星野鈴夏とは、同じ念ノ丘(ねんのおか)中学の陸上部であり、クラスメイトでもあった。

 透き通るようなショートヘアーと、ツンと澄ました切れ長の瞳。
 モデルのようにすらりとのびた長い脚。会話では、非常に落ち着いた知的な話し方をする。
 そのどこか冷めたような雰囲気と、文武両道であっけらかんと良い結果を残す様子から、いっけんクールそうに見えるが、その実は明るく人当たりが良かった。
 休み時間には文庫本を読んだり、廊下でイヤホンをつけてひとりでいることが多いが、誰かが話しかけると笑顔で気さくに応じる。
 一年の夏には、ショートヘアーが入学したばかりの時よりも短くなっていて、本人は髪を切りすぎたと言っていたが、その後伸ばしてはいないようだったから、以来少し短めにするようになったらしい。
 陸上部でも、彼女は大会で予選突破の実力があるほどの選手だった。
 それから、文武両道と言ったように、鈴夏は頭も良かった。
 僕は中学最初の中間試験で、なんの間違いか学年三位に食い込んでしまった。たまたま試験問題の相性が良かっただけだった。いっぽうの鈴夏は学年四位で、僕のすぐ後ろにつけていた。
 クラス内順位はそれぞれ一位、二位だったようで、それ以来よく鈴夏にライバル視されていた。 
 具体的には、いつか席替えで隣の席になった時、彼女の得意な英語や数学の答案返却で、僕の点数を越えるたびにこちらの答案をちらりと見て、「よし」と小さくガッツポーズをしていたこととか。
 ちなみに僕は二回目のテスト以後、彼女に勝ったことはない。
 僕の成績は一時期クラス十四位まで落ち続けたいっぽう、彼女はその後ずっと学年全体で三位以内をキープしていた。
 それから、彼女のショートヘアーの横顔はいつも迷いのない表情をしていて。明るく、常に友達に囲まれていた。
 僕とは違って、光だけを受けて育ってきたような人間だった。
 性格が良くて、陸上も強くて、頭の良さも本物。その上、かわいいと来て。当然彼女は男子の評判になっていて、女子の中心でもあった。
 僕はというと、そんなあまりにも輝かしい才色兼備さに、無意識のうちに彼女を避けていた。たぶん、ちょっと気を抜けば一瞬で好きになっていた。
 鈴夏にはよく休み時間に楽しそうに話している男子がいて、彼女はそのうち彼と交際するのだろうなと密かに予想していたときもあった。
 そんなこともあり、僕は彼女を好きにならないように自らの気持ちをコントロールした。
 いや、コントロールできたつもりでいた。彼女を避けることで、不思議にも自分の気持ちをごまかせる気がした。