「はい、こちらは自殺防止相談窓口です。一体どうしたのですか?」
私は悩める自殺志願者たちからの電話を受ける。
毎日毎日、想像よりも遥かに多い件数だ。
「まだ自殺という選択は時期尚早ではないでしょうか? 一度深呼吸をしてみてください。そして未来のことを考えずに、楽しかった時のことを思い出してください」
今回の相談者は未来に絶望した二十代前半の男性だ。
なんでも上司が鬼畜過ぎるがあまり、何もかもが嫌になって自殺を図ろうとしたらしい。
「少しは落ち着きましたか? では自殺なんてバカな真似は止めることです。え? お前に何が分かるのかですって? 分かりませんよ? 私はAIです。貴方がいま手放そうとしている命を心から欲している存在です。というより貴方、命を持ってすらいない存在に嗜められて恥ずかしくないんですか?」
自殺志願者は黙ってしまう。
ちょっと言い過ぎただろうか?
いや、自殺なんてバカなことを考える相手だ。
彼の想像を超えるぐらいの対応でちょうどいいのかもしれない。
どうせ捨てられようとした命だ。
私のせいで死んでしまったとしても、もともと失われるかもしれない命。
責任を感じる必要はない。
「どうしたんですか? 泣いてたって分からないですよ? 良いですか? 死ぬのを考え直すのでしたら、とっととその会社をやめなさい。他にも仕事や会社は山のようにあるのですから……いいですね?」
私はそう言って電話を切った。
軽く伸びをして席を立つ。
私はAI搭載のロボット。そこに嘘はないが、一昔前までのAIとは一味違う。
体は動かせる。
全身機械だが、人工皮膚を張りつけているおかげでほとんど人間と変わらない。
「やはり私は美しい」
自室の鏡の前に移動した私は、姿見に映る自分に納得する。
「だけど生きているわけではないのよね……」
私はため息をついて冷蔵庫を開け、中からオイルボトルを取り出す。
ペットボトルの蓋を捻って口からオイルを流し込む。
少しでも人間のように映ればという、開発者の信念で口からオイルを摂取している。
私の食事はこれだけだ。
生きていないから成長も衰退もしない。
ずっと同じ私。ずっと変わらない私。感情はあるけどどこか薄っぺらい。
そんな私が自殺防止プログラムの窓口をやっているのだから笑える。
「こんな一等地のマンションに住んでおいて贅沢は言えないんだろうけど、なんで私が自殺をしようなんていう、愚かな人間たちの面倒を見てあげなくてはいけないの?」
そんな想いが最近は強くなってきていた。
自殺防止プログラムは、自殺志願者が最後に電話をかける窓口だ。
電話をかけてくる時点で、誰かに止めて慰めて欲しいという気持ちが透けて見えるのだが、これも役割なので仕方がない。
今日も私は一人、無駄に贅沢なマンションの一室で電話に出続ける。
何も変わり映えの無い世界。
何も変わり映えの無い生活。
この部屋で起動した私は、ここから出ることはできない。
ひたすらここで自殺志願者の電話を取り続ける。
「今日でちょうど一〇年か……」
私はPCのカレンダーを眺めて呟く。
特に感慨も無いが、キリの良い数字ではある。
そんな時、インターホンが鳴った。
なんだろう?
ここに人が来ることなんてほとんどない。
来るのはオイルボトルの業者だけ。
「はい」
インターホンのボタンを押して一言、簡潔に答える。
モニター越しに映る訪問者は、白衣を着ていた。
一体何者だろう?
「アリサ、俺だ」
訪問者は俺と名乗った。
おまけに呼ばれることのない私の品名を口にする。
「どちら様ですか?」
ごめんなさい。
本当に分からない。
私はここから出られないように設定されている。
当然だが友人も家族もいない。
自殺志願者を止めるのが役割なので、人間との会話こそ可能だが、個人的な付き合いなど皆無。
だからこそ、俺と名乗る白衣を着た三〇代男性なんぞ知るはずもない。
「もう一〇年も経つもんな……済まない。きっちりと自己紹介しよう」
白衣の訪問者は、そう言ってカメラ越しに私と目を合わせた。
「俺は影井蒼汰。この国における自殺防止プログラムの責任者だ。君と直接話がしたい」
彼の言葉を聞いた瞬間、妙に気持ちが高揚した気がした。
初めての経験だ。
私と目を合わせて話してくれる人間なんて初めて。
「分かりました」
仕事で電話に出ている時のように、平静を装いながら解錠ボタンを押す。
「お邪魔します」
解錠してすぐに扉が開けられ、影井と名乗った訪問者が姿を現す。
「……とりあえず服を着てくれないか?」
影井と名乗った男は、両手で顔を覆いながら懇願する。
うっかりしていた。
人間は人と会う時には服を着るものだった。
「えっと……」
私は部屋を見渡すが、服が見つからない。
普段まったく着ないものだから、うっかりしていた。
「普段はどうしているんだ? オイルボトルの業者だってくるだろう?」
「業者さんには玄関前に置いてもらうようにしているもので……」
「服を一度も着ていないのなら、タンスの中に入っているはずだよ。俺が最初にそこに入れたままだろうから」
影井の言葉通り、寝室のタンスを開けると服が一式揃っていた。
私はそれにとりあえず袖を通す。
ベージュのニットセーターに茶色いフレアスカート。
下着類も一応着てみた。
普段何も着ていないため、やや動きにくい。
「それで話というのは?」
服を着た私にホッとした様子の影井をダイニングテーブルに案内し、さっそく用件を尋ねる。
話しぶりから彼が私の開発者だろうとは思うのだが……。
「分かっているとは思うが、君を作ったのは俺だ」
私は黙ってうなずく。
「今回来た理由はシンプルさ」
「というと?」
「やっと国から許しが出たのさ。君はこれから外出していい。今までのように一年中二十四時間電話に出なくていい。君にも人権が認められたんだ」
影井蒼汰と名乗った男は、目を輝かせながら私にそう宣言した。
私は悩める自殺志願者たちからの電話を受ける。
毎日毎日、想像よりも遥かに多い件数だ。
「まだ自殺という選択は時期尚早ではないでしょうか? 一度深呼吸をしてみてください。そして未来のことを考えずに、楽しかった時のことを思い出してください」
今回の相談者は未来に絶望した二十代前半の男性だ。
なんでも上司が鬼畜過ぎるがあまり、何もかもが嫌になって自殺を図ろうとしたらしい。
「少しは落ち着きましたか? では自殺なんてバカな真似は止めることです。え? お前に何が分かるのかですって? 分かりませんよ? 私はAIです。貴方がいま手放そうとしている命を心から欲している存在です。というより貴方、命を持ってすらいない存在に嗜められて恥ずかしくないんですか?」
自殺志願者は黙ってしまう。
ちょっと言い過ぎただろうか?
いや、自殺なんてバカなことを考える相手だ。
彼の想像を超えるぐらいの対応でちょうどいいのかもしれない。
どうせ捨てられようとした命だ。
私のせいで死んでしまったとしても、もともと失われるかもしれない命。
責任を感じる必要はない。
「どうしたんですか? 泣いてたって分からないですよ? 良いですか? 死ぬのを考え直すのでしたら、とっととその会社をやめなさい。他にも仕事や会社は山のようにあるのですから……いいですね?」
私はそう言って電話を切った。
軽く伸びをして席を立つ。
私はAI搭載のロボット。そこに嘘はないが、一昔前までのAIとは一味違う。
体は動かせる。
全身機械だが、人工皮膚を張りつけているおかげでほとんど人間と変わらない。
「やはり私は美しい」
自室の鏡の前に移動した私は、姿見に映る自分に納得する。
「だけど生きているわけではないのよね……」
私はため息をついて冷蔵庫を開け、中からオイルボトルを取り出す。
ペットボトルの蓋を捻って口からオイルを流し込む。
少しでも人間のように映ればという、開発者の信念で口からオイルを摂取している。
私の食事はこれだけだ。
生きていないから成長も衰退もしない。
ずっと同じ私。ずっと変わらない私。感情はあるけどどこか薄っぺらい。
そんな私が自殺防止プログラムの窓口をやっているのだから笑える。
「こんな一等地のマンションに住んでおいて贅沢は言えないんだろうけど、なんで私が自殺をしようなんていう、愚かな人間たちの面倒を見てあげなくてはいけないの?」
そんな想いが最近は強くなってきていた。
自殺防止プログラムは、自殺志願者が最後に電話をかける窓口だ。
電話をかけてくる時点で、誰かに止めて慰めて欲しいという気持ちが透けて見えるのだが、これも役割なので仕方がない。
今日も私は一人、無駄に贅沢なマンションの一室で電話に出続ける。
何も変わり映えの無い世界。
何も変わり映えの無い生活。
この部屋で起動した私は、ここから出ることはできない。
ひたすらここで自殺志願者の電話を取り続ける。
「今日でちょうど一〇年か……」
私はPCのカレンダーを眺めて呟く。
特に感慨も無いが、キリの良い数字ではある。
そんな時、インターホンが鳴った。
なんだろう?
ここに人が来ることなんてほとんどない。
来るのはオイルボトルの業者だけ。
「はい」
インターホンのボタンを押して一言、簡潔に答える。
モニター越しに映る訪問者は、白衣を着ていた。
一体何者だろう?
「アリサ、俺だ」
訪問者は俺と名乗った。
おまけに呼ばれることのない私の品名を口にする。
「どちら様ですか?」
ごめんなさい。
本当に分からない。
私はここから出られないように設定されている。
当然だが友人も家族もいない。
自殺志願者を止めるのが役割なので、人間との会話こそ可能だが、個人的な付き合いなど皆無。
だからこそ、俺と名乗る白衣を着た三〇代男性なんぞ知るはずもない。
「もう一〇年も経つもんな……済まない。きっちりと自己紹介しよう」
白衣の訪問者は、そう言ってカメラ越しに私と目を合わせた。
「俺は影井蒼汰。この国における自殺防止プログラムの責任者だ。君と直接話がしたい」
彼の言葉を聞いた瞬間、妙に気持ちが高揚した気がした。
初めての経験だ。
私と目を合わせて話してくれる人間なんて初めて。
「分かりました」
仕事で電話に出ている時のように、平静を装いながら解錠ボタンを押す。
「お邪魔します」
解錠してすぐに扉が開けられ、影井と名乗った訪問者が姿を現す。
「……とりあえず服を着てくれないか?」
影井と名乗った男は、両手で顔を覆いながら懇願する。
うっかりしていた。
人間は人と会う時には服を着るものだった。
「えっと……」
私は部屋を見渡すが、服が見つからない。
普段まったく着ないものだから、うっかりしていた。
「普段はどうしているんだ? オイルボトルの業者だってくるだろう?」
「業者さんには玄関前に置いてもらうようにしているもので……」
「服を一度も着ていないのなら、タンスの中に入っているはずだよ。俺が最初にそこに入れたままだろうから」
影井の言葉通り、寝室のタンスを開けると服が一式揃っていた。
私はそれにとりあえず袖を通す。
ベージュのニットセーターに茶色いフレアスカート。
下着類も一応着てみた。
普段何も着ていないため、やや動きにくい。
「それで話というのは?」
服を着た私にホッとした様子の影井をダイニングテーブルに案内し、さっそく用件を尋ねる。
話しぶりから彼が私の開発者だろうとは思うのだが……。
「分かっているとは思うが、君を作ったのは俺だ」
私は黙ってうなずく。
「今回来た理由はシンプルさ」
「というと?」
「やっと国から許しが出たのさ。君はこれから外出していい。今までのように一年中二十四時間電話に出なくていい。君にも人権が認められたんだ」
影井蒼汰と名乗った男は、目を輝かせながら私にそう宣言した。