いにくい程度には、数を重ねているんだ。
「……五体以上は試してみたと思う」
「いま彼女たちは?」
五体か……。
私が稼働して一〇年。
影井たちの年齢が三〇代前半と考えても、私に到達するまでに数年。
むしろ随分と早く今の私に到達したものだと思う。
「一応稼働しているよ。そうしなきゃ追加の予算は降りなかったからね」
影井蒼汰は正直に答えていると思う。
嘘はついていない。
嘘はついていないけど、あえて話していない話題がある。
彼は一週間前、私に言った。
復讐がしたいと。
それもついでに聞いてしまおうかとも思ったけど、私はすぐに思い直す。
もしかしたら朝比奈さんに聞かれたらマズいことかもしれない。
それになにより、彼にこれ以上苦しそうな顔をさせたくないと、心のどこかで思ってしまったのだ。
「そう、正確に言うなら俺個人の理由」
そう語る彼の表情はどこか沈んでいて、こちらも背筋が伸びる。
「俺は一〇年前、大学でロボット工学を専攻していた。そんなある日、当時付き合っていた彼女が自殺してしまった。理由は分からなかった。遺書も無ければ思い当たる節もない。しかし状況的に他殺の線は無いというわけで自殺として処理された。俺はもちろん落ち込んだし、塞ぎこんだ。しばらく家から出なくなり、論文も書かなくなった。だけど、そうなる直前に俺が発表した論文が、政府関係者の目に留まったんだ。その論文こそ、自殺防止プログラム」
「彼の書いた論文と、当時、社会的な問題になっていた自殺者の増加問題。そこがマッチした形ね」
朝比奈さんが補足する。
「そうなってからは早かった。国は多額の予算を組んで、俺の論文を元にした動きを始めた。当然ながら俺の元にも話はやって来ていた」
「その話に乗ったってこと?」
「いや、断ったさ。その時はまだ、新しく何かをしようだなんて気持ちには全くならなかったからね」
感情が希薄な私でも理解できる。
そんな状況で話にすぐ乗れるような人間はそう多くない。
よっぽどの信念が無い限り、そんなことは不可能だ。
「だけど結局いろいろ考え直して話に乗ったんだ」
「何を思って?」
「そうだな……彼女を自殺で亡くしたのが大きかったな。自殺で亡くなる人をゼロにはできないけど、減らすことぐらいはできるんじゃないかと考えた。俺と同じ思いをして欲しくなかったからね」
彼女が自殺してしまったから、自殺者を減らしたい。
筋は通る。
筋は通るが、人間ってそんな単純なものかな?
理由は本当にそれだけ?
「他に理由は? そんな誇り高い意気込みだけで依頼を受けたの?」
私は敢えて嫌な言葉を選ぶ。
彼の本音が聞きたい。
知りたいと思ってしまったのだ。
「あとは……何かに没頭しないとこのまま俺まで自殺してしまうと思ったからかな。実に情けない話だが、当時は俺の中で彼女の存在はとてつもなく大きかったんだよ。それこそ俺の命と同じ程度には」
影井蒼汰は表情を曇らせる。
AIの私には理解できない感情なんだろうなと思う。
自分の命と等価となり得る他人の存在など、御伽話の中だけだと思っていた。
新しい発見だ。
人間は場合によっては、自分の命を低く見積もる。自らの命と等価か、もしくはそれ以上に価値がある何かを見つけ出す。
だから自殺が増える。
ほとんどの生物にとって、自分の命が一番で絶対だ。
だけど人間はそうとは限らない。
「そうして自殺防止プログラムに取り込むうちに、あることに気がついた。俺がプログラム用のロボットを作ろうとすると予算が潤沢に振り込まれる。そこからは目的が変質した。俺もそれは自覚していた。朝比奈さんもそうだっただろう?」
影井蒼汰は朝比奈さんに話を振る。
「ええそうね。当時の様子はいまだに鮮明に憶えているわ。あまり褒められたことではないのだと理解しながらも、咎めることなんてできなかった」
ここまでで話がなんとなく見えてきた。
何故私が完成するまでのロボットと、私の後任でこんなに見た目が違うのか。
「流れてくる予算に際限が無いことを知った俺は、自殺防止プログラムという皮を被りながら禁忌の研究に没頭したそれが……」
「それが私ってことね。AIながら人と同じように感情を持ち、見た目も妙齢の女性そのもの」
そして私の容姿と名前はきっと……。
「君にすぐに話そうか迷ったんだ。AIといったって、君は一人の女性で、ちゃんと人格も感情もある存在。なのに、死んだ彼女を蘇らせようと作ったなんて言ったら嫌われるかと思って、言えなかったんだ」
彼は震えていた。
なんの震えだろうか?
当時を思い出しての悲しみ? それとも私への罪悪感からの震え? もしかしたら私に嫌われる恐怖からかもしれないし、それら全部かもしれない。
実際、私はどうだろう?
今の話を聞いて、怒りはあるだろうか?
悲しみは? ショックは?
私が感情というものに疎いというのもあるのかもしれないが、あんまりなんとも思わないし感じない。
「意外とね、なんとも感じない私に驚いてる。こういう時はこう言うのが正しいのかな? ……話してくれてありがとう」
私はそう言って笑顔を作る。
笑顔を用意してから気づく、自然と笑えない時点でどこか引っかかる部分があるのだと。
AIのくせに妙に感受性豊かに作ってくれちゃって……。
「一つ確認したいんだけど」
「なんだい?」
ちょっと気になっていた。
私ができるまでの個体は、全て人型で作っていたはずだ。
そうなると今までの個体はすべて……。
「私が完成するまで、何回私を作ったの?」
私の質問に二人は黙る。
この沈黙が答えだ。
簡単には言いにくい程度には、数を重ねているんだ。
「……五体以上は試してみたと思う」
「いま彼女たちは?」
五体か……。
私が稼働して一〇年。
影井たちの年齢が三〇代前半と考えても、私に到達するまでに数年。
むしろ随分と早く今の私に到達したものだと思う。
「一応稼働しているよ。そうしなきゃ追加の予算は降りなかったからね」
影井蒼汰は正直に答えていると思う。
嘘はついていない。
嘘はついていないけど、あえて話していない話題がある。
彼は一週間前、私に言った。
復讐がしたいと。
それもついでに聞いてしまおうかとも思ったけど、私はすぐに思い直す。
もしかしたら朝比奈さんに聞かれたらマズいことかもしれない。
それになにより、彼にこれ以上苦しそうな顔をさせたくないと、心のどこかで思ってしまったのだ。