タクシーに乗り込んで三十分、前に一度だけやってきた工場に到着する。
「ある意味実家みたいなものか」
私は工場の半開きになっている門の前で呟く。
この周囲には家や建物は存在しない。
わざとか偶然かは知らないが、人があまり来なさそうな雑木林の中心に工場は存在する。
さっきのタクシーの運転手さんも、こんなところに建物なんてあったかな? なんて不思議がりながら私を運んでくれた。
工場の錆びついた門は半分ほど開いていて、敷地の中には苦労せずに入ることができた。
人の気配もほとんどない。
今日が日曜日だからか、従業員はお休みなのだろう。
時折見かける警備員にさえ気をつければ、そうそう見つかることはなさそうだ。
「さてと……後は”後輩”に開けてもらいましょうか」
私は携帯を開いて電話をかける。
電話相手は”後輩”だ。
「もしもし?」
「なんだ、人間にランクダウンした先輩じゃないですか」
声は若い女性の声。
開口一番、若干嫌味を言われたが気にしない。
私はいま彼女と口論するために来たわけではないのだ。
「そうそう、その先輩の頼みを聞いてくれない?」
「何をして欲しいの?」
「A区画のセキュリティーを開けて欲しいんだけど」
私の後任のAIは首だけ。
電子管理されたセキュリティーなら、常に回線に接続されている彼女なら簡単に開けられるはず。
「分かりました」
突然事務的な口調に変わった彼女がそう言った数秒後、ガチャっと音がして鍵が開いた。
「ありがとう」
「これっきりにしてくださいね」
「もちろん。感謝してる」
それだけ言って電話を切った。
「この中に警備員はいるのかな?」
私が確認した警備員は敷地内を見張っているだけだった。
区画の中にまで警備員が配属されているとは思えない。
「まあ慎重に行くことに変わりはないけど」
私は鍵が開いたドアを開いて中に入った。
中に入ると、一直線のとにかく長い廊下が待っている。
確か私が前回見学に来た時は、この一番突き当たりのドアを開けて、その中のセキュリティーカードで入れる防壁のようなものを二回潜った先に、後任のAIが待っていたっけ?
あの時は奥に奥に案内されて気がつかなかったけどこの廊下、片側に恐ろしいほどのドアがある。
数えてみると二十以上ドアがある。
この中から私の求めている情報を探し出そうと思うと、本当に日が暮れる可能性がある。
「手当たり次第ね」
私は一番手前のドアを開けてみる。
中は資料室のようになっていて、本棚が壁際にびっしりと立ち並び、その中央には会議テーブルが二つとパイプ椅子が四つ置かれている。
私はとりあえず漁ってみることにした。
この部屋の資料は本当に様々だった。
ありとあらゆるタイプの学術書が揃っており、特に多かったのは心理学や経済学の学術書で、残念ながらAIを作るのに関係しそうな本は存在しなかった。
「ここは違うみたい」
そもそもアリサの思考パターンに関することが本になっているわけがない。
そこに思い至ったのは、探し始めてから随分経ってからだった。
私は疲れた体を伸ばし、パイプ椅子に腰掛ける。
そもそも私は何のためにこんなことをしているのだろう?
今さらそんな考えがよぎった。
朝比奈さんからキチンと聞き出せていないとはいえ、私の中でアリサの思考パターンが生きているのはほぼ確実。
今になってそれを確定させたところで、現実は何も変わらない。
意味なんてない。
「私は何がしたい?」
私は自分自身の行動に一貫性がないことに気がついた。
AIとして生きていた時には考えもしなかったこと。
迷って苦しんで道を探す自分。
もしかしてこれこそが”生きる”ってこと?
私がしたいことは二つだ。
一つは蒼汰の復讐をとめること。
もう一つは世界に彩りを取り戻すこと。
どっちも容易じゃない。
「ここで何してるの?」
突然響いた声にハッとする。
声のした方を見ると、朝比奈さんが腕組みをしながら立っていた。
「どうしてここに?」
「残念ね、ここのセキュリティーが開けられるたびに、私の端末に知らせが入るのよ」
安直だった。というより考えが甘かった。
機密情報を扱うこの工場で、一つ目のセキュリティーだけで突破できるわけがない。
「まあ一番奥の部屋、前にアリサさんが入った部屋以外に大したものはおいていないけど」
普通に考えれば当たり前の話。
こんなペラペラなセキュリティーの部屋に大事な資料などあるはずもない。
なんで思い至らなかった?
ちょっと考えれば分かったはずだ。
迂闊……完全に冷静さを失っていた。
自分が知りたい情報すら定まらず、私の中で確信をもっている考えの答え合わせに来ただけ。
リスクと得られるものが釣り合っていない。
完全に迷走している。
「アリサさんがなんでここにいるのかは分かってる。今度はちゃんと話すからついてきなさい」
朝比奈さんは私の手を取って歩き出した。
資料室を出て廊下を突き進む。
朝比奈さんが最奥のドアの一歩手前のドアを開けると、そこは普通の応接室のような作りになっていた。
「座って」
「はい」
私は素直に従うしかない。
どんな理由であれ、やってはいけないことをしたのは事実。
人間風に言えば犯罪者だ。
「ある意味実家みたいなものか」
私は工場の半開きになっている門の前で呟く。
この周囲には家や建物は存在しない。
わざとか偶然かは知らないが、人があまり来なさそうな雑木林の中心に工場は存在する。
さっきのタクシーの運転手さんも、こんなところに建物なんてあったかな? なんて不思議がりながら私を運んでくれた。
工場の錆びついた門は半分ほど開いていて、敷地の中には苦労せずに入ることができた。
人の気配もほとんどない。
今日が日曜日だからか、従業員はお休みなのだろう。
時折見かける警備員にさえ気をつければ、そうそう見つかることはなさそうだ。
「さてと……後は”後輩”に開けてもらいましょうか」
私は携帯を開いて電話をかける。
電話相手は”後輩”だ。
「もしもし?」
「なんだ、人間にランクダウンした先輩じゃないですか」
声は若い女性の声。
開口一番、若干嫌味を言われたが気にしない。
私はいま彼女と口論するために来たわけではないのだ。
「そうそう、その先輩の頼みを聞いてくれない?」
「何をして欲しいの?」
「A区画のセキュリティーを開けて欲しいんだけど」
私の後任のAIは首だけ。
電子管理されたセキュリティーなら、常に回線に接続されている彼女なら簡単に開けられるはず。
「分かりました」
突然事務的な口調に変わった彼女がそう言った数秒後、ガチャっと音がして鍵が開いた。
「ありがとう」
「これっきりにしてくださいね」
「もちろん。感謝してる」
それだけ言って電話を切った。
「この中に警備員はいるのかな?」
私が確認した警備員は敷地内を見張っているだけだった。
区画の中にまで警備員が配属されているとは思えない。
「まあ慎重に行くことに変わりはないけど」
私は鍵が開いたドアを開いて中に入った。
中に入ると、一直線のとにかく長い廊下が待っている。
確か私が前回見学に来た時は、この一番突き当たりのドアを開けて、その中のセキュリティーカードで入れる防壁のようなものを二回潜った先に、後任のAIが待っていたっけ?
あの時は奥に奥に案内されて気がつかなかったけどこの廊下、片側に恐ろしいほどのドアがある。
数えてみると二十以上ドアがある。
この中から私の求めている情報を探し出そうと思うと、本当に日が暮れる可能性がある。
「手当たり次第ね」
私は一番手前のドアを開けてみる。
中は資料室のようになっていて、本棚が壁際にびっしりと立ち並び、その中央には会議テーブルが二つとパイプ椅子が四つ置かれている。
私はとりあえず漁ってみることにした。
この部屋の資料は本当に様々だった。
ありとあらゆるタイプの学術書が揃っており、特に多かったのは心理学や経済学の学術書で、残念ながらAIを作るのに関係しそうな本は存在しなかった。
「ここは違うみたい」
そもそもアリサの思考パターンに関することが本になっているわけがない。
そこに思い至ったのは、探し始めてから随分経ってからだった。
私は疲れた体を伸ばし、パイプ椅子に腰掛ける。
そもそも私は何のためにこんなことをしているのだろう?
今さらそんな考えがよぎった。
朝比奈さんからキチンと聞き出せていないとはいえ、私の中でアリサの思考パターンが生きているのはほぼ確実。
今になってそれを確定させたところで、現実は何も変わらない。
意味なんてない。
「私は何がしたい?」
私は自分自身の行動に一貫性がないことに気がついた。
AIとして生きていた時には考えもしなかったこと。
迷って苦しんで道を探す自分。
もしかしてこれこそが”生きる”ってこと?
私がしたいことは二つだ。
一つは蒼汰の復讐をとめること。
もう一つは世界に彩りを取り戻すこと。
どっちも容易じゃない。
「ここで何してるの?」
突然響いた声にハッとする。
声のした方を見ると、朝比奈さんが腕組みをしながら立っていた。
「どうしてここに?」
「残念ね、ここのセキュリティーが開けられるたびに、私の端末に知らせが入るのよ」
安直だった。というより考えが甘かった。
機密情報を扱うこの工場で、一つ目のセキュリティーだけで突破できるわけがない。
「まあ一番奥の部屋、前にアリサさんが入った部屋以外に大したものはおいていないけど」
普通に考えれば当たり前の話。
こんなペラペラなセキュリティーの部屋に大事な資料などあるはずもない。
なんで思い至らなかった?
ちょっと考えれば分かったはずだ。
迂闊……完全に冷静さを失っていた。
自分が知りたい情報すら定まらず、私の中で確信をもっている考えの答え合わせに来ただけ。
リスクと得られるものが釣り合っていない。
完全に迷走している。
「アリサさんがなんでここにいるのかは分かってる。今度はちゃんと話すからついてきなさい」
朝比奈さんは私の手を取って歩き出した。
資料室を出て廊下を突き進む。
朝比奈さんが最奥のドアの一歩手前のドアを開けると、そこは普通の応接室のような作りになっていた。
「座って」
「はい」
私は素直に従うしかない。
どんな理由であれ、やってはいけないことをしたのは事実。
人間風に言えば犯罪者だ。