数日後の昼休み、昭は続々と届く通知の数を見てにんまりしていた。
 あの後覚えて投稿したダンスのショート動画が伸びている。SoLiLoNにもイイネがたくさん届いていた。
 昭はSNS上でSakiAと名乗ってダンス動画を投稿している。フォロワーも順調に伸びていて、SoLiLoNでも1万後半、TiCTaCTeC(チックタックテック)、通称3Tでは3万を超えた。投稿すればそこそこの人数に見てもらえる。私生活はこんななのに、ファンアートを描いてくれる子までいるのだ。かなり美化されてはいるが、マスクはしていても顔を全部隠しているわけではないのでそのイメージを膨らませてくれているのだろう。恥ずかしいけど、どこの誰とも知れない自分のために時間を使ってくれるなんてありがたいことだと思っている。
 学校では長い前髪で隠している目元だけを出しているから、そう簡単に正体に身バレもしない。クラスでも目立たない。友人もいない。バレるはずがない。昭はそう高を括っていたのだった。

 夜になって寝転がった体勢で通知内容を確認していた昭は、とあるアイコンを見て飛び起きた。
 フォローされました、と通知されていたそこに表示されていたのは、あのnis.のものだった。

「え、マジ? マジか! 本人? うわっ、本人じゃん!」

 ずっと見ていて応援はしていたけど、このアカウントからフォローはしていなかった。nis.は誰彼構わずフォローするタイプではないようで、フォロー数は両手で足りるほどだった。そんな人からしてもらえるなんて、と興奮のままにフォローを返す。

「でも、あれ。もしかして」

 思い当たることがないわけではない。昨日の夜にUPした動画に使わせてもらった曲をカバーしている歌い手はnis.だった。BGMはこれ、と使用音源のURLもつけた。もしかしたら、それを見てくれたのかもしれない。使用許可を貰ったわけではないが、怒っていたらフォローしてはくれないだろう。多分、好意的ではあるのだと思う。観察対象にされたのでなければ。
 昭は慌ててDMを打つ。

『はじめまして、SakiAと言います。フォローありがとうございました。
 事後承諾になってしまいますが、先日3Tにアップした動画で、nis.さんの歌ってみたを使わせてもらってます。問題があるようでしたら消すので言ってください。』

 これでは失礼か? もっと長く書いた方がいい? 悩みつつ、謝罪は早いほうがいいと送信する。
 怒っていたらどうしよう、とそわそわしながら待っていると、すぐに返信があった。

『はじめまして。フォロバありがとうございました。nis.です。
 僕の歌ってみたを使ってくださっているの、見ました。あんなにいっぱいの人に見てもらったのが初めてなのでドキドキしました。嬉しいです。』

 怒ってはいないようだ。その文面から、素朴な印象が伝わってくる。

『今度使わせていただく時には許可取ります。

 それから、この前の新曲、プレミア公開の時から見てました。
 すごく良かったです。爽やかで切なくて、気持ちのいいリズムで、聞いていて踊りたくなりました。』

 いつか伝えたかったことも送ればまたすぐに返事がある。

『あれ一緒に見てくれてた5人の中にSakiAさんいらしたんですね。なんだか少し恥ずかしいですね。初めてプレミア公開なんていうのをやってみたんですが、有名曲のカバーでもないし、誰も来てくれなかったらどうしようかと思ってました。』

 ――緊張してたんだ。

 あまりにも普通の反応。そんな彼に好感を抱く。今までも彼のSNSを時々覗いて投稿内容から人の好さそうな部分は垣間見えていた。日常話の内容的に、多分学生なのだろうとも思っていた。大好きな人に少し近付けたようで嬉しくなる。
 昔から彼のオリジナルの曲も聞いていて、何度も何度もリプレイしていたと伝えれば喜んでくれる。つたない感想にもいちいち喜んでくれる。ついついチャットのようにDMを送ってしまった。1時間ほどやり取りをして、その日は妙な満足感とともに眠りについた。
 それからも、ほぼ連日イイネを送りあったり、リプをつけたり、時々DMで話をしたり。お互いの私生活のことも話すようになって、普段の投稿内容について突っ込めばやっぱり同年代なのだと確認できた。

『テストだるい』
『早く終わるといいのにね』
『って言っても誰と遊びに行くわけでもないんだけど』
『SakiAが? トモダチ多いんじゃないの?』
『ないない。実際は大陰キャよ、オレ』

 そんな、普通の友達と交わすような文字だけのやり取り。少しだけ、実際に話してみたいとか思わなくもなかった。UPしていた写真から、彼の生活範囲が近そうだというのもわかっていた。でも、いくら推しだと言ってもネットで知り合った人に簡単に会いに行くような度胸もなかった。

 ネットでどんなにプチバズっていようと、現実での昭は冴えない高校生のままだ。
 オレは3万以上もフォロワーがいるんだぞ、なんてのを心の支えにしようとも思わなければ、誰かに教えるつもりもない。そんなのでマウントを取ることに価値は感じない。
 第一に今の昭がそんなことを言ったところで弄られるネタにしかならない。誰かのおもちゃになどなりたくない。だから、学校では誰にも見られないような場所を探して、そっとSNSの確認をしていた。

 屋上に上がる扉の前の階段。外に出ることは禁止されているから、ここに来る人はそう多くない。人目がないといっても音は響く。校舎内でもイチャつきたい連中の溜り場はまた別にあった。
 昼休み、いつもの場所でスマホをチェックしていた昭は、誰かが上がってくる足音に気付いて立ち上がった。降りようと思った時には、もうその人は踊り場を回ってきていた。

「あれぇ? アカリじゃん。昼休み、いつもいないと思ってたけどこんなところにいたんだ?」
「峯田、くん」
「シンでい~よ」

 眞はへらへらと笑いながら登ってきて、昭の隣に座る。相変わらずの愛想の良さ。人懐こい性格なのか昭にも平気で話しかけてくる。放課後の教室で会ったあの日以来仲間と一緒にいる時にまで構ってくれるものだから、彼のオトモダチ連中から若干煙たがられている自覚はある。だがこれは昭が頼んだわけではない。眞が勝手に声をかけてくるだけだ。こっちは迷惑している。
 なんていうのを直接本人に言えるわけもなく、眞にとって昭はちょっとだけ話すクラスメイトというポジションに現在では置かれているようだった。
 
「もう行っちゃうとこ? まだ時間あったらちょっと話そうよ」
「え、なんでオレと」
「興味あるから」
「興味、って」

 ぐいぐい来られて突っぱねられるほどのコミュ力はない。諦めて改めて階段に座った昭の手元を見て、眞は目を丸くする。

 ――なんだ?
 
 彼の視線を追って自分の手元を見た昭は、そこに表示されっぱなしだったことに気付いて慌てて裏返す。そろーっと眞を見れば、なにか考えるような顔をしている。その顔は、もしかして。

「あー……見た?」
「ごめん、見えちゃった」

 運悪く、今見ていたのはSoLiLoNのSakiAのアカウント。しかもDMのところだったからなんとなく見ていただけと誤魔化しようもない。と言っても今ここで調べる素振りはないから、すぐに鍵をかけるか、アイコンを変えてしまえば彼から簡単に特定されることはないはず――
 そう頭をフル回転させた昭だったが「あ」という眞の声にビクっと肩を跳ねさせた。
 何か気付いたのか、覚えがあったのか。いやまさか気付かれることなんて万に一つもない。そう思いつつも引きつりそうになる口元を必死で抑える。

「もしかして『はなさきあかり』の、名字と名前――」
「っ!?」

 一瞬で特定された。どうして。なんで。
 彼の言う通り、昭のネット上の名前は名字の最後と名前の最初を繋げたものだった。しかし、3万フォロワーいると言っても、世の中の人間の数を思えばそこまでの有名人とは言えない。フォローしただけでロクに見ていない人も多い。そんな中で、同級生が自分を知っていて、それどころかアイコンだけで特定されるほどに覚えているとも思っていなかった。

「うわ~マジかぁ。あれ、アカリなの?」

 祈るような形に組んだ両手で口元を覆っている眞の両肩を掴む。

「誰にも言わないで」

 勢いに目を丸くする眞に顔を近付けて声をひそめる。

「へ、なにを?」
「内緒にしてほしいんだ。クラスの連中とかに、アレ知られたくない。ってか、オレ程度のこと言いふらしても面白くないと思うし、誰も知らないと思うし、それにあんなの見てんのかって峯田のイメージだって悪くなるぞ」
「待って待って」

 身バレの恐怖に青褪める昭に眞は笑いかけてくる。

「SakiAの動画見て悪くなるようなイメージ、おれにはないよぉ」
「んなわけ」
「落ち着いてって。それに、名前呼びで良いって言ったの聞こえてなかった? 名字じゃなくて、名前で呼んでよ」
「……眞」

 名前で呼べば、彼は満足したように頷いて右手の人差し指を立てた。

「まず第一に、誰にも言わない。内緒にしてって言われなくても、言いふらすつもりなんてないよ」

 約束ね、と小指を強引に絡められる。

「ホントか?」
「ほんと、っていうかね」

 彼は手を離すと尻ポケットからスマホを取り出してアプリを起動させる。

「これ」

 ずいっとあまりにも近く差し出された画面を見るために身体を離した昭は眉を寄せる。そこにあったのはnis.のプロフィールページだった。