「陽乃!」

楠瀬に声をかけられたのは、そんな時。珍しく彼の方から俺の教室にやって来たのだ。

「よ、久しぶり」

「うん」

「どうしたの? 俺に何か用事?」

「用事っていうかさ。ちょっとお前と話したくて。今帰り?」

その日最後の授業を終えて、教室を出ようとしていた時のことだった。

「そう」

「じゃあ久々に一緒に帰ろうぜ」

「もちろん」

楠瀬と俺は幼稚園からの幼馴染だった。昔からよく遊んだし、お互い家も近かったから、中学までは一緒に学校に行っていた。帰りも時間が合えば共に帰路についていたし、仲は結構いいと思う。というかこれは腐れ縁、というやつなのだろうか。

高校生になると、彼は足の速さを買われて入った陸上部の活動に朝も夕も忙しく、俺も俺で放課後は美術室に顔を出したりしていたものだから、すっかり一緒に登下校をする機会もなくなっていた。

久々に二人で歩く帰り道。他愛のない話を沢山した。最近話題のゲーム、流行っているお菓子や漫画。いつも完璧にセットされている担任のカツラが、今日は微妙にずれていたこと。英単語テストの追試に引っかかった、最悪、なんてそんなこと。

久々に少しだけ、穏やかな気持ちになれた。さすが幼馴染。

「ちょっと喉乾いたから、そこの自販機寄っていい?」

彼がそう言ったのは、家までの距離が残り半分を切った頃。いつもは二人とも自転車通学をしているが、この日はなんとなく、互いに自転車を押して歩いていた。

そうして、いつもより時間のかかる通学路の途中、「喉が渇いた」と近くの公園に設置された自販機を指さしたのは、楠瀬の方だった。俺もちょうど何か飲みたい気分だったから、「いいよ」と首を縦に振って。各々自販機で好きなものを買って、近くのベンチに腰掛けた。

「うまっ」

彼が選んだのはペットボトルに入ったコーラ。プシュっと聞こえた小気味いい音に、そういえば柊と初めて会った日に飲んだのもコーラだったな、なんて、そんな記憶が蘇ってきて思わず顔を顰める。

たったそれだけの、そんな些細なことで、ちょっと泣きそうな気分になる。俺は一体、どうしてしまったんだろう。

手はオレンジジュースを握りしめたまま。何も言わずに俯いてしまった俺を見て、楠瀬は何を思ったか。さっきまで浮かべていた、いつもの見慣れた笑顔を消した。そうして、静かな口調で俺に語りかける。

「なぁ、陽乃、何があった?」

あまりにも穏やかな声でそう聞かれ、俺はもう涙を堪えることができなくなった。


 全てを話し終えたあと、俺はこう言って話を締め括った。

「柊には何も言わないで」と。

「本当にそれでいいのか」と困惑した表情を浮かべる彼に、俺は「お願い」と手を合わせて。そうして結局、渋々ではあるが彼は俺のお願いを聞き入れてくれた。