朱里に真実を話してから二週間後、朱里は無事に退院した。
 しかし彼女が帰る場所はあの家ではない。

「本当に良いのですか?」
「嫌だったら別に構わないけど」
「いえ、とんでもないです」

 朱里の退院の日、蒼汰の車で迎えに来た私たちは、朱里を乗せて彼女の家に向かう。
 
 先程のやり取りは蒼汰と朱里のもの。
 原因は私が言い出した提案だった。
 



「ねえ蒼汰、朱里と一緒に住んでもいいかな?」
「本気で言ってるのか?」
「本気だよ」

 朱里に何もかも洗いざらい喋った日の夜、私と蒼汰は家族会議を行った。
 そこで私が提案したのは、朱里も一緒に暮らすという提案だった。
 私が本当のことを話した時に見た彼女の様子から、一人で放っておくのはどうにも心が痛む。
 彼女のショックは計り知れないし、退院後の彼女がまたあの無駄に広い家に一人取り残されるのは看過できない。
 それに私と、アリサと一緒に暮らしたほうが、彼女の精神が安定すると思ったからだ。

「ただ蒼汰からしたら少し気まずいかもしれないけど……」
「いいよ。それぐらい」

 蒼汰は即断してくれた。
 彼は私のお願いに首を横に振ったことなどない。
 復讐を止めて欲しいという願い以外は……。




 病院を出発した私たちは朱里の家に行き、当面必要な物だけをバッグに詰め込み、私たちの住むマンションに移動する。
 幸い部屋には空きがあるので、その部屋を彼女にあてがう予定だ。

「お、お邪魔します……」

 朱里は恐る恐る入室する。
 そこそこの広さを誇る我が家だが、元々インテリアに興味がない蒼汰と私しか住んでいなかったため、お洒落な感じが一切しない。

「なんというか、生活感が無いですね」
「……やっぱりそう思う?」
「そうね、なんというか彩りが足りない気がする」

 やはりそうらしい。
 もうここに関しては私と蒼汰ではどうにもできないことだ。
 私が視線だけで蒼汰に合図を出すと、蒼汰はため息をつく。

「もしよかったら朱里さんの好きなようにレイアウトを変えてもらって構わない。俺はこういうのには疎いんだ。そういうのは女子二人に任せるよ」

 蒼汰はそう言って私にクレジットカードを渡して部屋に戻ってしまった。
 太っ腹な感じはするが、やはりどこか気まずいのだろう。
 もしかしたら後ろめたいのかもしれない。
 勝手に朱里の姉をAIとして蘇らせたことに罪悪感を抱いているのかも……。

「良いのかな?」
「まあ蒼汰がそう言うんだし、お言葉に甘えよう」

 遠慮気味に私を見る彼女に、私は努めて明るく背中を押す。
 実際蒼汰のことだからお金には困っていないだろうし、正直言って私もこの部屋がどのように変化するか気になる。
 
「それじゃあ買いに行こう!」

 私たちは二人そろってお出かけをする。
 向かう先はここから一番近い全国チェーンの家具屋。
 蒼汰に車を出してもらうのはなんだか気が引けたので、私たちだけで家を出る。
 バスを使えばそんなに遠くはないのだが、十月後半の過ごしやすい気候なのと、入院中にすっかりなまってしまった朱里のリハビリを兼ねて歩いて向かうことにした。

「私が入院している間にすっかり寒くなってきたね」
「ちょっと肌寒いかな?」
 
 やっぱり私は気温に対して反応が薄い。
 極端に暑すぎないか寒すぎないかしない限り、一応機械でできているはずの私の体は些細な温度差を感じない。
 もしかしたら蒼汰に頼めば微調整をしてくれるかもしれないが、そんなことで彼に負担をかけたくない。

「ここから歩いて三十分くらいかな」

 家を出て十五分ほど歩いたあたりで、マップを眺めてため息交じりに朱里が呟いた。
 ちょっと疲労の色が見え始めている。

「どうする? タクシーでも呼ぶ?」
「いやいや。生活費まで面倒見てもらっている現状で贅沢はできないよ。それに早く体力を戻して働きたいし」

 彼女が車に轢かれて入院した日から現在まで、朱里の経営していた古着屋グレークロースは臨時休業に入っている。
 もちろん再開するつもりだが、どちらにしろ体力を多少は戻さないと仕事にならない。

「じゃあ少し休憩してから進もうか」

 私はそう言って近くの公園のベンチを指さす。
 この公園は大通りから二本ほど内側の住宅地の中に存在している小さな公園で、遊具はブランコのみというストイックな公園となっている。

 私たちはベンチに腰を下ろし、公園を囲む紅葉を見て一息入れる。
 思わぬ紅葉イベントの襲来で朱里は少し嬉しそう。
 空気はやや冷えてきているが、まだまだ過ごしやすい気温だ。

「ねえアリサ、これからどうする?」
「どうするって?」

 朱里の抽象的な問いかけに、私は思わず聞き返す。
 どうするも何も、これから一緒に暮らしていくと決めたばかりじゃないか。

「だって例えばさ、もしもこの先アリサと影井さんが結婚したとして、私は邪魔じゃないの?」

 朱里はややモジモジしながら尋ねてきた。
 彼女の頬は散って行く紅葉のように赤くなっていた。

 それにしても結婚か……もちろん考えたことがないわけではない。
 蒼汰が私を作った理由を考えると、むしろ普通に考えつく結末だ。
 だけどそうか、朱里からすると自分が邪魔になると思ってしまうのか。
 そんなはずないのに……。

「邪魔なんかじゃないよ。結婚相手の家族と同居なんてよくあることでしょ?」

 私の言葉を聞いた瞬間、朱里はキョトンとした表情を浮かべ、舞い散る紅葉に視線を向ける。
 ひらひらと舞い続ける落ち葉たちは、まるで私たちの悩みそのもの。
 散っては地面に落ちて、他の落ち葉と見分けがつかなくなる。
 
「そういうもんなのかな……」
「そういうもんだって。とりあえず私と蒼汰はそう思っているはず」
「はず?」
「うん。蒼汰にはまだ聞いてないからね。だけど私はそういうつもりだよ」
「でも影井さんは居心地悪いんじゃないかな?」

 朱里の中でやはり蒼汰の存在が引っかかっている。
 仕方ないとは思う。
 どちらも心の整理に時間がかかるだろう。
 いまは気まずくても、それも長い時間の中に紛れてやがて消えていくと信じてる。
 地面に落ちてやがて土に還る落ち葉の如く、時間という土壌の中に溶け込んでいくのだ。

「朱里、そろそろ行こうよ」
「え?」
「考えたって仕方がないことは考えない。時間が解決してくれることだってあるよ」
「……うん。そうだね」

 朱里はゆっくりと頷き、ベンチから立ち上がる。
 たまにはこうして外で話すのも気分が良い。
 これからはたまに散歩するのも良いかもしれない。
 
「帰ろっか?」
「何言ってんのアリサ? 家具屋行くんでしょ!」

 朱里は私の手を引いて歩き出す。
 そうだった、忘れていた。
 家具屋に行く途中だったっけ。

「ごめん忘れてた」
「信じられない」

 私たちは二人同時に笑い出した。
 なんだか久しぶりに彼女の笑顔を見た気がする。
 
 後日、私たちが家具屋で大量に買い付けた商品が配送されてきた際、蒼汰の顔が若干引き攣っていたのはまた別のお話。