「そんなことより、蒼汰は平気なわけ?」

 私はふと思い出した。
 彼は洗面所で急に意識を失ったのだ。
 いまこうして普通に話しているが、病院に行かなくても大丈夫なのだろうか?

「ああ、何だったのか分からないけどたぶん大丈夫だ。それより早く行かないと」
「そうだったね」

 ゴタゴタしてて忘れてた。
 国のお偉いさんとの話し合いに行くんだった。
 そして何故か私も見てみたいらしい。

「もう行ける?」
「そうね。本当は蒼汰には寝ていて欲しいんだけど」
 
 ついさっきぶっ倒れた人間は安静にすべきだと思うのだけど、彼のことだから絶対に行くと言うだろう。

「冗談言うな。ここでコネを作っとかないと」

 蒼汰は鞄を持つ。
 出かける合図だ。

「分かった、ついてくよ。途中で蒼汰が倒れたら大変だし」
「お気遣いどうも」

 私たちは蒼汰の車に乗り込んで走りだした。






「ねえどういう仕組みなの?」
「なんだい唐突に?」

 ちょっといきなりだったかな……。

「蒼汰が私に何かしらの細工をして、あの綺麗な街並みを見せていたのは分かったけど、どういう仕組みなのかなって」

 一体どんな技術を駆使して、私にあの景色を見せていたのだろう?
 あのカラフルな街並みは蒼汰の思い出だ。
 彼が思い出の中でアリサという彼女と過ごす仕組み。

「アリサを最初に部屋から連れ出したときのことを憶えてる?」
「憶えてるよ。確かあの時、私の後頭部を開けて外出防止プログラムを停止して……もしかしてあの時?」
「もしかしなくてもあの時だよ」

 蒼汰が嬉しそうに笑う。
 そうか。あの時、一瞬だけ景色が異常に明るく見えたのは気のせいではなかったんだ。
 
「でもどうしてさっきは途切れたの? 故障か何か?」

 いまは元通りのカラフルな街並みに戻っている。
 現実を知ってもなお、やはりこの景色は美しい。
 
「あれは俺の意識とリンクしてるのさ。俺の記憶から映像データを引っ張り出している。もしもアリサが俺の行ったことのない街に行けば、このシステムは機能しない。灰色の街に映るだろうね。だけど僕は仕事柄ほとんどの街に行ったことがある。だから当分の間はバレることはないと思ってたんだ」

 蒼汰は運転しながら説明してくれた。
 蒼汰の記憶とリンクした映像データ。
 だから彼が意識を失って倒れたあの間だけ、世界は灰色に見えたのだ。
 現実が見えた。
 この世界の本質が見えた。
 
 極度の経済の悪化により、自殺者の過去最多を更新し続けた世界の末路。
 人の数は減少し、ビルに色を塗る意味すらも失った世界。
 人々から夢と活気が取り上げられた世界。
 ここは私の知っている世界ではなかったんだ。

「ちなみに君が起きる時間と寝る時間は決まっている。俺はそれよりも早く起きるし、遅く寝る。だから今までバレることはなかった」
「だけどあまりにも不完全なシステムじゃない? 本当に私をずっと騙したかったら、蒼汰の記憶をそのまま私に植えつければ良かった。そうすれば蒼汰が意識を失っても、ずっと私は彩られた世界に居続ける」

 完璧な方法はあったはずだ。
 別に常時リンク状態じゃなくたって、色のある世界を演出するなんて可能だろう。
 
「そうだね。確かに他にもっとスマートな方法があったのは事実。なんでそうしなかったか……たぶん、俺なりに罪悪感があったのかな? それとも嘘をつき続ける勇気がなかったのかもしれない。ずっと愛する人を騙し続けることが、俺にできるのかってね」

 蒼汰は考えこむように、言葉を慎重に選びながら答える。
 きっと彼の中にも答えは無いのだろう。
 永遠の嘘か、どこかでバレる嘘。
 彼は後者を選んだ。
 私という人格がより一層確立した先で、きっと嘘を明かすつもりだったのかもしれない。
 
「そっか……。私はこうして全て打ち明けてくれた方が良いな」

 私は正面を向きながら、ルームミラー越しに運転している彼の表情を観察する。
 じっくりと眺める。

 迷った蒼汰。
 苦しむ蒼汰。
 笑った蒼汰。

 どんな彼のことも愛しく思える。
 これが彼の創り出したまやかしの感情かもしれない。
 だけどそんなのはどうだっていいことだ。
 私の今の気持ちに嘘は無いのだから。
 本当に、心の底から理解した。
 心の底から感じた。

 私は蒼汰が好き。

 好きを通り越して愛している。
 この感情の元が何であろうと関係ない。
 作られていようと、自然発生したものであろうとどうでもいい。
 私のこの気持ちは本物だ!

「ねえ蒼汰」
「なんだい?」
「好き」
「!?」

 一瞬車体が揺らぐ。
 思いっきり動揺した蒼汰を見て、私は自然と笑顔になれた。
 ああ、こういう彼も愛おしい。
 
「危ないじゃないか!」
「そんなに動揺しなくてもいいのに」

 私は一気に楽しくなってきた。
 もしもいま灰色の街に戻ったとしても平気だろう。
 いまの私には世界が鮮やかに見える。
 世界は、見る人の心の状態で見え方が変わるのだ。
 だからこそ私は決意した。

「ねえ蒼汰」
「同じ手はくわないぞ!」

 蒼汰は不意打ちの好きを警戒しているらしい。
 可愛いなもう……。

「違うよ。そうじゃなくて、私のこれ止めてくれない?」

 蒼汰は一瞬驚いた様子で私を見る。
 
「本気だよ。もう嘘って分かった世界を、綺麗と思う程純粋じゃない。それに、もうシステムに頼るのはやめようと思う。私はこの目で本物を見て、蒼汰と一緒に世界に色を取り戻す! 私はそれがしたい。蒼汰の復讐も止めたいし、世界に色を取り戻したい。欲張りだけど、やりたいことが増えたの。だからお願い」

 私は宣言した。
 蒼汰の復讐を止めることと、世界に色を取り戻すこと。
 二つの目的は私の生きがいとなる。
 蒼汰と朱里がいるこの世界に、灰色は似合わない。

「わかった。帰ったら外すよ」

 蒼汰は一度ため息をついて、車の運転を続けた。