会場入りすると、生前一部の業務を時々委託していたスタッフが勢揃いしていた。中には、LIVE配信の同時通訳を依頼していたスタッフまでいて、この人がいるのになぜ俺がと疑問に思ったが、それが嵐の最期の望みである以上、希望通り俺が顔出しをしての同時通訳の元、LIVE配信を開始した。
「ピーン、ポーン、ラッ、シー! どうも、ラッシーです! さーて、本日はー? 宇宙葬で人類初の金星着陸に挑戦だあ! みんなー、楽しみにしてくれてたのに宇宙旅行企画ダメになっちゃってごめんねー! ということで、代わりに宇宙葬の生中継をしようと思います。同時通訳は、タキオン! タキオンは共演者としてもマネージャーとしても最高の相棒でした! 顔を見るのは初めての人もいるかな? 最期だから、顔出ししてもらったけど、なかなか男前でしょ? 絶賛彼女募集中らしいからチャンスだよ!」
録画された動画には、「何がチャンスだ、ふざけるな」とツッコミを入れるだけの間がご丁寧に確保されていた。
「さて、黎明期にタキオンは俺にいっぱいドッキリをしかけてきやがったわけですよ。ひどいもんです。詳細はチャンネル登録して昔の動画を後で見てね!」
自分の悪行を自分で通訳するのは気乗りがしないが、職務を遂行した。
「みんなは俺の味方だよね? ということで、最初で最後の仕返しだ! 実はこの中継はタキオンへのドッキリです! 今からタキオンには、宇宙船の様子を俺の代わりに実況してもらいまーす!」
「は?」
同時通訳の業務も一瞬忘れた。しかし通訳が止まることはなかった。待機していたスタッフが通訳を即座に始めている。その翻訳の正確さや流暢さは同時通訳のそれではない。明らかに事前に原稿が渡され入念な打ち合わせが済んでいるクオリティとしか言いようがなかった。
「実は最初からこのつもりでした! この動画が流れてるってことはドッキリ大成功だね! ちなみに、スタッフさんみんなグルだから、もう通訳は変わってもらって良いよ。今からタキオンには、同時接続数の世界記録に挑戦してもらうよ! 宇宙の景色見ながら俺が言いそうなこと、代わりにタキオンが言ってよ。まあ、一種の大喜利だよね。ラッシーチャンネルは俺の青春の全てでした! タキオンにとってもそうだよね? つーことで、俺たち以心伝心だよな! それじゃあみんな、タキオンの俺再現度の採点と応援よろしく!」
やられた。最後の最後に出し抜かれた。人生で初めて騙された。病室にスタッフを呼んだ時から、あるいは宇宙葬を提案したときから、まんまと引っかかっていたのだと気づいた。
「ラッシー&タキオンは2人の掛け合いから始まったチャンネルなんだし、最期は2人でフィナーレにしようぜ! まずは開始前にインタビューな。タキオンが演者やってたのって収益化する前の頃までだよね? どう? ウン億人に見られてる気分は? 世界のてっぺんの景色は?」
完敗だ。人生で初めて負けたというのに、笑いが止まらない。さすが俺が生涯で唯一認め尊敬した男だ。腕には興奮のあまり鳥肌が立っていた。
「最高だよ! とんでもないことしやがったなお前! 覚えとけよ!」
シャトルに向かって笑顔で答えた。それを合図に打ち上げのカウントダウンが始まる。俺はタキオンの遺灰とカメラを載せたシャトルが打ち上がるのを見上げながら言葉を考える。嵐なら、俺が相棒に選んだラッシーならこう言うだろう。
「3,2,1,ラッシー! すっげー! 準光速とか嘘じゃん! 絶対光より速いって!」
息をするように自然に言葉が出た。嵐が耳元で答えを教えてくれたような気がした。
「95点」
「今、タキオンの後ろにラッシーが見えた」
「いいぞ、その調子だタキオン!」
コメント欄の流れが速くなる。画面にはシャトルに積んだカメラから送られてくる映像が映っている。宇宙から見た地球が見えた。ああ、嵐ならこの景色を見てこう言うだろうな。記憶の中の嵐がいきいきとしゃべっている。
「タキオンさーん、地球を見た感想くださーい!」
機材スタッフが、別撮りしていたラッシーの一言コメント動画を流した。
「青じゃん! 青の権化じゃん! この辺の色好きだから、ここからここまで俺の陣地ね!」
聞こえてるか、嵐。お前ならこう言うだろ。
「ナイスコメント! 清水亭タキオンさんにざぶとん1枚とソファー1個!」
「やったぜ……っておい! 本名ばらすな! 生放送だぞ!」
「あれれ~? そんなこと言ってると全部没収ですよ~?」
俺が何を言うかなんて分からないはずなのに、ジャストタイミングの掛け合いが成立した。ラッシーならば何を言うのか俺には分かるように、“タキオン”ならば何を言うのかがきっとラッシーには分かっていたのだろう。この奇跡に感動したリスナーのスーパーチャットが飛び交っている。
15年前からの古参ファンが
「やっぱり、ラッシー&タキオンは2人で1つじゃなくちゃダメだよ」
とコメントした。
この日、俺たちはLIVEの同時接続数のワールドレコードを塗り替えた。
「ピーン、ポーン、ラッ、シー! どうも、ラッシーです! さーて、本日はー? 宇宙葬で人類初の金星着陸に挑戦だあ! みんなー、楽しみにしてくれてたのに宇宙旅行企画ダメになっちゃってごめんねー! ということで、代わりに宇宙葬の生中継をしようと思います。同時通訳は、タキオン! タキオンは共演者としてもマネージャーとしても最高の相棒でした! 顔を見るのは初めての人もいるかな? 最期だから、顔出ししてもらったけど、なかなか男前でしょ? 絶賛彼女募集中らしいからチャンスだよ!」
録画された動画には、「何がチャンスだ、ふざけるな」とツッコミを入れるだけの間がご丁寧に確保されていた。
「さて、黎明期にタキオンは俺にいっぱいドッキリをしかけてきやがったわけですよ。ひどいもんです。詳細はチャンネル登録して昔の動画を後で見てね!」
自分の悪行を自分で通訳するのは気乗りがしないが、職務を遂行した。
「みんなは俺の味方だよね? ということで、最初で最後の仕返しだ! 実はこの中継はタキオンへのドッキリです! 今からタキオンには、宇宙船の様子を俺の代わりに実況してもらいまーす!」
「は?」
同時通訳の業務も一瞬忘れた。しかし通訳が止まることはなかった。待機していたスタッフが通訳を即座に始めている。その翻訳の正確さや流暢さは同時通訳のそれではない。明らかに事前に原稿が渡され入念な打ち合わせが済んでいるクオリティとしか言いようがなかった。
「実は最初からこのつもりでした! この動画が流れてるってことはドッキリ大成功だね! ちなみに、スタッフさんみんなグルだから、もう通訳は変わってもらって良いよ。今からタキオンには、同時接続数の世界記録に挑戦してもらうよ! 宇宙の景色見ながら俺が言いそうなこと、代わりにタキオンが言ってよ。まあ、一種の大喜利だよね。ラッシーチャンネルは俺の青春の全てでした! タキオンにとってもそうだよね? つーことで、俺たち以心伝心だよな! それじゃあみんな、タキオンの俺再現度の採点と応援よろしく!」
やられた。最後の最後に出し抜かれた。人生で初めて騙された。病室にスタッフを呼んだ時から、あるいは宇宙葬を提案したときから、まんまと引っかかっていたのだと気づいた。
「ラッシー&タキオンは2人の掛け合いから始まったチャンネルなんだし、最期は2人でフィナーレにしようぜ! まずは開始前にインタビューな。タキオンが演者やってたのって収益化する前の頃までだよね? どう? ウン億人に見られてる気分は? 世界のてっぺんの景色は?」
完敗だ。人生で初めて負けたというのに、笑いが止まらない。さすが俺が生涯で唯一認め尊敬した男だ。腕には興奮のあまり鳥肌が立っていた。
「最高だよ! とんでもないことしやがったなお前! 覚えとけよ!」
シャトルに向かって笑顔で答えた。それを合図に打ち上げのカウントダウンが始まる。俺はタキオンの遺灰とカメラを載せたシャトルが打ち上がるのを見上げながら言葉を考える。嵐なら、俺が相棒に選んだラッシーならこう言うだろう。
「3,2,1,ラッシー! すっげー! 準光速とか嘘じゃん! 絶対光より速いって!」
息をするように自然に言葉が出た。嵐が耳元で答えを教えてくれたような気がした。
「95点」
「今、タキオンの後ろにラッシーが見えた」
「いいぞ、その調子だタキオン!」
コメント欄の流れが速くなる。画面にはシャトルに積んだカメラから送られてくる映像が映っている。宇宙から見た地球が見えた。ああ、嵐ならこの景色を見てこう言うだろうな。記憶の中の嵐がいきいきとしゃべっている。
「タキオンさーん、地球を見た感想くださーい!」
機材スタッフが、別撮りしていたラッシーの一言コメント動画を流した。
「青じゃん! 青の権化じゃん! この辺の色好きだから、ここからここまで俺の陣地ね!」
聞こえてるか、嵐。お前ならこう言うだろ。
「ナイスコメント! 清水亭タキオンさんにざぶとん1枚とソファー1個!」
「やったぜ……っておい! 本名ばらすな! 生放送だぞ!」
「あれれ~? そんなこと言ってると全部没収ですよ~?」
俺が何を言うかなんて分からないはずなのに、ジャストタイミングの掛け合いが成立した。ラッシーならば何を言うのか俺には分かるように、“タキオン”ならば何を言うのかがきっとラッシーには分かっていたのだろう。この奇跡に感動したリスナーのスーパーチャットが飛び交っている。
15年前からの古参ファンが
「やっぱり、ラッシー&タキオンは2人で1つじゃなくちゃダメだよ」
とコメントした。
この日、俺たちはLIVEの同時接続数のワールドレコードを塗り替えた。