『こっちでもよろしくね』
眞からの連絡は、5時間目の途中に届いた。
しかも内容はない。見つかったらどうする、なに授業中に送ってきてるんだ、と後方の席の彼を振り返ればにんまりと笑いかけられているように思えた。遊ばれているのか? と少々不快になって目を逸らした。
放課後になって、また掃除をひとり押し付けられていた昭のところにやってきた眞はパチンと手を合わせて頭を下げる。
「ごめんっ! ちょっと距離感間違ったかも。ああやって連絡されるのは迷惑?」
「迷惑。授業中はやめろよ」
「あ~だよねぇ」
がっくりと肩を落とした彼は反省のポーズらしい。うーん、と困ったような顔で上目遣いに昭を見た。目が合うと、目を細めてへらっと笑う。
「ずっと好きだった子がクラスメイトだったってわかって、テンションあがっちゃったんだぁ」
「はっ? す、好き?!」
――なに言ってるんだ、コイツ。
限界まで目を見開いた昭の顔がじわじわと赤くなっていく。動揺する昭に対して、相変わらず人懐こい雰囲気の眞は恥じらうように頬を掻いた。
「うん。ダンス格好いいなぁって思って、動画見るの楽しみにしてたから。ファンっていうか、さ。だから、本人だった、って思ったら止められなくなっちゃった」
穏やかな表情と声の眞に他意があるようには思えない。本当に、ネット上のSakiAを応援してくれていたという意味でしかないのだろう。なのに昭は。
「あ、そういういう意味……」
「え?」
ほっとしたついでに赤くなった顔を腕で隠した昭に、眞は笑い出す。
「ちょ、っと面白! なにテレてんのぉ」
「笑うなよ! こういうの慣れてないから勘違いするんだよ!」
友達同士でも好きだなんて言い合う文化圏で育っていない。個人に対する「好き」なんて言葉は、昭にとっては告白の時にしか使われないもので、それは今まで言ったことも言われたこともなかった。だから、同性にもかかわらず勘違いしかけた。昭が誤解した内容を察した眞が笑い出す。
「はっ、ははっ! あ~、そういうこと? はははっ、か~わい」
「からかうなって!」
つん、と頬をつついてくる手を払い除ける昭は、じんわりと浮かんだ汗を袖で拭う。
彼のこの距離感には慣れそうにもない。陽のものと陰のものが仲良くできる気はしない。DMでやり取りしている時は気楽だったのに、現実世界では彼を前にするだけで緊張する。
峯田眞という男はクラスの中心人物で、花咲昭は底辺だ。イケメンと十人並み以下。周囲が仲良くなるのを許すはずがない。身の丈を知れと他人から言われるまでもなく、このまま平穏に目立たなく過ごしたいのなら、彼とは仲良くなってはいけない。
数歩彼から距離を取る。その足元を見つめた眞は、小さな溜息を吐いた。
「ごめん。もうグイグイいかないから……ねぇ、そんな距離取らないでよ。DMの時みたいにさ、気楽に喋って」
だめ? と小首を傾げる彼は、それだけで絵になっている。
どう考えても、違う世界の人だ。
「って言っても、お前はクラスのカースト上位でオレは」
「そういうの、気にせず話せて嬉しかったんだよ」
眞は寂しそうに眉を下げる。
「こんな派手な見た目で遊んでる風で、テキトーで誰にでも優しそうに見えて距離とってて、心許せてる相手なんていなくて、そんなおれが、自分でいられるのはSakiAとのDMでだけだったから。あっちで受け入れもらえてるような気がしてて、だから、そのぉ、アカリにも同じように『おれ』を受け入れてもらえる気になって、距離感間違っちゃった。でも、おれ本気でアカリと仲良くなりたい。もっといっぱい、いろんなこと話したいんだ」
「眞……」
「今つるんでる奴らに趣味の話とかできないから、きっと、ちょっとだけ興味を持った後でネットに投稿してるなんてバカにされそうで。おれ、SakiAみたいに再生数多いわけじゃないし」
偶然数度拡散された結果のフォロワー数。フォロワー数が多いから、UPすれば見てもらえる動画。彼のアカウントと昭のアカウントでは、投稿している内容が違うけれども、その再生数に天と地ほどの差があった。
現実世界ではクラスのカースト上位にいる眞と、目立たない昭。
でもネットの世界では、投稿しても曲が有名でなければそんなに聞いてももらえないnis.と、投稿すればそれなりの数見てもらえるSakiA。
二人は真逆の存在のようだった。
「おれが、飾らない自分のままでいられるのって、Sa――アカリの前でだけなんだ。だから」
「いや、いきなり言われても重いし」
「あ~重い……だよねぇ」
nis.はDMで親から音楽活動を反対されていると言っていたっけ、と思い出す。両親ともに教員で、歌手だなんてそんな確かじゃない夢は支持できないと言われているとか。彼自身も小さな時から教師になるのだと思ってきたのに、高校受験で失敗してから一気に自分がダメな気になって。自分を探したくて、認めてほしくて歌を乗せはじめた、と言っていた。
「お前、全然ダメじゃないじゃないか」
「え?」
「認めてほしいとか言ってたけど、周りみんな認めてくれてる」
こんなに人気者で、いつも誰かに囲まれていて、それで何が不満だというんだ。昭にはわからない。彼が葛藤しているのはわかる。でも、現実世界で全く誰にも価値を認められていないとは思えない。
「クラスメイトに興味ないオレだって認識してるくらい目立ってる。イケメンだって有名で」
「それは、そう見せてるだけで」
「偽って見せようとしても、上手くいかねぇもんだろ? 素質がなきゃ」
「そ……かな」
眞は目を伏せて少し考えた後で、まっすぐな視線で昭を見た。
「アカリがそう言うなら、おれ、もうちょっとだけ自分出してやってみる」
「学校で?」
「学校で」
マスクの下で緩やかに微笑んだらしい眞がまた「グイグイいかないから、こっちでもあっちでも友達続けてくれる?」なんて聞いてくる。嫌だといってもきっと彼は諦めないのだろうし、昭も眞が嫌いなわけではない。構ってくれる人にあまり慣れていないだけで、人前で話しかけてくるのを避けるのと、距離感さえ適切に保ってくれたら大丈夫、と答えれば彼は嬉しそうにまた小指を絡めて
「約束。これからもよろしくねぇ」
適切な距離感とは? と疑問に思うほどに顔を近付けてきたのだった。
眞からの連絡は、5時間目の途中に届いた。
しかも内容はない。見つかったらどうする、なに授業中に送ってきてるんだ、と後方の席の彼を振り返ればにんまりと笑いかけられているように思えた。遊ばれているのか? と少々不快になって目を逸らした。
放課後になって、また掃除をひとり押し付けられていた昭のところにやってきた眞はパチンと手を合わせて頭を下げる。
「ごめんっ! ちょっと距離感間違ったかも。ああやって連絡されるのは迷惑?」
「迷惑。授業中はやめろよ」
「あ~だよねぇ」
がっくりと肩を落とした彼は反省のポーズらしい。うーん、と困ったような顔で上目遣いに昭を見た。目が合うと、目を細めてへらっと笑う。
「ずっと好きだった子がクラスメイトだったってわかって、テンションあがっちゃったんだぁ」
「はっ? す、好き?!」
――なに言ってるんだ、コイツ。
限界まで目を見開いた昭の顔がじわじわと赤くなっていく。動揺する昭に対して、相変わらず人懐こい雰囲気の眞は恥じらうように頬を掻いた。
「うん。ダンス格好いいなぁって思って、動画見るの楽しみにしてたから。ファンっていうか、さ。だから、本人だった、って思ったら止められなくなっちゃった」
穏やかな表情と声の眞に他意があるようには思えない。本当に、ネット上のSakiAを応援してくれていたという意味でしかないのだろう。なのに昭は。
「あ、そういういう意味……」
「え?」
ほっとしたついでに赤くなった顔を腕で隠した昭に、眞は笑い出す。
「ちょ、っと面白! なにテレてんのぉ」
「笑うなよ! こういうの慣れてないから勘違いするんだよ!」
友達同士でも好きだなんて言い合う文化圏で育っていない。個人に対する「好き」なんて言葉は、昭にとっては告白の時にしか使われないもので、それは今まで言ったことも言われたこともなかった。だから、同性にもかかわらず勘違いしかけた。昭が誤解した内容を察した眞が笑い出す。
「はっ、ははっ! あ~、そういうこと? はははっ、か~わい」
「からかうなって!」
つん、と頬をつついてくる手を払い除ける昭は、じんわりと浮かんだ汗を袖で拭う。
彼のこの距離感には慣れそうにもない。陽のものと陰のものが仲良くできる気はしない。DMでやり取りしている時は気楽だったのに、現実世界では彼を前にするだけで緊張する。
峯田眞という男はクラスの中心人物で、花咲昭は底辺だ。イケメンと十人並み以下。周囲が仲良くなるのを許すはずがない。身の丈を知れと他人から言われるまでもなく、このまま平穏に目立たなく過ごしたいのなら、彼とは仲良くなってはいけない。
数歩彼から距離を取る。その足元を見つめた眞は、小さな溜息を吐いた。
「ごめん。もうグイグイいかないから……ねぇ、そんな距離取らないでよ。DMの時みたいにさ、気楽に喋って」
だめ? と小首を傾げる彼は、それだけで絵になっている。
どう考えても、違う世界の人だ。
「って言っても、お前はクラスのカースト上位でオレは」
「そういうの、気にせず話せて嬉しかったんだよ」
眞は寂しそうに眉を下げる。
「こんな派手な見た目で遊んでる風で、テキトーで誰にでも優しそうに見えて距離とってて、心許せてる相手なんていなくて、そんなおれが、自分でいられるのはSakiAとのDMでだけだったから。あっちで受け入れもらえてるような気がしてて、だから、そのぉ、アカリにも同じように『おれ』を受け入れてもらえる気になって、距離感間違っちゃった。でも、おれ本気でアカリと仲良くなりたい。もっといっぱい、いろんなこと話したいんだ」
「眞……」
「今つるんでる奴らに趣味の話とかできないから、きっと、ちょっとだけ興味を持った後でネットに投稿してるなんてバカにされそうで。おれ、SakiAみたいに再生数多いわけじゃないし」
偶然数度拡散された結果のフォロワー数。フォロワー数が多いから、UPすれば見てもらえる動画。彼のアカウントと昭のアカウントでは、投稿している内容が違うけれども、その再生数に天と地ほどの差があった。
現実世界ではクラスのカースト上位にいる眞と、目立たない昭。
でもネットの世界では、投稿しても曲が有名でなければそんなに聞いてももらえないnis.と、投稿すればそれなりの数見てもらえるSakiA。
二人は真逆の存在のようだった。
「おれが、飾らない自分のままでいられるのって、Sa――アカリの前でだけなんだ。だから」
「いや、いきなり言われても重いし」
「あ~重い……だよねぇ」
nis.はDMで親から音楽活動を反対されていると言っていたっけ、と思い出す。両親ともに教員で、歌手だなんてそんな確かじゃない夢は支持できないと言われているとか。彼自身も小さな時から教師になるのだと思ってきたのに、高校受験で失敗してから一気に自分がダメな気になって。自分を探したくて、認めてほしくて歌を乗せはじめた、と言っていた。
「お前、全然ダメじゃないじゃないか」
「え?」
「認めてほしいとか言ってたけど、周りみんな認めてくれてる」
こんなに人気者で、いつも誰かに囲まれていて、それで何が不満だというんだ。昭にはわからない。彼が葛藤しているのはわかる。でも、現実世界で全く誰にも価値を認められていないとは思えない。
「クラスメイトに興味ないオレだって認識してるくらい目立ってる。イケメンだって有名で」
「それは、そう見せてるだけで」
「偽って見せようとしても、上手くいかねぇもんだろ? 素質がなきゃ」
「そ……かな」
眞は目を伏せて少し考えた後で、まっすぐな視線で昭を見た。
「アカリがそう言うなら、おれ、もうちょっとだけ自分出してやってみる」
「学校で?」
「学校で」
マスクの下で緩やかに微笑んだらしい眞がまた「グイグイいかないから、こっちでもあっちでも友達続けてくれる?」なんて聞いてくる。嫌だといってもきっと彼は諦めないのだろうし、昭も眞が嫌いなわけではない。構ってくれる人にあまり慣れていないだけで、人前で話しかけてくるのを避けるのと、距離感さえ適切に保ってくれたら大丈夫、と答えれば彼は嬉しそうにまた小指を絡めて
「約束。これからもよろしくねぇ」
適切な距離感とは? と疑問に思うほどに顔を近付けてきたのだった。