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別に絵の具の一つや二つくらいで大して騒ぐつもりもなかったが、彼がどうしてもと言うから自販機の飲み物一つで手を打った。
「ただいま! はい、これ」
さっきまで静かだった美術室の扉が、ガラリと音を立てて開く。そこには満面の笑みを浮かべた彼と、その彼が手にした二つのコーラ。そういえばここは飲食禁止だったはずだけれど、もう今日くらいは許してもらおう。
「ありがとう」
そう言って受け取ったコーラのペットボトルはキンキンに冷えていて。そろそろ夏本番を迎える七月上旬特有の蒸し暑さを一時凌ぐにはちょうどよかった。蓋を捻るとプシュっという小気味良い音が鳴って。俺たちは二人でクスリと笑った。
「そういえば自己紹介してなかったな。俺、陽乃裕也」
「俺は久東柊」
同じ一年生なのは分かっていた。胸元につけたネクタイの色が、同じ赤だったから。この学校は学年によってネクタイの色が変わる。一年生が赤、二年生が青、三年生が緑というふうに。
お互い、姿を見たことがなかったからクラスは別。他クラス合同の選択授業も被っていないのだろう。
しばらくの間、互いに無言でコーラを飲んだ。食堂近くに設置された自販機まで走ったのであろう彼は汗をかいていて、それがペットボトルを煽った時に一筋、音もなく首を伝った。なんだか見てはいけないものを見た気がして、俺はそっと目を逸らす。
「これさ、久東くんが描いたの?」
そんなこちらのことなんて露知らず、唐突に静寂を破った彼は、俺の前にあるキャンバスを指差してそう言った。
「柊でいいよ」
「え? あ、そう。じゃあ俺も裕也で。それで?」
「これのこと? そう。俺が描いてた」
「へぇ。上手いんだな」
彼はなんだか幼い子どもみたいな顔で、食い入るように俺が描いた絵を見ていた。絵を褒められるのは純粋に嬉しいから、とりあえず「ありがとう」と返す。
「いいな、俺、お前の絵、好きだよ」
初対面ではっきりとそう言ってもらったことはなかったから、少し恥ずかしくて。だから、ちょっとだけ捻くれたような言葉が口から出てしまう。
「変わってる、とか思わないの?」
なんて。そうしたら彼はキョトンとした表情を浮かべ、文字通り小首を傾げた。「なんで?」と、言っているのが言外に伝わってくる。俺は誤魔化すように少し下を向いて、心なしか早口で、弁明するみたいに言葉を重ねた。
「いや、さ。男子高校生が絵ってあんまないじゃん。いるけど少数派、というか。その上一人で、こんな時間まで必死に描いてるとかさ」
「恥ずかしいって?」
「まぁ……」
「好きなんだろ、絵。だったらいいじゃん。好きなことに必死になれるってさ、幸せなことだよ。俺は羨ましいって思うけど」
あんまりにも真っ直ぐにそう言ってくるものだから、気圧された俺はただ「そっか」なんてとんでもなく素っ気ない返事しかできなかった。