「空くん。文化祭、終わったよ。」

「お疲れ様。ちゃんと見てたよ。」

「ありがとう。」

そんな話をしながら私は初めて空くんに出会った日のように、ベランダのフェンスに腰をかけた。

「あっという間だったね。今日まで。」

「うん。長いようで短い気がした。」

「ねぇ真美。一つ聞いてもいい?」

「うん。何?」

「あの日なんで死のうとしてたの?」

「ああ、えっと、、、」

突然の問に言葉が詰まる。

空くんの青い瞳が私をじっと見つめる。

「私は自分が大嫌いだったんだ。こんな、逃げてばかりで立ち向かう勇気のない自分が。だから、自分なんて生きてる意味がない、価値がない、そう思ったんだ。」

「そうだったんだ。じゃあ、同じだね。僕と。」

「え?」

「僕も、真美と同じように自分が大嫌いで、こんな自分いなくなっちゃえばいいのにって毎日思ってた。そんな時、クラスメイトに言われたんだ。お前なんか死んじゃえばいいのにって。で、誰にも相談できなくて、どうしようもなくて、今真美がいる場所から飛び降りちゃった。文化祭の前日に。でさ、僕、真美と同じように吹奏楽部に入ってて、文化祭で演奏出来なかったことが心残りだったから、真美に出てもらいたかったんだ。」

「そう、、だったんだ。え?じゃあもう空くんは、、、」

「そう。もう真美と同じ世界には居ないんだ。」

「じゃあ、なんで私空くんのことが見えるの?」

「それは僕にも分からないけど、きっと思いが通じ合ったんだと思う。ただの予想だけどね。」

訳が分からなかった。

だけど、なんだか嬉しかった。

「真美、本当にこれから死ぬの?」

「うん、、、」

「今も自分のこと嫌い?あの日から必死で生きてきた日々を思い出してみなよ。」

私は空くんに出会ってからのことを思い出す。

部活に行ったこと。

教室に入ったこと。

家出をしなかったこと。

「全然逃げてなくないか?」

「ほんとだ。」

「真美は逃げてないよ。」

そうだ。

私は逃げてない。

勇気はなくても立ち向かっている。

あの頃の自分より強くなれている気がした。

「真実は逃げてばかりの自分が嫌いだって言ってたけど、全然、逃げてないよ。むしろ、たくさん立ち向かってる。それに、逃げてもいいんだよ。逃げるのは悪いことじゃない。絶対に。」

空くんの言葉に涙が溢れてきた。

「なんで?逃げるのは悪いことじゃないの?」

「悪いことじゃない。じゃあさ、シマウマがライオンに食べられそうだったらどうすると思う?」

「走って逃げる?」

「そうでしょ。シマウマは生きるために逃げたんだ。真美だって同じじゃないのか?死なないために逃げるんだ。必死に生きようとするから逃げるんだ。だから、逃げるのは悪いことじゃない。」

空くんは私の隣にそっと座った。

そしてこう言った。

「僕は真美に自分を好きになれなんて言わないよ。だけど、」

「だけど?」

「生きてほしいんだ。僕は真美が大好きだから。必死で生きてる真実が大好きなんだ。」

大好きなんて、初めて言われた。

こんな自分でも大好きと言ってくれる人が、認めてくれる人がいる。

それなら少し生きてみようと思えた。

「真美。もう少し、生きてほしい。僕はこの先、ずっと真美と一緒にいることは出来ない。だけど僕に会いたくなったら、上を向いて見てほしい。」

そんな言葉を残して、空くんはどこかへ消えてしまった。

「空くん、どこへ行っちゃったの?会いたいよ。ずっと一緒にいたいよ。」

そう思って、上を向いてみる。

私の目の中には
空くんの瞳のように青い空、
空くんの肌のように白い雲、
空くんの髪のように美しい虹が
広がっていた。

その時、
空くんはずっと私のことを見てくれているんだ
ずっと私と一緒に居てくれているんだと感じた。

私は自分を好きになることは出来ないかもしれない。

だけど空くんと出会って、
必死に人生を生きてみて、
大嫌いな自分から卒業することができた。

あの日の土砂降りだった私の心に
空くんが、虹をかけてくれた。