私は自然と言葉が出ていた。
海水浴場に人影は一切なかった。
不思議なほどに静かな世界。
聞こえるのは海鳥の鳴き声と波の音だけ。
「綺麗……」
私は視界一杯に広がる光景に呆然としてしまった。
どこまでも続く海。
データでしか知らなかった砂浜の感触。
情報としてしか知らなかった風景を目にした私は、呆然としながらも心が躍った。
横目でとなりに立つ蒼汰を見ると、彼は彼で何かを思い浮かべながらだろうか? 海を見ながら遠い目をしていた。
アリサとの記憶を思い出しているのだろうか?
それとも全然違う事?
どっちにしろ、私には分からないことなのが悲しい。
「ねえ蒼汰」
「何かなアリサ」
蒼汰はキョトンとした顔で私を見つめる。
その顔を見て一瞬ためらう。
本当はこんな綺麗な場所でする話じゃないのかもしれない。
だけどいまここで聞かなければ、ずっと聞けないままな気がした。
「前に言っていた復讐って、一体なんなの?」
尋ねた私の声は震えていた。
そうか、緊張すると声って震えるんだ。
また一つ人間らしくなった。
彼の求めるアリサに一歩近づけた。
「……そうか。そうだよね。俺が前にうっかり口にしちゃったから、当然気になるよね」
蒼汰は後悔するように頭を抱える。
復讐の話は、そんなに言いにくいことなのだろうか?
「言いたくない?」
「いや、いずれ話そうとは思っていたから」
蒼汰は一度言葉を切る。
覚悟を決めるための深呼吸。
大きく吸って深く吐く。
そして彼は、私の正面に立って視線を合わせた。
「俺の復讐の相手はこの国だよ。俺からアリサを奪ったアイツらを許さない!」
語気荒く放たれた彼の言葉は、嘘かと思う程スケールの大きい話だった。
復讐の相手はまさかの国。
しかし蒼汰からアリサを奪ったというのはどういう意味だろうか?
アリサは自殺だったはずじゃ……。
「一体どういう事? 話が見えてこないんだけど……」
私は素直に尋ねる。
ショックを受けるほどにも理解できていない。
「最初はアリサが自殺したと思っていた。だけど違ったんだ。国が提案してきた自殺防止プログラム、これって結構深刻な事だったみたいでさ……」
それは私も知っている。
一〇年前の資料は、頭の中にデータとして存在している。
この国は経済が破綻し、失業者が大量に発生した。
国は立て直しのための施策をいくつも用意したが、どう計算してもそれらが機能するのに数年はかかる。
しかし国民はその数年を待つことができなかった。
仕事を失い、食うに困った国民たちは、過去に類を見ないペースで次々と自害という選択をした。
国が掲げる政策は未来を救うことはできても、今を救うことはできなかった。
「自殺者の数が病死者を上回った時、国は本気で焦ったらしい。そんな中、俺が論文で発表した自殺防止プログラム。国は信じられないくらいの勢いで食いついたわけだ」
そうか、そんな時代があったんだ。
自殺者が病死者を上回るなんてあるんだ……。
確かにそれなら国は焦るだろう。
年間に約一〇〇万人は何かしらの病気で亡くなっている。
自殺者がそれを上回るなんてことはあってはいけない。
「でもそれがどうしてアリサに繋がるの?」
国が自殺防止プログラムに熱心になっているのは分かった。
それだけこのプログラムにかけていたから、蒼汰は国に対しても発言力を得たのだろう。
だけどそれとアリサの死が繋がらないのだ。
「国は俺が論文を出してから比較的早い段階で俺に声をかけてきた。だけど俺は最初断ったんだ。この論文は本気で作りはしたが、実行する気は一ミリもなかったからね。正直言うと、自殺者に対して特に思い入れも同情もなかったんだよ、当時の俺は。だから国は困ったわけだ。一番論文の内容を熟知している若者にやる気が一切ない。そこで国は俺にやる気を出させる方法を考え出した。それが……」
「まさか……嘘でしょう? 本気?」
「本気だよ……」
蒼汰の言葉は続かなかった。
気づけば彼は泣いていた。
悲しみからではない。
怒りと後悔の涙。
「蒼汰……」
「ごめん。大丈夫だから……」
そう言って蒼汰は後ろを向いた。
彼の復讐の相手は国。
理由は、蒼汰のやる気を起こさせるために、国が一人の女性を自殺に見せかけて殺害したこと。
その殺された女性こそアリサだった。
自分にとってもっとも大切な女性が自殺で亡くなれば、少しはこのプログラムに本気になるだろうと考えたのだろう。
さらに自殺防止プログラムには高性能なAIを使う事になっていた。
賢い蒼汰なら、国の予算でもう一度アリサを蘇らせることができると気がついたはずだ。
でもそんなのって……。
「蒼汰、私は……」
私も言葉が続かない。
自殺防止プログラムとして動いていた時はあんなに流暢に言葉が出てきていたのに、自分や大事な人のこととなると、途端に言葉に詰まる。
私の中で考えがまとまらない。
私はアリサが死んだから生まれた存在。
それは分かっている。
だけど私はアリサが死ぬべきではなかったと思うし、間違っていると思う。
しかし私の中でもう一つの、決して許されない感情が芽生え始めている。
”アリサが死んでよかった”
絶対に言葉にしてはいけないワードが頭から離れない。
アリサがいまいないから、私はこうして人間のように蒼汰のとなりにいられる。
そういう風に思ってしまう自分自身に嫌気がさす。
だってアリサは、朱里の憧れの存在でもあったのだ。
そんな彼女が死んでよかった?
ありえないありえない。
そんな考えは持ってはいけない。
仮にも自殺防止プログラムの一部として産み落とされた私が、人の死を喜ぶことなんてあってはいけない。
「蒼汰……復讐って具体的にはどうするの?」
海水浴場に人影は一切なかった。
不思議なほどに静かな世界。
聞こえるのは海鳥の鳴き声と波の音だけ。
「綺麗……」
私は視界一杯に広がる光景に呆然としてしまった。
どこまでも続く海。
データでしか知らなかった砂浜の感触。
情報としてしか知らなかった風景を目にした私は、呆然としながらも心が躍った。
横目でとなりに立つ蒼汰を見ると、彼は彼で何かを思い浮かべながらだろうか? 海を見ながら遠い目をしていた。
アリサとの記憶を思い出しているのだろうか?
それとも全然違う事?
どっちにしろ、私には分からないことなのが悲しい。
「ねえ蒼汰」
「何かなアリサ」
蒼汰はキョトンとした顔で私を見つめる。
その顔を見て一瞬ためらう。
本当はこんな綺麗な場所でする話じゃないのかもしれない。
だけどいまここで聞かなければ、ずっと聞けないままな気がした。
「前に言っていた復讐って、一体なんなの?」
尋ねた私の声は震えていた。
そうか、緊張すると声って震えるんだ。
また一つ人間らしくなった。
彼の求めるアリサに一歩近づけた。
「……そうか。そうだよね。俺が前にうっかり口にしちゃったから、当然気になるよね」
蒼汰は後悔するように頭を抱える。
復讐の話は、そんなに言いにくいことなのだろうか?
「言いたくない?」
「いや、いずれ話そうとは思っていたから」
蒼汰は一度言葉を切る。
覚悟を決めるための深呼吸。
大きく吸って深く吐く。
そして彼は、私の正面に立って視線を合わせた。
「俺の復讐の相手はこの国だよ。俺からアリサを奪ったアイツらを許さない!」
語気荒く放たれた彼の言葉は、嘘かと思う程スケールの大きい話だった。
復讐の相手はまさかの国。
しかし蒼汰からアリサを奪ったというのはどういう意味だろうか?
アリサは自殺だったはずじゃ……。
「一体どういう事? 話が見えてこないんだけど……」
私は素直に尋ねる。
ショックを受けるほどにも理解できていない。
「最初はアリサが自殺したと思っていた。だけど違ったんだ。国が提案してきた自殺防止プログラム、これって結構深刻な事だったみたいでさ……」
それは私も知っている。
一〇年前の資料は、頭の中にデータとして存在している。
この国は経済が破綻し、失業者が大量に発生した。
国は立て直しのための施策をいくつも用意したが、どう計算してもそれらが機能するのに数年はかかる。
しかし国民はその数年を待つことができなかった。
仕事を失い、食うに困った国民たちは、過去に類を見ないペースで次々と自害という選択をした。
国が掲げる政策は未来を救うことはできても、今を救うことはできなかった。
「自殺者の数が病死者を上回った時、国は本気で焦ったらしい。そんな中、俺が論文で発表した自殺防止プログラム。国は信じられないくらいの勢いで食いついたわけだ」
そうか、そんな時代があったんだ。
自殺者が病死者を上回るなんてあるんだ……。
確かにそれなら国は焦るだろう。
年間に約一〇〇万人は何かしらの病気で亡くなっている。
自殺者がそれを上回るなんてことはあってはいけない。
「でもそれがどうしてアリサに繋がるの?」
国が自殺防止プログラムに熱心になっているのは分かった。
それだけこのプログラムにかけていたから、蒼汰は国に対しても発言力を得たのだろう。
だけどそれとアリサの死が繋がらないのだ。
「国は俺が論文を出してから比較的早い段階で俺に声をかけてきた。だけど俺は最初断ったんだ。この論文は本気で作りはしたが、実行する気は一ミリもなかったからね。正直言うと、自殺者に対して特に思い入れも同情もなかったんだよ、当時の俺は。だから国は困ったわけだ。一番論文の内容を熟知している若者にやる気が一切ない。そこで国は俺にやる気を出させる方法を考え出した。それが……」
「まさか……嘘でしょう? 本気?」
「本気だよ……」
蒼汰の言葉は続かなかった。
気づけば彼は泣いていた。
悲しみからではない。
怒りと後悔の涙。
「蒼汰……」
「ごめん。大丈夫だから……」
そう言って蒼汰は後ろを向いた。
彼の復讐の相手は国。
理由は、蒼汰のやる気を起こさせるために、国が一人の女性を自殺に見せかけて殺害したこと。
その殺された女性こそアリサだった。
自分にとってもっとも大切な女性が自殺で亡くなれば、少しはこのプログラムに本気になるだろうと考えたのだろう。
さらに自殺防止プログラムには高性能なAIを使う事になっていた。
賢い蒼汰なら、国の予算でもう一度アリサを蘇らせることができると気がついたはずだ。
でもそんなのって……。
「蒼汰、私は……」
私も言葉が続かない。
自殺防止プログラムとして動いていた時はあんなに流暢に言葉が出てきていたのに、自分や大事な人のこととなると、途端に言葉に詰まる。
私の中で考えがまとまらない。
私はアリサが死んだから生まれた存在。
それは分かっている。
だけど私はアリサが死ぬべきではなかったと思うし、間違っていると思う。
しかし私の中でもう一つの、決して許されない感情が芽生え始めている。
”アリサが死んでよかった”
絶対に言葉にしてはいけないワードが頭から離れない。
アリサがいまいないから、私はこうして人間のように蒼汰のとなりにいられる。
そういう風に思ってしまう自分自身に嫌気がさす。
だってアリサは、朱里の憧れの存在でもあったのだ。
そんな彼女が死んでよかった?
ありえないありえない。
そんな考えは持ってはいけない。
仮にも自殺防止プログラムの一部として産み落とされた私が、人の死を喜ぶことなんてあってはいけない。
「蒼汰……復讐って具体的にはどうするの?」