「私に人権が?」
「そうだとも」
影井蒼汰はいろいろと当時のことを説明し始めた。
彼は当時大学でロボット工学を専攻していたらしく、そのまま私の開発プロジェクトの責任者に就任したらしい。
いくら彼の説明を聞いたところでどうにも腑に落ちない。
そんなの国が認めるわけがない。
事実、彼が私を創り上げた時、国はあくまで装置としての運用しか認めなかったはずだ。
この暗い雰囲気が漂う現代社会において、自殺の増加は社会問題となっていた。
国は対策として相談窓口を設けたが、あまりにも数が多すぎて窓口のスタッフ側が精神を病んでいってしまった。
そんな時に国が目をつけたのが人工知能、すなわち私のようなAIだ。
そんな私に自由なんて……。
「なんで今さら国が認めたの? 今まで一度だってこの部屋から出してくれなかったのに」
一番の疑問点だ。
国からしたらめんどくさいだけ。
ロボットなんだから、そのまま働かせておいたほうが良いに決まってる。
「俺の我儘が通ったのさ。もしも認めてくれなかったら、このサービスを停止させるってね」
どうやら彼は国を脅せるほどに影響力をつけたようだ。
なんとも恐ろしい男だと思う。
そこまでして私の人権に執着する理由はなんだろう?
「その気持ちは嬉しいんだけど、私はどうしたらいいの? 社会のことも、業務に支障が出ないように情報だけは持ってるけど、経験なんて皆無よ? だから急に自由だと言われても……」
私は戸惑いが隠せない。
ロボットのくせに戸惑うなと言われるかもしれないが、私にだって希薄ではあるが感情は存在する。
「その点は大丈夫だよ。君には俺と一緒に暮らしてもらうからね」
影井蒼汰は平然とそう言い放った。
いま何と言った?
私と彼が一緒に暮らす?
「私と貴方が一緒に暮らす? 正気なの? 私はAI、ロボットなのよ? 生物ではないのだからペットにすらなれないと思うんだけど」
「正気さ。それに俺は君をペットとして連れ歩くつもりはない。あくまで一人の人間として、一人の女性として一緒に暮らしたいと思っている」
一人の女性としてなんて、ほとんど告白ではないのか?
私の頭の中の辞書データをひっくり返すと、そのような結論にたどり着く。
どうしよう。
私の制作者、ロボットにガチ恋する変態だったみたい。
「変態?」
「やめろ。それだけは口にするな」
「だって変態でしょ?」
「だっても何もない。変態はやめてくれ。俺は国に楯突くほどの科学者だぞ?」
「国に楯突いてまでロボットを性の対象にする変態でしょう?」
私のこの一言で変態は黙り込んでしまった。
ちょっと言い過ぎたみたい。
でも事実だもの。
立派な科学者だろうが、自殺を止めるために心血を注いだ尊敬できる人間だろうが、変態ということには変わりない。
「まあいい。俺が変態かどうかはこれからの生活の中で判断してくれ」
「いや、第一印象で変態確定だけどね」
私は冷静に判断する。
一緒に生活すればするほど、彼の変態性は揺るぎないものになっていく気がしている。
「とにかくこの家を出るぞ」
影井はそう言って席を立つ。
私の人権を認めておいて、私に選択肢がない展開とはどういう事だろうか?
「ちょっと、私の意思は尊重しないわけ? 私がここに残りたいと思っているかも知れないじゃない」
ちょっとした抵抗。
このまま流されて彼の家に転がり込むのはなんだか癪だ。
「え……嫌なのか?」
この時の彼の表情は、一生私のメモリーから消えはしないだろう。
私が知っている人間の表情カタログには一切載っていない。
だけど何故か胸が締め付けられるような、絶望に染まったような、そんな表情。
「いや……行くよ。貴方と一緒に暮らす」
気がつけばそう口にしていた。
最初からそのつもりではあったけど、すんなりと答えてしまった。
それだけ彼の表情に揺さぶられてしまった。
あの、絶望と寂しさとショックが入り混じった、何かに捨てられるのを怯えているような彼の表情。あんな顔をされたら断れない。
「……そうか! 良かった!」
私の一言に安心した彼は、目を子供のように輝かせながらはしゃぐ。
やっぱり変わった人だと思う。
それに変態だとも。
「何か持って行くものはあるかい?」
「ないわ。私物なんてないもの」
「そうか……そうだったね。じゃあ行こうかアリサ」
彼はそう言って玄関に向かう。
私は静かに彼の後をついて行くが、玄関前で停止する。
これ以上進めない。
進もうと思っても、命令が足に伝わらない。
「ああそうか。ごめん、忘れてた。いま解除するから」
彼はそう言って私の後頭部に手を回した。
「何を!?」
「ちょっと痛いかもだけど、我慢してね」
彼の指先が私の後頭部を撫でると、激しい頭痛が襲い来る。
「痛!」
「ごめんね。すぐ終わらせるから」
彼が触れた瞬間、後頭部の一部が開けられた気がした。
驚く私をよそに、彼はケーブルを取り出すと私の後頭部の中の何かに接続する。
小さな端末を取り出して、なにやら必死に打ち込み始める。
数分間の沈黙。
頭痛も頭が開いた時だけで、特にそれ以降痛みは感じない。
「ねえまだ?」
「ごめん、もう少しだから」
私の冗談混じりの催促にも真面目に答えながら、彼は端末のスピードを速める。
どうやら私につけられていた外出禁止プログラムは、結構めんどくさい構造のようだ。
「よし! できたよ!」
彼が宣言したと同時に、脳内に謎の機械音が流れる。
まるでエラーコードのような不協和音。
私は咄嗟に頭を押さえてうずくまる。
「大丈夫かい?」
心配する彼の声が遠くで聞こえる。
ドンドンと大きくなっていくエラー音が、頭の中を支配した時、何かが消し飛んだような錯覚に襲われる。
「あ……凄い!」
私は顔を上げて正面にいる彼の顔を見る。
今までどこか膜が張っていたような私の世界に、色彩が輝く。
彼は感動する私の後頭部からケーブルを抜き、優しく私の頭を撫でた。
「そうだとも」
影井蒼汰はいろいろと当時のことを説明し始めた。
彼は当時大学でロボット工学を専攻していたらしく、そのまま私の開発プロジェクトの責任者に就任したらしい。
いくら彼の説明を聞いたところでどうにも腑に落ちない。
そんなの国が認めるわけがない。
事実、彼が私を創り上げた時、国はあくまで装置としての運用しか認めなかったはずだ。
この暗い雰囲気が漂う現代社会において、自殺の増加は社会問題となっていた。
国は対策として相談窓口を設けたが、あまりにも数が多すぎて窓口のスタッフ側が精神を病んでいってしまった。
そんな時に国が目をつけたのが人工知能、すなわち私のようなAIだ。
そんな私に自由なんて……。
「なんで今さら国が認めたの? 今まで一度だってこの部屋から出してくれなかったのに」
一番の疑問点だ。
国からしたらめんどくさいだけ。
ロボットなんだから、そのまま働かせておいたほうが良いに決まってる。
「俺の我儘が通ったのさ。もしも認めてくれなかったら、このサービスを停止させるってね」
どうやら彼は国を脅せるほどに影響力をつけたようだ。
なんとも恐ろしい男だと思う。
そこまでして私の人権に執着する理由はなんだろう?
「その気持ちは嬉しいんだけど、私はどうしたらいいの? 社会のことも、業務に支障が出ないように情報だけは持ってるけど、経験なんて皆無よ? だから急に自由だと言われても……」
私は戸惑いが隠せない。
ロボットのくせに戸惑うなと言われるかもしれないが、私にだって希薄ではあるが感情は存在する。
「その点は大丈夫だよ。君には俺と一緒に暮らしてもらうからね」
影井蒼汰は平然とそう言い放った。
いま何と言った?
私と彼が一緒に暮らす?
「私と貴方が一緒に暮らす? 正気なの? 私はAI、ロボットなのよ? 生物ではないのだからペットにすらなれないと思うんだけど」
「正気さ。それに俺は君をペットとして連れ歩くつもりはない。あくまで一人の人間として、一人の女性として一緒に暮らしたいと思っている」
一人の女性としてなんて、ほとんど告白ではないのか?
私の頭の中の辞書データをひっくり返すと、そのような結論にたどり着く。
どうしよう。
私の制作者、ロボットにガチ恋する変態だったみたい。
「変態?」
「やめろ。それだけは口にするな」
「だって変態でしょ?」
「だっても何もない。変態はやめてくれ。俺は国に楯突くほどの科学者だぞ?」
「国に楯突いてまでロボットを性の対象にする変態でしょう?」
私のこの一言で変態は黙り込んでしまった。
ちょっと言い過ぎたみたい。
でも事実だもの。
立派な科学者だろうが、自殺を止めるために心血を注いだ尊敬できる人間だろうが、変態ということには変わりない。
「まあいい。俺が変態かどうかはこれからの生活の中で判断してくれ」
「いや、第一印象で変態確定だけどね」
私は冷静に判断する。
一緒に生活すればするほど、彼の変態性は揺るぎないものになっていく気がしている。
「とにかくこの家を出るぞ」
影井はそう言って席を立つ。
私の人権を認めておいて、私に選択肢がない展開とはどういう事だろうか?
「ちょっと、私の意思は尊重しないわけ? 私がここに残りたいと思っているかも知れないじゃない」
ちょっとした抵抗。
このまま流されて彼の家に転がり込むのはなんだか癪だ。
「え……嫌なのか?」
この時の彼の表情は、一生私のメモリーから消えはしないだろう。
私が知っている人間の表情カタログには一切載っていない。
だけど何故か胸が締め付けられるような、絶望に染まったような、そんな表情。
「いや……行くよ。貴方と一緒に暮らす」
気がつけばそう口にしていた。
最初からそのつもりではあったけど、すんなりと答えてしまった。
それだけ彼の表情に揺さぶられてしまった。
あの、絶望と寂しさとショックが入り混じった、何かに捨てられるのを怯えているような彼の表情。あんな顔をされたら断れない。
「……そうか! 良かった!」
私の一言に安心した彼は、目を子供のように輝かせながらはしゃぐ。
やっぱり変わった人だと思う。
それに変態だとも。
「何か持って行くものはあるかい?」
「ないわ。私物なんてないもの」
「そうか……そうだったね。じゃあ行こうかアリサ」
彼はそう言って玄関に向かう。
私は静かに彼の後をついて行くが、玄関前で停止する。
これ以上進めない。
進もうと思っても、命令が足に伝わらない。
「ああそうか。ごめん、忘れてた。いま解除するから」
彼はそう言って私の後頭部に手を回した。
「何を!?」
「ちょっと痛いかもだけど、我慢してね」
彼の指先が私の後頭部を撫でると、激しい頭痛が襲い来る。
「痛!」
「ごめんね。すぐ終わらせるから」
彼が触れた瞬間、後頭部の一部が開けられた気がした。
驚く私をよそに、彼はケーブルを取り出すと私の後頭部の中の何かに接続する。
小さな端末を取り出して、なにやら必死に打ち込み始める。
数分間の沈黙。
頭痛も頭が開いた時だけで、特にそれ以降痛みは感じない。
「ねえまだ?」
「ごめん、もう少しだから」
私の冗談混じりの催促にも真面目に答えながら、彼は端末のスピードを速める。
どうやら私につけられていた外出禁止プログラムは、結構めんどくさい構造のようだ。
「よし! できたよ!」
彼が宣言したと同時に、脳内に謎の機械音が流れる。
まるでエラーコードのような不協和音。
私は咄嗟に頭を押さえてうずくまる。
「大丈夫かい?」
心配する彼の声が遠くで聞こえる。
ドンドンと大きくなっていくエラー音が、頭の中を支配した時、何かが消し飛んだような錯覚に襲われる。
「あ……凄い!」
私は顔を上げて正面にいる彼の顔を見る。
今までどこか膜が張っていたような私の世界に、色彩が輝く。
彼は感動する私の後頭部からケーブルを抜き、優しく私の頭を撫でた。