「アリサ! 無事か?」

 蒼汰の声と共に、武装した男たちが十人ほどなだれ込んでくる。
 防弾チョッキにはPOLICEと書かれている。
 おそらくテロ対策部隊だろう。

「なぜここがわかった? まだお前を呼び出すための情報も流していないのに!」

 高田は身柄を拘束され地面に押さえつけられながら、蒼汰を睨み叫んだ。
 良かった。やっぱり来てくれた。
 時間を稼ぐように話を長引かせて正解だった。
 準備が整う前に攻め込まれては、高田たちに成す術はない。
 数も装備も、蒼汰の用意した部隊の方が上なのだから。

「発信器だ。前にアリサに叱られてからも、実はひっそり潜ませてある」

 蒼汰は胸を張って宣言する。
 しかし高田はありえないと首を横に振る。

「そんなはずはない! ちゃんとあのAIの服も全て調べたし、携帯だって電源を切っている! どこにそんなものが!」

 確かにどこにあるのだろう?
 前に一度勝手にGPSをつけられた時に怒って以来、きっと彼のことだから絶対に私にバレないところに仕込んでいるとは思っていたけれど……。
 一応特殊な訓練を受けているであろう高田の部下が調べて見つからなかったのだ。
 一体どうやって?

「服を調べた? 携帯の電源? なにを言っているんだ? そんなところに仕掛けたら、またアリサに叱られてしまうだろうが!」

 なんだろうこの気持ち。
 言っている場面はかっこいいのに、言っている内容は凄くダサイ。
 まあでも、これも彼らしさか。

「何を言って……」
「分からないのか? 調べ方が甘いと言っているんだ。俺が彼女に仕掛けた場所は、頭の中だ」

 頭の中?
 つまり物理的に仕掛けたというより、私の頭脳のコンピューターを直接監視する事にしたわけね……。
 もう私は彼の監視から逃れられないみたい。

「この変態」

 私は思わず罵倒する。

「良いじゃないか、お陰ですぐにこの場所が分かって、朝比奈さんの伝手でこうして警察に動いてもらえたんだから」

 そっか、朝比奈さんも協力してくれたのか。
 そうと分かると心強い。

「高田、もう終わりだよ。お前が獅子堂アリサの殺害に関与しているのは分かっているんだ」

 高田はそう言って銃口を高田の額に向ける。
 
「待って! 蒼汰!」

 私は声を張る。
 気持ちはわかるし、私だって法律がなければ殺してやりたい。
 だけどやっぱりだめだ。
 人を殺すと、法律とか罰則とかとは違う部分で、どうしようもなく何かが壊れてしまう気がする。
 それだけは嫌だ。
 彼と朱里との幸せな生活を失いたくない!
 
「大丈夫さ、撃たないよ」

 そう言って蒼汰は銃口を下げる。
 扉の前に立つ蒼汰の背後から光が差し込み、彼の細かい表情は見えなかったが、容易に想像できる。
 きっと苦悶の表情を浮かべているのだろう。
 殺してやりたい気持ちと、いまの幸せを壊したくない気持ち。
 その狭間で苦しんでいるのが容易に想像できてしまう。
 でも良かった。耐えてくれた。殺さないでいてくれた。罪を犯さないでいてくれた。
 
「連れていけ!」

 部隊の指揮官が指示を出し、高田とその部下三人は無事に拘束されて護送車に運ばれていく。
 蒼汰はそんな彼らを見送ると、私の元に駆けてくる。
 だんだんと近づいてくる蒼汰を見上げる。
 ようやくしっかりと見えた彼の表情は泣いていた。
 涙を流しながら私を優しく抱きしめる。

「無事でよかった。待ってろ、いま解放するから」

 蒼汰はそう言って私の手足を開放する。
 私は自分の足で立とうとするが、激痛が走りうずくまる。

「ごめん、立てないみたい」
「当たり前だ! 無理するな! ほら」

 蒼汰は私の膝の下と首元に腕を回し、お姫様抱っこの要領で私を抱きかかえる。

「重くない?」
「心地いい重さだよ」

 蒼汰はここぞとばかりにキザなセリフを吐き、ゆっくりと入り口に向かって歩き出す。
 うす暗いこの空間に差し込む光。
 救いの光に向かって、私と蒼汰は進んでいく。
 
「ありがとう蒼汰」
「何言ってんだ? 当然だろう?」

 私が閉じ込められていた建物から脱出し、最初に交わした言葉はこれだった。
 
「随分と辺鄙なところに連れ込まれたのね」

 目の前に広がる光景に、私は目を見張る。
 監禁されていたのは小高い山の上、案の定廃工場でいつ取り壊されてもおかしくない場所だった。
 私たちの住む街そのものが一望できる。
 
「……綺麗」
「そうだな」

 私の感想に蒼汰も同意する。
 この景色は本物だ。
 さっきまで暗く怖い場所にいたせいか、ただの街並みでさえ色鮮やかに美しく見えた。

「怪我が治ったら、この光景を絵に描きたい」
「是非そうしてくれ。だからこのまま病院まで運んでもらうぞ」

 私は静かに頷き、蒼汰と共に用意された車に乗り込む。
 エンジン音が鳴り、車が走り出してしばらくすると、私は自然と涙を流していた。
 悲しくはない。怖くもない。だけど涙が止まらない。

「アリサ? 大丈夫か?」
「ごめん蒼汰、大丈夫。ちょっと安心しただけだから」

 ようやくホッとすることができた。
 助かるという実感と、強気にふるまっていた緊張が解けたせいか、涙が止まらない。
 私は隣に座る蒼汰の胸に顔を押しつけ、病院に到着するまでずっと泣き続けた。