「それを聞いてどうするんだ?」
「私も手伝おうと思って……」
私は殊勝なことを口にする。
内心は複雑なままなのに、形だけは蒼汰に従順なフリをする。
私には復讐に加担する動機なんてない。
死んでしまったアリサに思い入れなんてないし、彼女が死んでくれたおかげでいまの自分がある。そんな嫌な考えだってある。
だけど私は蒼汰に嫌われたくない。
そんな醜い自分が心底嫌になった。
「やめてくれ。アリサは巻き込みたくないんだ……」
蒼汰の声は静かなまま。
さざ波の音に掻き消えそうなほど静かで、小さくか細い声。
なんとなく彼の声のトーンで復讐の内容が想像できてしまう。
命を奪った相手には、相応の罰を……。
「まさか蒼汰……」
「悪いな……そのまさかだよ。自殺防止プログラムの提案者が人殺しをしようとしてるってわけさ」
蒼汰は皮肉そうに笑う。
暗い笑い。
普段見せてくれていた笑顔とは全く別の顔。
私が見たことのないダークな蒼汰の顔。
「そっか……うん。私はなんて言ったらいいか分からない。肯定も否定も、どっちをするにも私は部外者過ぎるみたい」
夏の日差しに照らされて、私は本心を隠して嘘を吐く。
部外者だから分からないわけではないと思う。
人間じゃないから、私がAIだから分からないのだろうか?
それとも人間でも分からない?
殺人という罪を彼に犯して欲しくない。
だけど彼のあの表情を見てしまったら、彼がいかに本気なのかが伝わってくる。
とてもじゃないけど止められない。
だから私は部外者なんて言葉に逃げたんだ……。
「アリサは心配しないで大丈夫。この復讐は俺が一人で確実にこなすから」
そう宣言した彼の言葉には、さきほどの弱々しさは一切なかった。
彼の言葉は決意の言葉。
こんなに力強く語る彼を私は知らない。
「私は……見守っているよ」
絞りだして出したのがこの言葉だった。
私の願いとは対照的な言葉。
アリサはどう思うのだろう?
そんな考えが浮かんだ。
殺された本人はこんなことを望むだろうか?
もしも私がアリサならきっと望まない。
できれば幸せに暮らして欲しいと願うと思う。
だけど彼にそれを伝えたところで、きっと彼は聞き入れない。
普通の言葉ではいまの彼には響かない。
だから……。
「見守りながら、私は死んでしまったアリサの代わりをこなす。蒼汰は否定するけど、私が生み出された理由はそれなんだ。蒼汰が我儘を通すなら、私も自分の我儘を通す」
私は彼に堂々と宣言した。
私は私でありながら、アリサになる。
そう決めた。
言葉でいくら言っても彼の復讐心は消えないだろう。
だから私は、別の方法で彼の殺人を止めて見せる。
復讐なんて馬鹿馬鹿しいと思える程に、理想のアリサを演じよう。
私のあり方とは、本来はそのはずなのだから。
「そうか……意地っ張りなのはお互い様か」
蒼汰はため息を吐く。
私がアリサになろうとするのを嫌がった彼も、ついに諦めたらしい。
心の奥底では望んでいたのでは?
そんな疑念が胸いっぱいに広がる。
アリサのフリをさせることに罪悪感を感じて、私にマネをしなくていいなんて口にしたのではないのか?
確証の無い疑問が頭の中をグルグルまわる。
「ねえ蒼汰。せっかくだから海に入らない?」
「え?」
私は空気を変えるために提案する。
せっかく初めての海に来たのに、こんなギスギスした空気なんて嫌。
戸惑う彼の手を引いて、ひとけのない砂浜を走る。
ビーチサンダルと足の間に熱い砂が入り込む。
裸足で歩いたらかなり熱そうだ。
「ちょっとアリサ!?」
私と蒼汰はそのまま海にダイブした。
初めての海水。
しょっぱくて冷たくて気持ちいい。
これが海。
夏にカップルで遊びに行く定番スポット。
私はアリサ。
彼の死んでしまった恋人。
何者でもない私の、生きていく道しるべ。
「冷たいね! ずっと海の中にいたい!」
そう言って私は頭まで海水に浸る。
さっきまで過剰に考え過ぎていた頭が、急激に冷えていく感じがした。
難しく考える必要はない。
蒼汰は復讐がしたい。
私は復讐を止めたい。
そのためにアリサになりきる。
アリサになりきって、復讐なんかで人生を棒に振ることを惜しいと思わせたい。
つまり私は、蒼汰に……好かれたい!
「はぁはぁ」
息の限界を感じて、私は立ち上がる。
新鮮な空気を感じながら、海の中でまとまった考えを胸に秘める。
「蒼汰」
「なんだい?」
「ちゃんと私に惚れてね?」
「なっ!?」
蒼汰は素っ頓狂な声を上げる。
彼の頬がうっすら赤く見えたのは、夕日に照らされたからだろうか?
「からかうなよ!」
「私は本気だよ」
冗談のように振舞う彼とは対照的に、私は真剣な眼差しを彼に向ける。
彼はそれを見て黙ってしまう。
私の雰囲気から冗談なんかではないと察したようだ。
「何も知らない私を、AIで自殺防止プログラムの一部だった私を、人間として扱ってくれた蒼汰。アリサの代わりに作ったくせに、アリサであることを強要しなかった蒼汰。個人的には止めて欲しいけど、復讐を誓う蒼汰。どんな君も、私は受け入れる。蒼汰の選択なら、私は受け入れる。だから、君の隣に私を置いて欲しい!」
私の告白。
ずっと渦巻いていた思いを、全て言葉にして蒼汰にぶつける。
「アリサ……」
私の視界は暗くなる。
全身に夏の暑さとは違う熱を感じる。
蒼汰の匂いで満たされていく……。
「約束する。俺はいつも君の隣にいる」
蒼汰の声は静かに震えていた。
「私も手伝おうと思って……」
私は殊勝なことを口にする。
内心は複雑なままなのに、形だけは蒼汰に従順なフリをする。
私には復讐に加担する動機なんてない。
死んでしまったアリサに思い入れなんてないし、彼女が死んでくれたおかげでいまの自分がある。そんな嫌な考えだってある。
だけど私は蒼汰に嫌われたくない。
そんな醜い自分が心底嫌になった。
「やめてくれ。アリサは巻き込みたくないんだ……」
蒼汰の声は静かなまま。
さざ波の音に掻き消えそうなほど静かで、小さくか細い声。
なんとなく彼の声のトーンで復讐の内容が想像できてしまう。
命を奪った相手には、相応の罰を……。
「まさか蒼汰……」
「悪いな……そのまさかだよ。自殺防止プログラムの提案者が人殺しをしようとしてるってわけさ」
蒼汰は皮肉そうに笑う。
暗い笑い。
普段見せてくれていた笑顔とは全く別の顔。
私が見たことのないダークな蒼汰の顔。
「そっか……うん。私はなんて言ったらいいか分からない。肯定も否定も、どっちをするにも私は部外者過ぎるみたい」
夏の日差しに照らされて、私は本心を隠して嘘を吐く。
部外者だから分からないわけではないと思う。
人間じゃないから、私がAIだから分からないのだろうか?
それとも人間でも分からない?
殺人という罪を彼に犯して欲しくない。
だけど彼のあの表情を見てしまったら、彼がいかに本気なのかが伝わってくる。
とてもじゃないけど止められない。
だから私は部外者なんて言葉に逃げたんだ……。
「アリサは心配しないで大丈夫。この復讐は俺が一人で確実にこなすから」
そう宣言した彼の言葉には、さきほどの弱々しさは一切なかった。
彼の言葉は決意の言葉。
こんなに力強く語る彼を私は知らない。
「私は……見守っているよ」
絞りだして出したのがこの言葉だった。
私の願いとは対照的な言葉。
アリサはどう思うのだろう?
そんな考えが浮かんだ。
殺された本人はこんなことを望むだろうか?
もしも私がアリサならきっと望まない。
できれば幸せに暮らして欲しいと願うと思う。
だけど彼にそれを伝えたところで、きっと彼は聞き入れない。
普通の言葉ではいまの彼には響かない。
だから……。
「見守りながら、私は死んでしまったアリサの代わりをこなす。蒼汰は否定するけど、私が生み出された理由はそれなんだ。蒼汰が我儘を通すなら、私も自分の我儘を通す」
私は彼に堂々と宣言した。
私は私でありながら、アリサになる。
そう決めた。
言葉でいくら言っても彼の復讐心は消えないだろう。
だから私は、別の方法で彼の殺人を止めて見せる。
復讐なんて馬鹿馬鹿しいと思える程に、理想のアリサを演じよう。
私のあり方とは、本来はそのはずなのだから。
「そうか……意地っ張りなのはお互い様か」
蒼汰はため息を吐く。
私がアリサになろうとするのを嫌がった彼も、ついに諦めたらしい。
心の奥底では望んでいたのでは?
そんな疑念が胸いっぱいに広がる。
アリサのフリをさせることに罪悪感を感じて、私にマネをしなくていいなんて口にしたのではないのか?
確証の無い疑問が頭の中をグルグルまわる。
「ねえ蒼汰。せっかくだから海に入らない?」
「え?」
私は空気を変えるために提案する。
せっかく初めての海に来たのに、こんなギスギスした空気なんて嫌。
戸惑う彼の手を引いて、ひとけのない砂浜を走る。
ビーチサンダルと足の間に熱い砂が入り込む。
裸足で歩いたらかなり熱そうだ。
「ちょっとアリサ!?」
私と蒼汰はそのまま海にダイブした。
初めての海水。
しょっぱくて冷たくて気持ちいい。
これが海。
夏にカップルで遊びに行く定番スポット。
私はアリサ。
彼の死んでしまった恋人。
何者でもない私の、生きていく道しるべ。
「冷たいね! ずっと海の中にいたい!」
そう言って私は頭まで海水に浸る。
さっきまで過剰に考え過ぎていた頭が、急激に冷えていく感じがした。
難しく考える必要はない。
蒼汰は復讐がしたい。
私は復讐を止めたい。
そのためにアリサになりきる。
アリサになりきって、復讐なんかで人生を棒に振ることを惜しいと思わせたい。
つまり私は、蒼汰に……好かれたい!
「はぁはぁ」
息の限界を感じて、私は立ち上がる。
新鮮な空気を感じながら、海の中でまとまった考えを胸に秘める。
「蒼汰」
「なんだい?」
「ちゃんと私に惚れてね?」
「なっ!?」
蒼汰は素っ頓狂な声を上げる。
彼の頬がうっすら赤く見えたのは、夕日に照らされたからだろうか?
「からかうなよ!」
「私は本気だよ」
冗談のように振舞う彼とは対照的に、私は真剣な眼差しを彼に向ける。
彼はそれを見て黙ってしまう。
私の雰囲気から冗談なんかではないと察したようだ。
「何も知らない私を、AIで自殺防止プログラムの一部だった私を、人間として扱ってくれた蒼汰。アリサの代わりに作ったくせに、アリサであることを強要しなかった蒼汰。個人的には止めて欲しいけど、復讐を誓う蒼汰。どんな君も、私は受け入れる。蒼汰の選択なら、私は受け入れる。だから、君の隣に私を置いて欲しい!」
私の告白。
ずっと渦巻いていた思いを、全て言葉にして蒼汰にぶつける。
「アリサ……」
私の視界は暗くなる。
全身に夏の暑さとは違う熱を感じる。
蒼汰の匂いで満たされていく……。
「約束する。俺はいつも君の隣にいる」
蒼汰の声は静かに震えていた。