学校なんてつまらない。
なんて、どこかで聞いたような台詞を口にするつもりはない。
そう言い切れるほどに学校生活に身を入れてもいないし、キラキラした青春群像劇みたいなものの主人公は当然、登場人物にすらなれるだなんて微塵も思ってはいないから、誰かを羨ましいとも思わない。
いや、本当に期待してないのは――自分自身に対してなのかもしれない。
「あーもー、ダルっ」
季節は夏になるところ。ここでそうやって暑いと騒いだところで涼しくはならない。そうやって教室で大声を出される方がよっぽど鬱陶しい。昭はちらりと賑やかな集団を見る。
とはいえ、特に苦情を言いたかったわけではない。何の気なく視線を向けただけだった。なのに、タイミング悪くその中の一人と目が合ってしまった。
――うわっ。
ガン飛ばしてるって思われたかも。
昭は慌てて視線を逸らす。こういう場合「オレらうるさいんじゃね? 花咲クンに睨まれてるー」だの「うわ、怖い顔で見られちゃった」だのとウザ絡みされるのが定番だ。けれど、今日はしばらく経っても何も言われない。あいつウゼェなんていう声も聞こえない。
助かった、と思いながら机に乗せた両腕を枕にしたポーズで突っ伏す。
――クラスメイト相手に、なにビビってんのオレ。
クソダセェ、と俯いたまま髪に隠れた耳たぶを触れば、指先にいくつかの穴の存在を感じた。
――クラスでも地味目で目立たない陰の者が、こんなバチクソにピアス穴開けてるとか知られたら……すっげぇ絡まれそうだよな。
面倒事は避けたいから、無造作に伸ばしている髪でそれを隠している。そのせいで余計に暗く見えているのもわかっているが、短髪にしてしまってはピアス穴が目立つし、校則違反ではないにせよ、ピアスをいくつも付けて登校する気もない。高校デビュー失敗組みたいに見られるのも嫌だ。
ボーッとしてると自然と動き出しそうになる手足を意識的に抑え込む。ただリズムを刻んでいるだけなのを貧乏揺すりだとケチをつけられては堪らないし、なによりも、地味で暗くて目立たないモブ中のモブ、そんな男子生徒の趣味がダンスだなんて、からかわれるネタにしかならない。
――早く放課後にならねぇかな。
昭は、溢れそうになった小さな溜息もそっと飲み込んだ。
そして放課後。
想像通り、人のいなくなった教室に残されたのは昭一人だった。今週一緒に掃除当番になっている陽キャ連中は「俺ら、外せない用事あるんだよねー。手伝えなくてごめーん」なんて言いながら申し訳なさそうな素振りもなく帰っていった。
しかも、誰かに自分たちの代わりに掃除してくれなんてことも依頼していない。教室の掃除を昭一人にやれと言っているのだった。
――そもそも手伝うじゃねぇだろ。お前たちの仕事なんだよコレは。
外せない用事というのがただのファミレス合コンだというのは、連中が昼休みに大声で話していたからバレている。
――それってそんなに重要か? 重要なんだろうな、あの手のヤツらにとっては。
昭は一人なのを良いことにぶつくさ独り言を呟きながら掃き掃除を済ませ、ゴミ箱を抱えてゴミ捨て場に向かう。
「ぅあ~、早く帰りてぇ」
休み時間にチェックしたSNSのSoLiLoN。そこでお気に入りの歌い手が今日新曲をアップすると予告しているのを見てから、昭の意識は完全にその時間まで飛んでしまっていた。午後の授業も集中力を欠いていて、ふわふわした気持ちのまま。
公開時刻は20時だから、掃除の15分やそこらで焦る必要はない。けど、あと何分、とスマホを握りしめて待っているあの時間が楽しいのだ。それまでには風呂も夕食も済ませて、万全の状態でスタンバイしていたかった。
「オリ曲、久し振りだよなぁ」
どんな曲調で来るのかと想像してニヤニヤが止まらない。公開されているサムネの一部から、ああだろうか、こうだろうか、と妄想している時間も楽しくて仕方がない。
ショートに投稿されることの多いカバー曲も彼の声に合っているものばかりだから、当然ながら嫌いではない。でも昭には、nis.という名前の彼が作るオリジナル曲がとても刺さるのだ。例えカバー曲よりも再生数が多くなかったとしても、毎日のように再生数を増やしている程度には大好きだった。
部活をしている連中の声を横に、昭はゴミ捨て場に中身を引っ繰り返して、空っぽになったゴミ箱を抱え教室に戻る。今夜の楽しみを思い出して、掃除を一人押し付けられたことに対する機嫌も直り軽やかに歩いてきた昭だったのだが。
教室のドアに手をかけたところで、中からなにかが聞こえた気がして動きを止めた。
――誰かの声?
忘れ物でも取りに来たクラスメイトがいるのだろうか。だが、聞こえるものは会話には聞こえず、声は一人のもののようだった。
――歌だ。
澄んだ綺麗な声が聞こえる。誰かが歌っている。
聞いた覚えのないメロディは、今の流行りの曲ではないようだ。
鼻歌のようで歌詞は聞こえない。だが、その切ない旋律に心が震えた。
――もうちょっとハッキリ……
耳をドアにつけようとして、うっかりゴミ箱をぶつけてしまう。人気のない廊下と教室内に、ゴツッという音が響く。途端に歌声は聞こえなくなった。
やっちまった、と冷や汗をかきながらも、声の主を見たかった昭は逃げられる前に勢いよくドアを引いた。
「あ……。」
窓にもたれるように立ってきたのは、休み時間に騒いでいた陽キャ軍団の中心人物――先ほど昭と目が合った、その人だった。
教室内を見回してみるが、彼以外誰もいないように見える。ということは、あの歌声は彼のものだったのだろうか。いかにも今時っぽい歌しか聞かなさそうな雰囲気をしているクラスメイトが、対極にいる自分の好みど真ん中な歌を歌っていたというのがあまりにも意外で、昭は数度瞬きをして彼を見つめた。
「あ~れ、まだ人いたんだ。全員帰ったかと思ってた。あ~……え~っと……?」
こちらの名前など覚えていないのだろう。ほぼ金髪のような明るい茶色の髪をさらりと耳にかけた黒いマスクの男――峯田眞は昭を見て小首を傾げる。
「……掃除当番、だったんで」
「あ~ね。お疲れ様ぁ。ひとりでやってたんだ。エライなぁ」
「うす」
ぺこ、とあごを出すように礼をすると眞は笑い声をあげる。きゅぅっと細くなった目で、本当に笑っているらしいのがわかった。
ちょっと間延びしたような独特のテンポで話しながら、彼は耳からワイヤレスイヤホンを外してケースに入れる。さっきの曲は、あれで聞きながら歌っていたのだろうか。そう思うと、ついつい視線が彼の動きを追ってしまう。
「なにぃ? おれ、なんか変なコトしてる?」
あまりに凝視しすぎてしまっていたようだ。眞は不思議そうに昭を見返してくる。
「えっ、あっいや、別に、なんでも……っ」
慌てて首を大きく左右に振って否定を表せば、彼はまた笑う。その笑い方には、昭を馬鹿にしている気配はなく、不快感はなかった。
「そんなキョドらなくても大丈夫だって」
「キョドってる、つもりは……な、なくて」
そう言いながらも、警戒するように昭の身体は眞から距離を取ろうとしている。言葉も、緊張して詰まりがちになる。
眞は言い方がキツいわけではない。今だって、どちらかといえば穏やかな声で昭に話しかけてきている。陽キャグループのリーダー格のくせに威圧感があるわけでもなく、柔らかな雰囲気の彼に対して挙動不審になってしまうのは、単純に昭自身が人付き合いを得意としていないのが原因だった。
彼が悪いわけではない。これは、クラスのカースト上位であるのが明らかな男に対する、妙な劣等感からくる態度だった。
「おれ、怖い?」
そんなわずかな怯えのようなものが見えてしまったのだろう。こてん、と首を傾げた眞は聞いてくる。
「いや! そんなことは、全然!」
「って言いながらぁ、それ怖がってるでしょ」
あははっ、と明るい声を出した彼に、昭をからかう意図はなさそうだ。
その雰囲気や喋り方から、多分、嫌な奴ではないのだろうと感じられる。
金髪のような明るい髪色に、日に焼けた肌とほうじ茶のような赤茶色の瞳。耳にはいくつもピアスをつけていて、ネックレスもブレスレットもしている。さらにはネイルもほぼ連日塗っているし、見た目は非常にチャラい。服装自由な学校だから教員からなにか言われることはないようだが、全体的に少し着崩したようなそのファッションは真面目な学生には見えなかった。そして彼は、黒マスクをほぼ外さないのにも関わらず、学校の中でもイケメンとして通っているのだった。
しかし、それも理解できるような雰囲気を持っている。雰囲気イケメンというか、独特の空気感のある男。
それが、昭の知っている峯田眞だった。
高校二年生になってから同じクラスになったので詳しい人となりなどは知らないが、なにせチャラついているその第一印象から自分とは正反対の人種だと思っていた。なるべくお近付きになりたくない部類だったから、なるべく彼らの目につかないように生活していたのだ。
どう考えてみても、昭は眞が興味を持つような要素など持ち合わせていない。かといってからかうような変な絡み方でもなく、ただ好意的に積極的に話しかけてくる眞に戸惑いつつも、昭はゴミ箱を所定の場所に置いた。
「あ、オレ、帰る……から……」
話し掛けてくれた相手になにも言わずに帰るのも失礼だ。昭は一応自分が帰宅する旨を伝える。
「ねぇ。え~と……あ~」
なにか言いたげな眞が少し眉を下げているのを見て
「花咲――花咲、昭」
昭は名前を告げる。
クラスメイトに名前を憶えられていないのは、いつものことだ。
「はなさきあかり、ね。覚えた。いい名前じゃん」
「……ん」
にこりと笑った様子の峯田に、昭は短く返した。
キラキラしていて、アイドル、しかも女子のような響きの名前が昭はあまり好きではない。いっそノーマルに『あきら』と読ませてくれれば良かったのに、アカリなんて、こんな根暗な自分にはつくづく似合わないと思う。
それじゃぁ、と口の中でもごもごと言って荷物を手に教室を後にしようとした昭の背中に
「じゃ、アカリ。また明日ね」
明るい声が投げかけられる。
――は?!
いきなり名前を呼び捨てされた昭はぎょっとして思わず振り返る。名前呼びなど、小学校の低学年までしかされたことがない。しかも、言葉を交わしたのは今日がほぼ初めての相手にそのように馴れ馴れしく呼ばれる謂れなどない。
目が合えば、ひらっと手を振った眞はまた目を細めて笑う。
――陽の者怖ぇ……
引きつった曖昧な笑みを返した昭に、眞はまた「あはは! アカリって面白いなぁ」なんて言いながら自分もリュックを手に取る。
――このままじゃ峯田と帰らなきゃいけないことになるんじゃないか?
ぞわっと鳥肌の立った昭は鞄のショルダーを握りしめる。
どっち方面に帰るのかは知らないが、少なくとも校門までは一緒だ。いや、どこかで彼の仲間たちが待っていたりしたら、なんでそんなのと一緒にいるんだ、とか絡まれるかもしれない。面倒事はまっぴらごめんだ。
「また明日!」
昭はそれだけ言うと、足早に学校を飛び出した。
なんて、どこかで聞いたような台詞を口にするつもりはない。
そう言い切れるほどに学校生活に身を入れてもいないし、キラキラした青春群像劇みたいなものの主人公は当然、登場人物にすらなれるだなんて微塵も思ってはいないから、誰かを羨ましいとも思わない。
いや、本当に期待してないのは――自分自身に対してなのかもしれない。
「あーもー、ダルっ」
季節は夏になるところ。ここでそうやって暑いと騒いだところで涼しくはならない。そうやって教室で大声を出される方がよっぽど鬱陶しい。昭はちらりと賑やかな集団を見る。
とはいえ、特に苦情を言いたかったわけではない。何の気なく視線を向けただけだった。なのに、タイミング悪くその中の一人と目が合ってしまった。
――うわっ。
ガン飛ばしてるって思われたかも。
昭は慌てて視線を逸らす。こういう場合「オレらうるさいんじゃね? 花咲クンに睨まれてるー」だの「うわ、怖い顔で見られちゃった」だのとウザ絡みされるのが定番だ。けれど、今日はしばらく経っても何も言われない。あいつウゼェなんていう声も聞こえない。
助かった、と思いながら机に乗せた両腕を枕にしたポーズで突っ伏す。
――クラスメイト相手に、なにビビってんのオレ。
クソダセェ、と俯いたまま髪に隠れた耳たぶを触れば、指先にいくつかの穴の存在を感じた。
――クラスでも地味目で目立たない陰の者が、こんなバチクソにピアス穴開けてるとか知られたら……すっげぇ絡まれそうだよな。
面倒事は避けたいから、無造作に伸ばしている髪でそれを隠している。そのせいで余計に暗く見えているのもわかっているが、短髪にしてしまってはピアス穴が目立つし、校則違反ではないにせよ、ピアスをいくつも付けて登校する気もない。高校デビュー失敗組みたいに見られるのも嫌だ。
ボーッとしてると自然と動き出しそうになる手足を意識的に抑え込む。ただリズムを刻んでいるだけなのを貧乏揺すりだとケチをつけられては堪らないし、なによりも、地味で暗くて目立たないモブ中のモブ、そんな男子生徒の趣味がダンスだなんて、からかわれるネタにしかならない。
――早く放課後にならねぇかな。
昭は、溢れそうになった小さな溜息もそっと飲み込んだ。
そして放課後。
想像通り、人のいなくなった教室に残されたのは昭一人だった。今週一緒に掃除当番になっている陽キャ連中は「俺ら、外せない用事あるんだよねー。手伝えなくてごめーん」なんて言いながら申し訳なさそうな素振りもなく帰っていった。
しかも、誰かに自分たちの代わりに掃除してくれなんてことも依頼していない。教室の掃除を昭一人にやれと言っているのだった。
――そもそも手伝うじゃねぇだろ。お前たちの仕事なんだよコレは。
外せない用事というのがただのファミレス合コンだというのは、連中が昼休みに大声で話していたからバレている。
――それってそんなに重要か? 重要なんだろうな、あの手のヤツらにとっては。
昭は一人なのを良いことにぶつくさ独り言を呟きながら掃き掃除を済ませ、ゴミ箱を抱えてゴミ捨て場に向かう。
「ぅあ~、早く帰りてぇ」
休み時間にチェックしたSNSのSoLiLoN。そこでお気に入りの歌い手が今日新曲をアップすると予告しているのを見てから、昭の意識は完全にその時間まで飛んでしまっていた。午後の授業も集中力を欠いていて、ふわふわした気持ちのまま。
公開時刻は20時だから、掃除の15分やそこらで焦る必要はない。けど、あと何分、とスマホを握りしめて待っているあの時間が楽しいのだ。それまでには風呂も夕食も済ませて、万全の状態でスタンバイしていたかった。
「オリ曲、久し振りだよなぁ」
どんな曲調で来るのかと想像してニヤニヤが止まらない。公開されているサムネの一部から、ああだろうか、こうだろうか、と妄想している時間も楽しくて仕方がない。
ショートに投稿されることの多いカバー曲も彼の声に合っているものばかりだから、当然ながら嫌いではない。でも昭には、nis.という名前の彼が作るオリジナル曲がとても刺さるのだ。例えカバー曲よりも再生数が多くなかったとしても、毎日のように再生数を増やしている程度には大好きだった。
部活をしている連中の声を横に、昭はゴミ捨て場に中身を引っ繰り返して、空っぽになったゴミ箱を抱え教室に戻る。今夜の楽しみを思い出して、掃除を一人押し付けられたことに対する機嫌も直り軽やかに歩いてきた昭だったのだが。
教室のドアに手をかけたところで、中からなにかが聞こえた気がして動きを止めた。
――誰かの声?
忘れ物でも取りに来たクラスメイトがいるのだろうか。だが、聞こえるものは会話には聞こえず、声は一人のもののようだった。
――歌だ。
澄んだ綺麗な声が聞こえる。誰かが歌っている。
聞いた覚えのないメロディは、今の流行りの曲ではないようだ。
鼻歌のようで歌詞は聞こえない。だが、その切ない旋律に心が震えた。
――もうちょっとハッキリ……
耳をドアにつけようとして、うっかりゴミ箱をぶつけてしまう。人気のない廊下と教室内に、ゴツッという音が響く。途端に歌声は聞こえなくなった。
やっちまった、と冷や汗をかきながらも、声の主を見たかった昭は逃げられる前に勢いよくドアを引いた。
「あ……。」
窓にもたれるように立ってきたのは、休み時間に騒いでいた陽キャ軍団の中心人物――先ほど昭と目が合った、その人だった。
教室内を見回してみるが、彼以外誰もいないように見える。ということは、あの歌声は彼のものだったのだろうか。いかにも今時っぽい歌しか聞かなさそうな雰囲気をしているクラスメイトが、対極にいる自分の好みど真ん中な歌を歌っていたというのがあまりにも意外で、昭は数度瞬きをして彼を見つめた。
「あ~れ、まだ人いたんだ。全員帰ったかと思ってた。あ~……え~っと……?」
こちらの名前など覚えていないのだろう。ほぼ金髪のような明るい茶色の髪をさらりと耳にかけた黒いマスクの男――峯田眞は昭を見て小首を傾げる。
「……掃除当番、だったんで」
「あ~ね。お疲れ様ぁ。ひとりでやってたんだ。エライなぁ」
「うす」
ぺこ、とあごを出すように礼をすると眞は笑い声をあげる。きゅぅっと細くなった目で、本当に笑っているらしいのがわかった。
ちょっと間延びしたような独特のテンポで話しながら、彼は耳からワイヤレスイヤホンを外してケースに入れる。さっきの曲は、あれで聞きながら歌っていたのだろうか。そう思うと、ついつい視線が彼の動きを追ってしまう。
「なにぃ? おれ、なんか変なコトしてる?」
あまりに凝視しすぎてしまっていたようだ。眞は不思議そうに昭を見返してくる。
「えっ、あっいや、別に、なんでも……っ」
慌てて首を大きく左右に振って否定を表せば、彼はまた笑う。その笑い方には、昭を馬鹿にしている気配はなく、不快感はなかった。
「そんなキョドらなくても大丈夫だって」
「キョドってる、つもりは……な、なくて」
そう言いながらも、警戒するように昭の身体は眞から距離を取ろうとしている。言葉も、緊張して詰まりがちになる。
眞は言い方がキツいわけではない。今だって、どちらかといえば穏やかな声で昭に話しかけてきている。陽キャグループのリーダー格のくせに威圧感があるわけでもなく、柔らかな雰囲気の彼に対して挙動不審になってしまうのは、単純に昭自身が人付き合いを得意としていないのが原因だった。
彼が悪いわけではない。これは、クラスのカースト上位であるのが明らかな男に対する、妙な劣等感からくる態度だった。
「おれ、怖い?」
そんなわずかな怯えのようなものが見えてしまったのだろう。こてん、と首を傾げた眞は聞いてくる。
「いや! そんなことは、全然!」
「って言いながらぁ、それ怖がってるでしょ」
あははっ、と明るい声を出した彼に、昭をからかう意図はなさそうだ。
その雰囲気や喋り方から、多分、嫌な奴ではないのだろうと感じられる。
金髪のような明るい髪色に、日に焼けた肌とほうじ茶のような赤茶色の瞳。耳にはいくつもピアスをつけていて、ネックレスもブレスレットもしている。さらにはネイルもほぼ連日塗っているし、見た目は非常にチャラい。服装自由な学校だから教員からなにか言われることはないようだが、全体的に少し着崩したようなそのファッションは真面目な学生には見えなかった。そして彼は、黒マスクをほぼ外さないのにも関わらず、学校の中でもイケメンとして通っているのだった。
しかし、それも理解できるような雰囲気を持っている。雰囲気イケメンというか、独特の空気感のある男。
それが、昭の知っている峯田眞だった。
高校二年生になってから同じクラスになったので詳しい人となりなどは知らないが、なにせチャラついているその第一印象から自分とは正反対の人種だと思っていた。なるべくお近付きになりたくない部類だったから、なるべく彼らの目につかないように生活していたのだ。
どう考えてみても、昭は眞が興味を持つような要素など持ち合わせていない。かといってからかうような変な絡み方でもなく、ただ好意的に積極的に話しかけてくる眞に戸惑いつつも、昭はゴミ箱を所定の場所に置いた。
「あ、オレ、帰る……から……」
話し掛けてくれた相手になにも言わずに帰るのも失礼だ。昭は一応自分が帰宅する旨を伝える。
「ねぇ。え~と……あ~」
なにか言いたげな眞が少し眉を下げているのを見て
「花咲――花咲、昭」
昭は名前を告げる。
クラスメイトに名前を憶えられていないのは、いつものことだ。
「はなさきあかり、ね。覚えた。いい名前じゃん」
「……ん」
にこりと笑った様子の峯田に、昭は短く返した。
キラキラしていて、アイドル、しかも女子のような響きの名前が昭はあまり好きではない。いっそノーマルに『あきら』と読ませてくれれば良かったのに、アカリなんて、こんな根暗な自分にはつくづく似合わないと思う。
それじゃぁ、と口の中でもごもごと言って荷物を手に教室を後にしようとした昭の背中に
「じゃ、アカリ。また明日ね」
明るい声が投げかけられる。
――は?!
いきなり名前を呼び捨てされた昭はぎょっとして思わず振り返る。名前呼びなど、小学校の低学年までしかされたことがない。しかも、言葉を交わしたのは今日がほぼ初めての相手にそのように馴れ馴れしく呼ばれる謂れなどない。
目が合えば、ひらっと手を振った眞はまた目を細めて笑う。
――陽の者怖ぇ……
引きつった曖昧な笑みを返した昭に、眞はまた「あはは! アカリって面白いなぁ」なんて言いながら自分もリュックを手に取る。
――このままじゃ峯田と帰らなきゃいけないことになるんじゃないか?
ぞわっと鳥肌の立った昭は鞄のショルダーを握りしめる。
どっち方面に帰るのかは知らないが、少なくとも校門までは一緒だ。いや、どこかで彼の仲間たちが待っていたりしたら、なんでそんなのと一緒にいるんだ、とか絡まれるかもしれない。面倒事はまっぴらごめんだ。
「また明日!」
昭はそれだけ言うと、足早に学校を飛び出した。
