「そこで聞いてるんでしょ?」

 私は病室の外に立っている蒼汰に声をかける。
 
「ごめん。入っていいか分からない空気だったから」
「いつから聞いてたの?」
「ほとんど最初からかな」

 蒼汰は素直に答えながら入ってきた。
 そうか最初からか……じゃあアリサが朱里の姉だったということもバレてしまった。
 隠そうとしてたわけではないが、なんとなく言いづらかったのは事実。

「ごめんね言いにくくてさ」
「アリサと彼女の関係のこと?」
「うん」
「良いよ別に、俺はそういうの気にしないし」

 蒼汰が自らの願望で創り出したものは、彼の彼女であり朱里の姉だった。
 
「これからどうするの?」
「どうするも何も、別に彼女がアリサの妹であろうとそうでなかろうと、俺のやることは変わらない。復讐を遂げる、ただそれだけさ」

 蒼汰は再び復讐の二文字を口にする。
 まだ対象の見つからない復讐。
 私の心がざわつく。
 復讐の二文字は、私の心に影を落とす。

「じゃあ私はもうしばらくここにいるね。目を覚ました時いてあげたいし」
「そっか分かった。俺は仕事に出るけど、帰りはどうする? 迎えに来ようか?」
「いや、いいよ。自分で帰れる。ありがとね蒼汰」
「じゃあ」

 蒼汰はそれだけ言い残して病室を後にする。
 去り際の彼の表情はどこか引き攣って見えた。

「はあ……。なんか複雑だな」

 私はため息をついて窓の外を眺める。
 なんの因果か、蒼汰によって作られた私はアリサを再現していて、偶然出会った朱里は養子としてアリサの家に引き取られて……そして朱里を一人残し、全員が亡くなってしまった。
 しかもその中の一人は、蒼汰の自殺防止プログラムのために殺された。
 アリサという存在は、蒼汰の彼女という立場を理由に殺された。
 
 そして私はアリサが死んだ病院にいる。
 意識を失った朱里が運ばれてきて、当時を知る看護師と対面して……。

「いろいろと出来すぎかな?」

 私は窓から目を離して朱里の頬を撫でる。
 触っているだけで安堵と愛おしさが溢れてくる。
 まるで本物の妹を心配するような気持ち。

 AIのくせに人間の真似事をするなんて……。
 そんな考えが顔を出しかけるが、必死に心の奥底に押し込む。
 無駄な思考だ。
 なんの解決にもならない思考パターン。

 私は一度大きく深呼吸をして体を伸ばす。
 時計を見るといつの間にか午後二時を指していた。
 何をしていたんだろう?
 ボーっとして何も考えていなかった気がする。
 
「まるで人間みたいじゃない」
「アリサは人間じゃないの?」

 私の独り言に返事が返ってきた。
 ギョッとしてベッドの上を見ると、朱里の目が開いていて私のことをジッと見ていた。
 
 ああやってしまった。
 とんだ失言だ。
 油断していたな。

「私は人間だよ? それより大丈夫なの?」

 私は急いで誤魔化しつつ、彼女の体の心配をする。
 
「私は大丈夫。車に撥ねられただけだし、ちょっと頭がズキズキして左腕が動かないけど大丈夫」
「それは大丈夫と言わないと思うけど?」
「それよりごめんねアリサ」
「どういう意味?」

 身に覚えのないごめんねほど怖いものはない。
 
「実はけっこう前から意識が戻っててね……」
「いつ頃から?」
「アリサが部屋に入ってきた時から」
「そっか……」

 私はそれ以上言葉が出なかった。
 だってあまりにも全てがバレてしまったから。
 
「さっきのは彼氏さんだよね? アリサお姉ちゃんのことを知っているみたいだった。それにさっきのアリサの言葉……ねえ教えて。貴女は一体何者?」

 朱里はハッキリと言葉にした。
 きっと前々から疑問に思っていたであろうこと。
 自分の姉と瓜二つで、名前まで同じ。おまけに趣味趣向までが一致するとなれば、普通じゃないことぐらいは想像してしまう。

「ずっと疑問に思ってたけど私は黙ってた。この曖昧な関係に亀裂が入るんじゃないかと思って、心の中にしまっておくつもりだった。私の中では、やっぱり死んだお姉ちゃんが帰ってきたような感覚だったんだ。だから言い出せなかった」

 朱里は胸の内を明かす。
 その声は穏やかで掠れそうな静かな声、ゆっくりと慎重に言葉を選ぶように紡いでいく。
 彼女の姿を見て、彼女の言葉を聞いて、私は視界が涙で歪む。
 もう全てを話そう。
 
 彼女が全てを曝け出そうとしているのに、私だけ秘密のままではダメだ。
 それにもう隠せる気がしない。
 ここらが潮時、結局人を騙しながら生きていくなんて無理なのだ。

「信じられないかもしれないし、信じたくない話かもしれないけど、それでも聞いてくれる?」

 私は勇気を振り絞って確認する。
 もしかしたら絶交されるかもしれないし、本気で怒らせてしまうかもしれない。
 それか泣かせてしまうかもしれない。
 どれをとっても怖い。

 ああそうか。
 彼女もこんな気持ちだったんだ。
 朱里が自分の身の上話をしたとき、きっと彼女は怖かっただろうな。
 自分の内側を他人に晒すのってこんなに……。

「うん。聞くし、どんな話でも信じるから安心して」

 朱里は力なく笑う。
 本当は彼女だって知るのが怖いのだ。
 話を断片的にしか聞いていなくても、あまり良い話ではないことだけは分かるはず。

「じゃあ話すね」

 私は順を追って話し始めた。
 今回は隠し事は無し。

 私がAIであることと、自殺防止プログラムの存在。
 蒼汰とアリサの関係。
 私が作られた経緯。
 そしてアリサが何者かに、自殺に見せかけて殺されたこと。
 蒼汰が復讐を誓っていることなど、全てを話した。

 話を終えた頃には日がすっかり暮れていて、私は病室のカーテンを閉めた。
 すすり泣く声が聞こえ振り返ると、さっきまで話を黙って聞いていた朱里が静かに泣いていた。

 私は彼女が泣き止むまで、ずっと彼女の背中をさすり続けた。
 まるで本物の姉妹のように、泣いている彼女を見ると胸が苦しくなった。