「……どうしたの?こんな所まで呼んで」

突然背後から屋上の扉が開いた音と同時に聞こえてきた、聞き覚えのある声。

その声に大きく反応した私は、反射的に振り向くと、そこにはずっと待ち望んでいた相馬君の姿が視界に映った。

ようやく会えた喜びに体の熱が勢いよく上昇したのも束の間、後に続いて入ってきた人物によって、その熱は一気にクールダウンし、私は思わず顔を顰める。

「悠介と落ち着いて話したかったし、今日はバイトないから大丈夫でしょ?」

その先に映るのは、一番会いたくない瀬川さんの姿。


放課後こんな人気のないところで相馬君を呼び出していたなんて、やっぱりイメチェンした姿に瀬川さんも揺らぎ始めているのだろうか……。

なんて、嫌な予感を抱きながらも、二人に見つかると何だか不味い気がして、私は慌てて画材道具を持って室外機の後ろに身を潜めた。


「なんか、こうして美菜と話すのも久しぶりだね」

入り口から屋上の柵へと向かってくる二人。
背の高い室外機を挟んで直ぐ側まで来たことに内心ドキドキしながら、私は息を殺して二人の会話に耳をそばだてる。
 

「……うん。今までずっと避けててごめんね。とりあえず、悠介が無事退院出来て良かった」

「そういえば、母親から聞いたんだけど美菜も何回かお見舞いに来てくれてたんだね。事故当時も直ぐに駆けつけてくれたみたいだし。……ありがとう、素直に嬉しかった」

「それは、なんだかんだ言っても幼馴染なんだから当たり前じゃん。悠介だって逆の立場だったらそうするでしょ?」

「うん。もちろん」 


終始穏やかな二人の口調。

流石に近い距離なので覗き見は出来ないけど、その口振りだけで二人の表情が想像つく。

しかも、何だか甘い雰囲気に私の胸はどんどん締め付けられていき、出来ることなら今直ぐにでもここから逃げ出したかった。

けどそれが叶わぬ今、その感情を何とか堪える為に、私は拳を強く握りしめる。

「それより、美菜は大丈夫なの?……あいつ……いや、一杉が居なくなってまだ立ち直れてないって聞いたんだけど」

相馬君もよっぽど彼の名前を口にするのが嫌だったようで、若干声色に変化が見られるも、やっぱり何処までも瀬川さんの事を心配している様子に、胸の締め付けは激しさを増していく。


「……正直言ってまだ暫く無理。……私、圭太君が喜ぶ為なら必死になって頑張ってきたのに、急に距離を置こうって言われて……。それで訳が分からないうちに転校して音信不通になって。……やっぱり全部私がいけなかったのかな。悠介にも酷い仕打ちしちゃったから、その報いかも」

段々と声を震わせながら、胸の内をぽつりぽつりと明かしていく瀬川さん。

「そんなことないよ。君がどれぐらい頑張っていたのかは僕も知ってるし、だから君が僕に話しかけなくなったのもしょうがないって思ってた」

そんな啜り泣く瀬川さんを相馬君は相変わらずの優しい口調で慰める。

それはあの時病院のベンチで私に向けてくれたのと同じように、荒れた心を癒してくれる穏やかな相馬君の言葉。

それが彼なのかもしれないけど、その優しは自分だけのものでは無いという事を改めて思い知らされ、胸が苦しくなってくる。