「朝倉さん?」

すると、頭上から突如降りかかってきた男の人の声。

まさか誰かに見つかるとは思ってもいなかったので、私は慌てて顔を上げる。

その瞬間、視界に映り込んだ人物に、思わず息を呑み込んでしまった。

「い、一杉君?」

意外すぎる彼の登場に、私は溢れていた涙がピタリと止む。

「……な、なんでここに?」

泣いているところを見られてしまったのもそうだけど、このタイミングで現れたことに、私は決まりが悪くなって、つい顔を背けてしまった。

「さっき君が走っていたのを見掛けたんだ。なんか、様子がちょっと変だったから心配になって追いかけてきちゃった」

一杉君も文化祭の準備をしていたのか、上下ジャージ姿に軍手をはめていて、頬が少しだけ黒ずんでいた。

それよりも、私を見掛けてここまで来るなんて……。

あの時瀬川さんに言われた言葉が脳裏にチラつく。

自惚れているみたいで何だか嫌だけど、それでも
つい警戒してしまう。

「大丈夫?目真っ赤だよ」

そんな私の様子には気付かないようで、一杉君は自然に私の隣に座ると、肩が振れるくらいに距離を詰めてきた。

「う、うん。何でもない!変な所見せちゃったね。あと、心配してくれてありがとう」

一杉君の挙動につい反応してしまうも、私は慌てて涙を拭うと、どさくさに紛れて一杉君から少し離れた。

「……ねえ、朝倉さん」

すると、急に一杉君は表情を曇らせると、私の目をじっと見つめてくる。

「なんか俺のこと避けてる?」

そして、悲しそうな表情で胸中を言い当てられ、私は思わず肩が大きく震えた。

「え?な、なんでそう思うの?」

肯定することなんて当然出来るはずもなく、何とか悟られまいと、私は白々しくそう答える。

「この前食堂で会った時も最後逃げるように何処か行っちゃうし、今だって俺から離れたでしょ」


……バレてる。

ていうか、離れるでしょ。普通。

恋人同士じゃないのに、この距離間可笑しいから。

もしかして、一杉君にはそんな経験がないのだろうか?


なんて。
心の中でツッコミを入れながら、私は冷や汗を垂らす。

「い、一杉君だってどうしたの?なんか、最近やけに話しかけてくれるよね?」

とりあえず、これ以上踏み込まれても分が悪いので、私はわざとらしいとは思いつつも、会話を思いっきりはぐらかした。