「心のどこかで、復讐なんて無理だと思ってたんだ。ずっとさ」

 そう語る蒼汰はゆっくりと視線を落とす。

「諦めきれない気持ちと、死んでしまったアリサに対してなにかしてやりたいという気持ち、その二つに挟まれて俺はずっと生きてきた。情けないことに両方とも俺の自己満足。アリサに復讐を止めて欲しいと言われた時も、俺がアリサに自分らしく生きてくれと言えたのも、復讐を必ず遂げることで、死んだアリサに何かしてやれるという気持ちがあったからだ。だからアリサには自分の人生を歩んでくれだなんて、心の奥底の醜い感情とは矛盾したことを言えたんだ」

 そうか……。
 蒼汰にとって”復讐”とは、私にアリサの代わりを求めないための免罪符だったんだ。
 とても歪んだ考え方だと思うし、理解はできても共感はできない。
 それでも彼にとって復讐というワードは、ある意味心の支えだったのだ。
 死んだアリサに報い、今の私にアリサを強要しないための支え。
 
「でも、もう良いんじゃない? 復讐相手は死んでいて今はいない。それ以上の復讐となると……」

 もう相手は国しかない。
 絶対に失敗するし、具体的な手段が思いつかないほどに強大な相手だ。
 確実にいまの幸せな生活は崩壊する。
 それだけは言える。

「ああ、だから俺は復讐を諦めようと思い始めていたんだ。流石に失うものが大きすぎる。それにどうやったら良いか分からないんだ」

 蒼汰は頭を抱える。
 彼の中ではまだ支えとして”復讐”が機能しているのだ。
 私がいまやるべきことは、この支えを壊すこと。
 朱里にはできない。私という、アリサをモチーフに作られた者にしかできないことだ。

「あらためて言うよ? 私は復讐を止めて欲しい。影井アリサは、復讐をやめて私たちと一緒に楽しく笑って暮らして欲しい! 蒼汰が私に見せてくれていた嘘の世界、綺麗に彩られた蒼汰の記憶の中の世界、それを本当に見せてよ! そのために一緒に歩んでいきたい!」

 私は思いのたけを全てぶつけた。
 今の私の願いは変化したのだ。
 そして蒼汰にも変わってほしい。私たちは同じ歩幅で歩んでいきたい。
 
 私たちの共通点は、視線が常に過去に向いていること。
 獅子堂アリサの死が全ての始まりであり、私たちを縛り付ける呪いだ。
 彼女が殺されたことで蒼汰の人生が狂い、私が生み出された。なんなら朱里と一緒にいるのだって彼女の影響だ。
 自殺に見せかけて殺された獅子堂アリサ。
 国の危機を救うために、遠回しではあるが犠牲になった女性。

「私たちは前を向くべきだと思う。いつまでも彼女を言い訳にして前に進まないのは、死んでしまった彼女に対して失礼だと思うから!」

「アリサ?」

 蒼汰は心底驚いた様子で顔を上げる。
 私がここまで本音を伝えることなんてほとんどないから、きっと彼は驚いたのだろう。
 でもそれぐらい大事なことだと分かってほしい。
 これは生きていくために必要なこと、私たちが前に進むために必要不可欠なこと。
 
「蒼汰、私の気持ちはこれで全部。もう私は獅子堂アリサの代わりじゃない! 私は影井アリサ! 私は蒼汰と朱里と一緒に暮らしていきたい! 幸せな未来を描いていきたい! 灰色だった私のキャンバスに彩を加えたい!」

 もうこれ以上は言わない。
 私の気持ちは全て伝えた。
 後の選択は、蒼汰自身が決めることだ。

「俺は……」

 蒼汰は一度言葉を切って、深呼吸をした。
 これが最後、私たちが復讐について語るのはこれが最後な気がした。

「俺は復讐をやめる。ありがとうアリサ、俺はアリサと朱里と一緒に幸せに暮らしていきたい!」

 ようやくだ。
 ようやく蒼汰の口から聞き出すことができた。
 復讐をやめると、獅子堂アリサを殺した国を許すと、そう宣言してくれた。
 私たちと一緒に暮らす未来を選んでくれたのだ。

「良かった、蒼汰がそう決断してくれて」

 私はそう言って立ち上がり、椅子に座ったままの蒼汰の背後から腕を回す。
 
「アリサ?」
「良いから、しばらくこうさせて」

 私は背後から彼の首に頬を擦りつける。
 彼の胸の前で組まれた私の手を、彼の手がそっと握る。
 心からの情愛のしるし、ようやく心から家族に慣れた気がした。
 お互いの全てを出し尽くしたような安心感。
 もう胸の内に秘めるものはない。

「もうそろそろ寝ようか?」

 私がそう言い出した頃には、午前三時を回っていた。
 
「そうだな」

 私たちは一緒に立ち上がり、彼の寝室へと向かっていった。





 翌朝、目覚ましの音で目を覚ました。
 となりを見ると蒼汰が静かに寝息を立てている。
 どうして彼がとなりにいるのだろうと一瞬思考したが、昨晩私たちは同じベッドで寝たことを思い出し、幸せそうに眠る彼の寝顔を眺める。
 
 そろそろ彼を起こさなければならないのだろうけれど、このまま彼の寝顔をずっと眺めていたい。
 普段の雰囲気からは想像もできないほどあどけない寝顔。
 油断して緩み切った表情。
 そのどれもが愛おしい。

「変態」

 気づけば蒼汰の口からそんな声が漏れていた。

「朝の第一声は普通おはようじゃない? それに変態は蒼汰でしょ? なによその手は」

 どうやら彼はそこそこ前から起きていて、寝顔を見つめる私を変態と罵ってきた。
 だけど待って欲しい。
 変態は彼のほうだ。
 ちょうど布団で見えないが、彼の手はずっと私の太ももを撫でまわしているのだから。

「手が勝手に」
「はいはいもういいから」

 私は彼の手を握って布団を剥ぐ。
 軽く伸びをして、蒼汰の腕を引っ張ったまま部屋の出口を目指す。

「準備しなくて良いの?」
「……良くない。まったく良くない」

 蒼汰は残念そうにため息をつき、渋々といった様子で立ち上がった。

「ほらほら、朝ごはん食べて仕事行っといで!」

 私は彼の背中を軽く叩き、リビングに向かう。
 リビングには朝食が用意されていた。

「朱里、早いね」
「そら昨日は早く寝たしね」

 朱里はそう言って朗らかに笑う。
 そこにのそのそとやって来た蒼汰が合流し、三人で朝食をいただく。

「ごちそうさまでした」

 少しばかり急いで朝食を済ませると、蒼汰と朱里はそろって出かけて行った。
 
 私は二人を見送ると、食器を片づけ始める。
 食器を洗いながら物思いにふける。全てがわかりあえた気がしたあの時、一緒に寝た温もり、三人で食べた朝食。
 たわいもないことだけれど、私にとってはかけがえのない時間。
 ずっとこんな平和な日々が続けばいい。
 そう思った時、インターホンが鳴らされる。
 なんだろう?
 蒼汰がまた通販で変なの買ったのかな?

 私はそう思いながら、いつも通りドアを開ける。
 開けた瞬間、私は自らの失策に気がついた。
 ドアの向こうには武装した覆面の男が三人立っていたのだ。

「動くな! 静かにしていろ!」

 一人が私に銃口を向ける。
 私が何が何だか分からずに固まっていると、残りの二人が私の視界を何かで覆い、口にタオルを詰め込まれて歩かされる。
 ようやく抵抗する意思を見せた私だったが、口に当てられたタオルから妙な香りがして意識が遠くなる。
 朦朧とする意識の中、最後にこんな声が聞こえた。

「これで影井蒼汰も終わりだな」