「……ねえ、朝倉さん。一つお願いがあるんだけどさ」

「何?」

すると、タイミングよく頼みごとをしてきた相馬君に対し、私はつい食い気味に返答をしてしまう。

「ちょっと、教室に立ち寄りたいから一緒に付いてきてくれないかな?」

そう言うと、相馬君は私の返事を待たずして、足早に歩を進めていった。

「えっ?ちょ、ちょっと相馬君!?」

置いてけぼりをくらった私は、慌てて彼の背中を追い掛けるも、向かいから人影が見えてきて、直ぐに素知らぬ顔で体裁を整える。

それは、相馬君のクラス担任の先生で、すれ違い様私は会釈だけすると、向こうはにこりと微笑みかけてそのまま通り過ぎていった。

やっぱり、先生にも相馬君の姿は見えていない。

自分の生徒が大きな事故に遭い、現在生死を彷徨っているという状況下、当然気が気でないと思う。でも、そんな人でさえも彼の姿は見えない。

夏帆といい、保健室の先生といい、瀬川さんといい。
誰一人として相馬君の存在に気付くことはない。

誰にも気付かれず、こうして相馬君はただ一人この校内に取り残されて、彼はどんな心境なんだろう。

そして、唯一私だけが見えることに、何か意味があるのだろうか……。

そう思い、私は相馬君の横顔を覗き見する。

普段と変わらない、颯爽とした面持ちで歩く姿。
担任の先生に気付いて貰えなかった事を気にするような素振りは一切見せずに、ただ前を見ている。

それは平静を装っているからなのか、それとも特段気にかけるものでもない事なのか、今の彼の表情からは読み取る事が出来ない。