蒼汰と朱里の関係は、あの一件以来順調に進み、今では気まずさなんてものはほとんど感じられなくなっていた。
そんな中遂にやって来たイベント、クリスマス!
巷ではクリスマスの意味は二分しているように思う。
一つは恋人と過ごすクリスマス。
わざわざクリスマスのために恋人を作る人までいるぐらい、クリスマス=カップルのイベントという認識は浸透している。
もう一つは家族と過ごすクリスマス。
愛するものと共に過ごすのは同じだが、こちらは恋人ではなく家族と共に過ごすといった意味のクリスマス。
こっちの意味も知られてはいるが、商売的にも恋人バージョンを押していったほうが儲かるのは間違いないので、世間の、特に若い世代に関して言えば、ほとんどカップルイベントとなっている。
そして我が家はどうかというと……。
「二人でイルミネーションでも見てきたら?」
「え!? 一緒に行こうよ?」
「いやいや、流石に邪魔したくないって!」
私と朱里がリビングで揉めている。
私は家族で過ごせば良いじゃないか派で、朱里はカップルで過ごすべき派だ。
肝心の蒼汰はまさかの出勤準備中。
「蒼汰は何時ごろ帰ってくる?」
「俺か? う~ん……十時ぐらいかな?」
蒼汰の一言に二人そろってフリーズする。
遅い。よりによって遅い。
なにもクリスマスの日にそんなに遅くならなくたって良いのに……。
「だから悪いけど出かけるのは無しだぞ? 行きたいなら二人で行ってきなよ」
蒼汰はそれだけ言い残して部屋を後にする。
これでは、二人で夜のイルミネーションを見ながらうっとりするなんてのは無理な話だ。
「どうする?」
朱里は私の肩を叩く。
どんまいと言いたげな様子だが、元から私は二人で出かけようとなんてしていないのだが……。
「夜を思いっきり豪華なクリスマスにするために、いまから買い物に行こう!」
私はクリスマスに家族で過ごすという方針をブラさず提案する。
豪華なクリスマスパーティーをするのだ。
今まで一度も味わったことのないクリスマス。
私はなんとなく浮足立つ感じがした。
「食材と飾りつけに使う小物を買いに行こう」
私たちはわくわくしながら家を出た。
向かった先は巨大ショッピングモール。
やはりなんでも揃うこの場所が、一番手っ取り早いのだ。
「まずは何を買う?」
「まずはツリーでしょ!」
「え? 置いてないの?」
「置いてないよ。見たことないもん」
朱里は家にクリスマスツリーがないことに驚く。
普通はどの家にもあるものなのかな?
当然ながら今まで一度も飾ったことがないため、その辺の感覚はいまいち分からない。
「考えてもみてよ、蒼汰が一人でクリスマスツリーを引っ張り出して喜ぶと思う?」
「……ごめん。想像できないね」
「でしょ!」
本人がいないことをいいことに、言いたい放題な私たちは、さっそくツリーを購入する。
なんとも素晴らしいサービスで、この店で購入した商品を本日中に届けてくれるらしい。
これはありがたい。
私と朱里は、どれだけ購入しても荷物にならないと知ってしまったのだ。
買い物を阻止できる要因がなくなり、私たちは次から次へと購入し続ける。
部屋の装飾品を大量に買い付け、さらにその勢いで食品コーナーへ。
家族で食べられるクリスマスコーナーがあるのかと思ったが、残念ながらそういったものは無かった。
置いてあるのは一人用か二人用。
カップルで祝うために二人用が売っているのは理解できるが、一人用?
「人口が減りに減って、この十年間で家族という単位が怪しくなってきたんだよね」
朱里は寂しそうな表情で説明する。
家族という単位?
「どういうこと?」
「昔だったら四人家族とか普通だったんだけど、いまって子供がいない家庭が多くてさ。クリスマスも大人のものになっちゃったんだよね」
蒼汰の稼ぎがあるせいで勘違いしてしまっているが、いまだこの国の貧困は改善されていない。
自殺防止プログラムがある程度機能しているおかげで、莫大な自殺者が発生した時代を乗り越えただけで、根本的な解決には至っていないのだ。
だから結婚もしない、もしくは結婚をしても子供は作らないなど、この国から子供は減り続けている。
そうなれば当然企業のクリスマス商戦は大人向けになるわけで……。
お一人様用クリスマスグッズなんてものが、幅を利かせてくるのだ。
「朱里はどういうクリスマスを過ごしてたの?」
「私? 私は一人であの家で……」
「なんかごめん」
「いやいや、謝らないでよ。なんだか可哀想な人に見えちゃうでしょ!」
朱里はそう言って、一人用セットと二人用セットを手にする。
中にはクラッカーや焼くだけのチキンなど、一応クリスマスっぽいのが詰まっている。
「これを買えば三人家族用でしょ!?」
にっこりと笑う彼女を見て、私もつられて頬が緩む。
可愛いことを言う妹だと、心が暖かくなる。
調子に乗って買い物かごにポンポン食材を放り込む彼女の後ろ姿を見ながら、彼女を可愛いと思うこの感情はなんだろう? そんな考えが浮かんできた。
最初の出会いは店員と客だ。
それから友人同士となり、私が彼女の姉モドキだと知り、全てを告白していまは本当に家族として過ごしている。
彼女を可愛いと感じるこの気持ちは、本当に私の気持ち? それとも生前のアリサの思考パターンの賜物?
考えても答えの出ない問答。
意味のない思考。
だけどこの無意味さこそが人間らしさだと、最近になって知った。
無駄こそが人間の持つ権利だと思う。
「そろそろ戻る? このままだと飾り付けが間に合わないよ?」
クリスマス経験者である彼女の言葉に従い、私たちはいつの間にかパンパンになった買い物かごをレジに持って行き、会計を済ませて店を出る。
時刻は夕方五時。
ここから急いで帰れば三十分で着くだろう。
「もう暗くなってきたね」
「帰り道にちょっとぐらいイルミネーション見れるんじゃない?」
「せっかくだし見て帰ろうかな」
私と朱里はたったいま出たばかりの巨大ショッピングモールを見上げる。
「ちょっとどころじゃなかったね」
「……綺麗」
私たちが買い物をしていた建物にも、盛大にイルミネーションが点灯していた。
暗くなって灯されたイルミネーションは、今まで見たことがないほど輝いていた。
色が異なる電球同士が連なって一つのものを表現している様がとにかく美しく、尊く見えたのだ。
なんだ、いまの時代でもカラフルな街はあるじゃないか。
私は内心嬉しく思う。
タイミングさえあれば、この灰色の街は色を蘇らせる。
要するに人口だけの問題ではないのだ。
街に色を取り戻す。
壮大な私の願いは、しかし意外な形で取り戻された。
街に色が戻るのに大事なのは人々の活気だ。
クリスマスのようなイベントなら、人々は人が減っていようと貧しかろうと、街に彩を加える。
「ねえ見て」
「あれがクリスマスツリー?」
朱里が指さしたのは、ショッピングモール脇のちょっとした広場だった。
その中央には光り輝くクリスマスツリーが鎮座する。
普段はただの木のクセに、飾り付けるだけでここまで化けるのかと驚いた。
天辺には星まで被っている。
まるで自分こそが主役だと言わんばかりに、遠慮もせずに光り輝いていた。
「初めて見たな……」
「そっか、そうだよね。でもほら、もうじき家にも届くよ」
朱里に言われてハッとする。
そうだった。
呑気に見惚れている場合じゃない。
急いで帰っていろいろしないと、クリスマスパーティーができないじゃないか!
朱里が加わって初めての家族のイベント。
絶対に成功させるんだから!
私は朱里の手を引いて、やや急ぎ足で自宅へと戻っていった。
そんな中遂にやって来たイベント、クリスマス!
巷ではクリスマスの意味は二分しているように思う。
一つは恋人と過ごすクリスマス。
わざわざクリスマスのために恋人を作る人までいるぐらい、クリスマス=カップルのイベントという認識は浸透している。
もう一つは家族と過ごすクリスマス。
愛するものと共に過ごすのは同じだが、こちらは恋人ではなく家族と共に過ごすといった意味のクリスマス。
こっちの意味も知られてはいるが、商売的にも恋人バージョンを押していったほうが儲かるのは間違いないので、世間の、特に若い世代に関して言えば、ほとんどカップルイベントとなっている。
そして我が家はどうかというと……。
「二人でイルミネーションでも見てきたら?」
「え!? 一緒に行こうよ?」
「いやいや、流石に邪魔したくないって!」
私と朱里がリビングで揉めている。
私は家族で過ごせば良いじゃないか派で、朱里はカップルで過ごすべき派だ。
肝心の蒼汰はまさかの出勤準備中。
「蒼汰は何時ごろ帰ってくる?」
「俺か? う~ん……十時ぐらいかな?」
蒼汰の一言に二人そろってフリーズする。
遅い。よりによって遅い。
なにもクリスマスの日にそんなに遅くならなくたって良いのに……。
「だから悪いけど出かけるのは無しだぞ? 行きたいなら二人で行ってきなよ」
蒼汰はそれだけ言い残して部屋を後にする。
これでは、二人で夜のイルミネーションを見ながらうっとりするなんてのは無理な話だ。
「どうする?」
朱里は私の肩を叩く。
どんまいと言いたげな様子だが、元から私は二人で出かけようとなんてしていないのだが……。
「夜を思いっきり豪華なクリスマスにするために、いまから買い物に行こう!」
私はクリスマスに家族で過ごすという方針をブラさず提案する。
豪華なクリスマスパーティーをするのだ。
今まで一度も味わったことのないクリスマス。
私はなんとなく浮足立つ感じがした。
「食材と飾りつけに使う小物を買いに行こう」
私たちはわくわくしながら家を出た。
向かった先は巨大ショッピングモール。
やはりなんでも揃うこの場所が、一番手っ取り早いのだ。
「まずは何を買う?」
「まずはツリーでしょ!」
「え? 置いてないの?」
「置いてないよ。見たことないもん」
朱里は家にクリスマスツリーがないことに驚く。
普通はどの家にもあるものなのかな?
当然ながら今まで一度も飾ったことがないため、その辺の感覚はいまいち分からない。
「考えてもみてよ、蒼汰が一人でクリスマスツリーを引っ張り出して喜ぶと思う?」
「……ごめん。想像できないね」
「でしょ!」
本人がいないことをいいことに、言いたい放題な私たちは、さっそくツリーを購入する。
なんとも素晴らしいサービスで、この店で購入した商品を本日中に届けてくれるらしい。
これはありがたい。
私と朱里は、どれだけ購入しても荷物にならないと知ってしまったのだ。
買い物を阻止できる要因がなくなり、私たちは次から次へと購入し続ける。
部屋の装飾品を大量に買い付け、さらにその勢いで食品コーナーへ。
家族で食べられるクリスマスコーナーがあるのかと思ったが、残念ながらそういったものは無かった。
置いてあるのは一人用か二人用。
カップルで祝うために二人用が売っているのは理解できるが、一人用?
「人口が減りに減って、この十年間で家族という単位が怪しくなってきたんだよね」
朱里は寂しそうな表情で説明する。
家族という単位?
「どういうこと?」
「昔だったら四人家族とか普通だったんだけど、いまって子供がいない家庭が多くてさ。クリスマスも大人のものになっちゃったんだよね」
蒼汰の稼ぎがあるせいで勘違いしてしまっているが、いまだこの国の貧困は改善されていない。
自殺防止プログラムがある程度機能しているおかげで、莫大な自殺者が発生した時代を乗り越えただけで、根本的な解決には至っていないのだ。
だから結婚もしない、もしくは結婚をしても子供は作らないなど、この国から子供は減り続けている。
そうなれば当然企業のクリスマス商戦は大人向けになるわけで……。
お一人様用クリスマスグッズなんてものが、幅を利かせてくるのだ。
「朱里はどういうクリスマスを過ごしてたの?」
「私? 私は一人であの家で……」
「なんかごめん」
「いやいや、謝らないでよ。なんだか可哀想な人に見えちゃうでしょ!」
朱里はそう言って、一人用セットと二人用セットを手にする。
中にはクラッカーや焼くだけのチキンなど、一応クリスマスっぽいのが詰まっている。
「これを買えば三人家族用でしょ!?」
にっこりと笑う彼女を見て、私もつられて頬が緩む。
可愛いことを言う妹だと、心が暖かくなる。
調子に乗って買い物かごにポンポン食材を放り込む彼女の後ろ姿を見ながら、彼女を可愛いと思うこの感情はなんだろう? そんな考えが浮かんできた。
最初の出会いは店員と客だ。
それから友人同士となり、私が彼女の姉モドキだと知り、全てを告白していまは本当に家族として過ごしている。
彼女を可愛いと感じるこの気持ちは、本当に私の気持ち? それとも生前のアリサの思考パターンの賜物?
考えても答えの出ない問答。
意味のない思考。
だけどこの無意味さこそが人間らしさだと、最近になって知った。
無駄こそが人間の持つ権利だと思う。
「そろそろ戻る? このままだと飾り付けが間に合わないよ?」
クリスマス経験者である彼女の言葉に従い、私たちはいつの間にかパンパンになった買い物かごをレジに持って行き、会計を済ませて店を出る。
時刻は夕方五時。
ここから急いで帰れば三十分で着くだろう。
「もう暗くなってきたね」
「帰り道にちょっとぐらいイルミネーション見れるんじゃない?」
「せっかくだし見て帰ろうかな」
私と朱里はたったいま出たばかりの巨大ショッピングモールを見上げる。
「ちょっとどころじゃなかったね」
「……綺麗」
私たちが買い物をしていた建物にも、盛大にイルミネーションが点灯していた。
暗くなって灯されたイルミネーションは、今まで見たことがないほど輝いていた。
色が異なる電球同士が連なって一つのものを表現している様がとにかく美しく、尊く見えたのだ。
なんだ、いまの時代でもカラフルな街はあるじゃないか。
私は内心嬉しく思う。
タイミングさえあれば、この灰色の街は色を蘇らせる。
要するに人口だけの問題ではないのだ。
街に色を取り戻す。
壮大な私の願いは、しかし意外な形で取り戻された。
街に色が戻るのに大事なのは人々の活気だ。
クリスマスのようなイベントなら、人々は人が減っていようと貧しかろうと、街に彩を加える。
「ねえ見て」
「あれがクリスマスツリー?」
朱里が指さしたのは、ショッピングモール脇のちょっとした広場だった。
その中央には光り輝くクリスマスツリーが鎮座する。
普段はただの木のクセに、飾り付けるだけでここまで化けるのかと驚いた。
天辺には星まで被っている。
まるで自分こそが主役だと言わんばかりに、遠慮もせずに光り輝いていた。
「初めて見たな……」
「そっか、そうだよね。でもほら、もうじき家にも届くよ」
朱里に言われてハッとする。
そうだった。
呑気に見惚れている場合じゃない。
急いで帰っていろいろしないと、クリスマスパーティーができないじゃないか!
朱里が加わって初めての家族のイベント。
絶対に成功させるんだから!
私は朱里の手を引いて、やや急ぎ足で自宅へと戻っていった。