「とりあえず休むといい」

 彼はそう言って私に部屋を案内する。
 案内された部屋は彼の向かいの部屋。
 八畳ぐらいのフローリングの部屋で、質素な机と妙に豪華なベッドが置かれている。

「私ロボットだから、別にあんな高級そうなベッドじゃなくても大丈夫よ?」
「いやいや、こういうのは気持ちが大事だから」
 
 彼はそう言って部屋から出て行った。
 唐突に一人になった私は、とりあえずベッドに置いてあるモコモコのパジャマに着替えてベッドに横になる。
 しかし私にはこんなパジャマ、似合わないと思うんだけどな……。
 まあ変態の考えることだし。

「今日はいろいろあった……。寝てる間に整理できるかな?」
 
 ロボットである私もたまに寝ることがある。
 人間と同じで、眠っている間に情報の処理をしているのだ。
 だけど今までは深夜でも構わず電話がなっていたため、長時間横になることなどなかった。
 だけどそれも今日からは違う。

 私は影井蒼汰に仕事を奪われたようなもの。
 リストラとは違うのだろうけれど、彼の欲望のままに私は仕事を失った。
 
 だけど不思議と嫌ではない。
 家を出るときに彼に頭の中を弄られたからだろうか?
 それとも初めて見た外の景色に心が踊ったから?
 
「AIの私が心躍らせてどうするんだか」

 私は一人で苦笑する。
 感情の希薄な私でも心が踊るくらい、外の世界は綺麗で素晴らしかった。
 役割を失った喪失感と、これからの未来に対する希望。
 その両方が心の中に同居する。
 だけど私には希望する未来が分からない。
 何かを希望するには、私は無垢すぎるのだと思う。
 
 しばしの思考の沈黙の後、私は意識を手放した。



「おはようアリサ」
「おはよう変態」

 夜明けとともに正確に起床した私が部屋を出ると、すでに影井蒼汰がコーヒーを片手になにやら作業をしていた。
 一応挨拶をして、黙々と作業する彼の背中を凝視する。
 
 彼についての情報をまとめる。
 影井蒼汰、私の制作者にして自殺防止プログラムの設計者。
 私の人権を国に認めさせる程度には発言力が強い。
 容姿はそこそこ。
 というより世間一般でいえば整っているとは思う。
 地位もお金もあるだろうし、やっていることも立派。
 女性からの人気は高そうに思えるのだが、彼はどうして私にご執心なのだろう。

「ねえ変態」
「その呼び方なんとかならない?」
「私、やりたいこと見つかったかも」

 彼のお願いを軽くスルーして、私は今しがた思いついたやりたいことを伝えることにした。

「なんだい?」
「貴方のことをもっと知りたいの。だから、私は貴方を知るために一緒に行動したい……。ダメかな?」

 彼は私の言葉を聞いて硬直してしまった。
 どうしたのかな? 死んじゃった?

「ハァハァ死ぬかと思った」
「なんでよ」
「嬉しすぎて」
「ちょっとやりたいことを考え直しても?」
「いや、ダメだ! AIに二言はないはずだ」
「そんな言葉、聞いたことないんだけど」

 良かった。ちゃんと生きてた。
 だけど嬉しくて息を荒げているあたり、彼の変態度合いは深刻みたい。
 でもこんなに喜んでくれるなら、私が本当にやりたいことが見つかるまでは彼の、影井蒼汰という人間について知りたいと思う。
 なんで私にそこまでご執心なのか。そもそもなんで、自殺防止プログラムなんて大変そうな役割を担うことになったのか。
 
「だから私は貴方のあとについてまわるけど、問題ないわよね?」
「ああ、構わない。むしろアリサが常に後ろにいてくれていると思うと、ドキドキが止まらない」

 私が近くにいるだけでドキドキが止まらないなんて……。
 早く病院に連れて行ったほうがよさそう。
 
「それで、早速だけどこんな朝っぱらから何をしているの?」

 私はそう言って彼のパソコン画面を覗き込む。
 
「こら! 勝手に見るな!」

 彼は慌てた様子で私を抱きしめながら遠ざける。
 
「なによ! 怪しい! いやらしいのでも見てたの?」
「朝っぱらからそんなもの見るか!」
「朝じゃなきゃ見るのね」
「うっ……。何が悪い!」
「別に悪くないわよ。そういうものだって理解しているし」
「そうか良かった」
「というより、いつまで私に抱きついているつもり?」
「ああ、ごめん」

 彼は一言謝って私を解放する。
 コイツ、私に抱きつきたかっただけじゃないのか?
 そんな疑念が過ぎるが、私はそんな思考は捨ててさっきチラ見した画面を再生する。
 私は人間ではなくロボット。
 一瞬でもこの目に映れば記録できる。

「そんなに見られたくないの?」
「今はまだかな? その時が来たら見せることになると思う」
「そう……じゃあ私は栄養補給でもしようかな。オイルボトルはどこ?」

 私は話題を変えてここから離れようとオイルボトルを要求するが、彼は少しの間キョトンとしていたがすぐに思い出したのか私の手を取る。

「言い忘れたけど、もうオイルボトルで栄養補給する必要はないよ。今まではそのほうが効率がいいからそうしてきたけど、これからは俺と同じように食事をしよう」

 食事? 私が食べ物を食べる?
 いままでしたことのないことだ。
 というかそういう風に作られていたことが驚きだ。
 これではまるで……。

「まるで最初から、私とこうやって過ごすつもりで作ったみたいね」

 私は彼の目を見てそう言った。
 
「ああ、そうだよ。もっと早くこうするつもりだったけど、俺は最初から君をロボットとして扱う気は無かったからね」

 彼は私から目を離さずに宣言する。
 うん。嘘はない。
 彼の言葉からも、目線からも、嘘は感じられない。
 ここは彼の言葉を信じてみようか。
 だからさっきの画面のことも追求しないでおこう。
 あの作り物のような、灰色の街の画像についてはまた今度……。

「ところで変態」
「なんだい?」
「貴方のやりたいことってなんなの?」

 私は自然な流れで聞いてみた。
 しかしこれは安易に聞いてはいけないことだったと、後になってから後悔した。
 
「俺のやりたいこと? そんなの、一〇年前から決まっている。俺は復讐がしたいのさ」

 そう宣言した彼の顔は、いままで見たどんな表情よりも生き生きとして見えた。