僕は、お母さんのような存在になりたかった。

 温かい手料理を作ってくれて、服を綺麗に洗ってくれて、僕のために力を尽くしてくれた母のように……優しくて献身的な人間になりたかった。
 いつかは追いつける。そして母から頼られるようになるんだって、そう思っていたのに……。
 母は、五年前に交通事故で亡くなった。

 まだ十二歳だった僕と、僅か四歳だった弟を残して――。

「おねーちゃん! ボタン付けてくれてありがと!」
「こら、お兄ちゃんだろ? 今度から無理やり頭から脱ぐのはやめるんだぞ」
「はーい、おねーちゃん!」

 弟の夕星は、僕のことを時々『おねーちゃん』と呼ぶ。
 母が亡くなってからのこの五年間で、僕は夕星の母親代わりになって、家事全般をこなしていた。
 普段は『お兄ちゃん』と呼んでくれるのに、お母さん的な行動をした時にだけ冗談っぽく、『おねーちゃん』と呼ぶのだった。
 だったらいっそのこと、『お母さん』と呼べばいいのに。

 毎日家事をこなしているうちに、手先が器用になった気がする。
 今、夕星のポロシャツのボタンを直した裁縫だってそうだし、料理だってお手の物。
 何でも短時間で終わらせる自信がある。

 高校二年生の春。夕星は、まだ小学三年生。
 父さんは仕事が忙しくて、家にいることの方が少ない。
 天国で見守っているお母さん、僕……お母さんみたくなれてるかな?

 ベランダからふと、夜の星空を眺めてみる。
 マンションの七階から見る煌びやかな星たちは、手を伸ばせば掴めてしまえそうだと錯覚する。

 お母さんと同様に、どれだけ頑張っても触れられるわけではないのに……。