「俺の葬式、生配信してくれない?」
嵐が夜に泣かなくなってしばらくして、宇宙葬のホームページを見せられた。死後、遺骨を宇宙に送るサービスが世界では流行っていた。日本ではあまりメジャーでは無いが、アメリカにはかなりの実績がある企業が存在する。つい最近とあるセレブが火星に遺骨を散骨した。
「何馬鹿なこと言ってんだよ。治ったらまたいくらでも宇宙旅行くらい手配してやるから」
「備えあれば憂いなしっていつもタキオンが言ってるじゃん。死んだ時の準備しておいて、治ったらラッキーで済むけど、準備しないで死んじゃったら絶対後悔するんだから、準備するのが合理的だろ? 大事なことだからちゃんとしたところにやってほしいんだけど、俺は英語読めないからタキオンが手伝ってくれない?」
観念してホームページを日本語に訳していく。宇宙葬自体は日本円で数十万円から始められるが、火星着陸プランともなればかなり高額だ。
「うーん、やっぱり火星かな。でも、せっかくなら金星行きたかったなー。夢だったんだよな」
「行けるよ、高すぎて誰もやったことがないだけで。予行演習も成功してるみたいだ」
難解な専門用語が並んでいるが、難なく訳せる。このあたりの用語は、宇宙旅行計画の際に嫌と言うほど叩きこんだ。
金星着陸プランは莫大な費用がかかる。高額ではあるが、世界ナンバーワンのMyTVerに払えない額では無い。そもそも、嵐がまだ健康だったときに予定していた宇宙での撮影の予算はその10倍以上だった。
金星が月や火星着陸プランと比べて遥かに高額である理由は、地表面の高温とスーパーローテーションと呼ばれる暴風にある。これこそが金星の有人探査がいつまでたってもできない理由である。
遺骨が宇宙の藻屑と消えないように確実に地表に散骨するためにはある程度、遺骨を積んだシャトルが惑星または衛星の地表に近づく必要がある。高熱と暴風に耐えうるシャトルは非常に高価なのだ。
また、顧客の多くはアメリカ人だ。前人未踏の地よりも、星条旗がはためく火星や月に行きたがる人間が多いのは至極当然のことだった。
「じゃあ、俺マジで人類史上初めて金星行くってことじゃん! すげえ、夢叶った!」
「お前はこれから元気になってジジイになるまで生きるんだから、初めてになるとは限らないからな。その時は俺も金星に連れて行ってくれよ」
「確かに、宇宙で1人は寂しいもんね」
「寂しがり屋のヤツに宇宙葬って根本的に向いてないと思うけど」
「だってタキオンって俺より忙しそうだし、絶対墓参りとか来る暇ないじゃん。でも、夜空に墓があればいつでも見えるだろ? 墓参りの代わりに空見て俺のこと思い出してよ」
俺が多忙なのは全てラッシーチャンネルに関する業務によるものである。ラッシーチャンネルがなくなってしまえば、何もすることが無くなるのだが、たとえ仮定の話でもラッシーチャンネルが消える話はしたくなかった。
「ってことで、予約よろしく。タキオンは俺のこと金星に連れてってくれるんだろ?」
そう言われてしまっては、宇宙葬を手配するしかなかった。生前に予約することで、シャトル内の環境など、できる限りの希望を叶えてくれるという非常に充実したサービスだった。
「とりあえず、板チョコは積んでおいて欲しいな。どうせ生きてる間は食べられないし」
嵐は治療のため、食事制限を受けている。大好物のチョコレートは御法度だった。
「あと技術的に出来るか分からないけど、カメラつけたシャトルがいい。宇宙の様子、撮影して中継したい」
生きた人間を乗せる必要のないシャトルはスピードを追究できる。準光速シャトルと呼ばれる小型シャトルは2時間もあれば金星に辿りつく。MyTVLIVEの尺としては常識の範囲内である。会社に問い合わせると、可能とのことだった。
「じゃあ、配信よろしく。事前録画したオープニング流して、宇宙船のカメラから映像繋いでくれるだけでいいからさ。BGMに俺が出した歌でも流しておけばエモくなるだろ」
宇宙葬の計画が鮮明になるたびに、死神の足音が聞こえてくるような気がする。
「人類で初めてなら記録にも残れるし、宇宙葬で金星に行くところ中継したらみんなの記憶に残れるよな。MyTVerやっててよかった」
けれども、こうして嵐が笑ってくれるのならと着々と準備を進めた。
「スタッフさんみんな呼んでよ、俺の口からちゃんとありがとうって言いたいんだよね。タキオンがいるとタキオンに頼っちゃうから、タキオンは病院の敷地から出ててね。盗み聞きとかしてたら怒るからな!」
いよいよ体調が悪くなり、嵐は身辺整理を始めた。俺は言われたとおりにした。
「俺が死んだら、デスクトップのフォルダ見てね」
ある晴れた朝、嵐は静かに21歳の短い生涯を閉じた。
遺されたパソコンのデスクトップには「タキオンへ」というフォルダがあった。泣いている暇はない。嵐の最期の望みを叶えるため、フォルダを確認した。
中身は嵐が生前録画、編集した最期の動画が2本と注意書きのテキストファイルだった。
「Aのファイルは生中継で流してください。本番前はスタッフさんに動作確認だけ頼んで、タキオンは本番になるまで見ないでください。本番はタキオンが顔出しして同時通訳をしてください。Bのファイルは生中継が終わった後に、タキオン1人で見てください。男と男の約束だよ! 絶対守ってな!」
同時通訳も顔出しも初耳だ。嵐が生前、清水に頼んでいた内容から大きく変更されていた。
「同時通訳がどれだけ大変だと思ってるんだよ。無理難題押しつけやがって」
企業案件のめちゃくちゃな直前変更にだって今まで全部対応してきた。今回だってうまくやってやる。ネイティブでも翻訳のプロでも骨が折れる同時通訳。LIVE配信時の同時通訳はラッシー本人に対する理解度を犠牲にしてでもプロに委託してきた。そのせいか、LIVE配信は同時接続数の伸びが悪い。そんな事情もあるのに、最後の最後で無茶を言うものだと苦笑した。しかし、正真正銘最期のわがままだ。嵐の夢を叶えると約束してMyTVの世界に引き込んだのだから、その責任は果たさねばならない。
今日は宇宙葬の生中継の日である。アメリカの地に降り立った俺は、ネクタイを締め直して虚空に向かって呟く。
「今度こそお前に見せてやるよ、MyTVドリームをな」
嵐が夜に泣かなくなってしばらくして、宇宙葬のホームページを見せられた。死後、遺骨を宇宙に送るサービスが世界では流行っていた。日本ではあまりメジャーでは無いが、アメリカにはかなりの実績がある企業が存在する。つい最近とあるセレブが火星に遺骨を散骨した。
「何馬鹿なこと言ってんだよ。治ったらまたいくらでも宇宙旅行くらい手配してやるから」
「備えあれば憂いなしっていつもタキオンが言ってるじゃん。死んだ時の準備しておいて、治ったらラッキーで済むけど、準備しないで死んじゃったら絶対後悔するんだから、準備するのが合理的だろ? 大事なことだからちゃんとしたところにやってほしいんだけど、俺は英語読めないからタキオンが手伝ってくれない?」
観念してホームページを日本語に訳していく。宇宙葬自体は日本円で数十万円から始められるが、火星着陸プランともなればかなり高額だ。
「うーん、やっぱり火星かな。でも、せっかくなら金星行きたかったなー。夢だったんだよな」
「行けるよ、高すぎて誰もやったことがないだけで。予行演習も成功してるみたいだ」
難解な専門用語が並んでいるが、難なく訳せる。このあたりの用語は、宇宙旅行計画の際に嫌と言うほど叩きこんだ。
金星着陸プランは莫大な費用がかかる。高額ではあるが、世界ナンバーワンのMyTVerに払えない額では無い。そもそも、嵐がまだ健康だったときに予定していた宇宙での撮影の予算はその10倍以上だった。
金星が月や火星着陸プランと比べて遥かに高額である理由は、地表面の高温とスーパーローテーションと呼ばれる暴風にある。これこそが金星の有人探査がいつまでたってもできない理由である。
遺骨が宇宙の藻屑と消えないように確実に地表に散骨するためにはある程度、遺骨を積んだシャトルが惑星または衛星の地表に近づく必要がある。高熱と暴風に耐えうるシャトルは非常に高価なのだ。
また、顧客の多くはアメリカ人だ。前人未踏の地よりも、星条旗がはためく火星や月に行きたがる人間が多いのは至極当然のことだった。
「じゃあ、俺マジで人類史上初めて金星行くってことじゃん! すげえ、夢叶った!」
「お前はこれから元気になってジジイになるまで生きるんだから、初めてになるとは限らないからな。その時は俺も金星に連れて行ってくれよ」
「確かに、宇宙で1人は寂しいもんね」
「寂しがり屋のヤツに宇宙葬って根本的に向いてないと思うけど」
「だってタキオンって俺より忙しそうだし、絶対墓参りとか来る暇ないじゃん。でも、夜空に墓があればいつでも見えるだろ? 墓参りの代わりに空見て俺のこと思い出してよ」
俺が多忙なのは全てラッシーチャンネルに関する業務によるものである。ラッシーチャンネルがなくなってしまえば、何もすることが無くなるのだが、たとえ仮定の話でもラッシーチャンネルが消える話はしたくなかった。
「ってことで、予約よろしく。タキオンは俺のこと金星に連れてってくれるんだろ?」
そう言われてしまっては、宇宙葬を手配するしかなかった。生前に予約することで、シャトル内の環境など、できる限りの希望を叶えてくれるという非常に充実したサービスだった。
「とりあえず、板チョコは積んでおいて欲しいな。どうせ生きてる間は食べられないし」
嵐は治療のため、食事制限を受けている。大好物のチョコレートは御法度だった。
「あと技術的に出来るか分からないけど、カメラつけたシャトルがいい。宇宙の様子、撮影して中継したい」
生きた人間を乗せる必要のないシャトルはスピードを追究できる。準光速シャトルと呼ばれる小型シャトルは2時間もあれば金星に辿りつく。MyTVLIVEの尺としては常識の範囲内である。会社に問い合わせると、可能とのことだった。
「じゃあ、配信よろしく。事前録画したオープニング流して、宇宙船のカメラから映像繋いでくれるだけでいいからさ。BGMに俺が出した歌でも流しておけばエモくなるだろ」
宇宙葬の計画が鮮明になるたびに、死神の足音が聞こえてくるような気がする。
「人類で初めてなら記録にも残れるし、宇宙葬で金星に行くところ中継したらみんなの記憶に残れるよな。MyTVerやっててよかった」
けれども、こうして嵐が笑ってくれるのならと着々と準備を進めた。
「スタッフさんみんな呼んでよ、俺の口からちゃんとありがとうって言いたいんだよね。タキオンがいるとタキオンに頼っちゃうから、タキオンは病院の敷地から出ててね。盗み聞きとかしてたら怒るからな!」
いよいよ体調が悪くなり、嵐は身辺整理を始めた。俺は言われたとおりにした。
「俺が死んだら、デスクトップのフォルダ見てね」
ある晴れた朝、嵐は静かに21歳の短い生涯を閉じた。
遺されたパソコンのデスクトップには「タキオンへ」というフォルダがあった。泣いている暇はない。嵐の最期の望みを叶えるため、フォルダを確認した。
中身は嵐が生前録画、編集した最期の動画が2本と注意書きのテキストファイルだった。
「Aのファイルは生中継で流してください。本番前はスタッフさんに動作確認だけ頼んで、タキオンは本番になるまで見ないでください。本番はタキオンが顔出しして同時通訳をしてください。Bのファイルは生中継が終わった後に、タキオン1人で見てください。男と男の約束だよ! 絶対守ってな!」
同時通訳も顔出しも初耳だ。嵐が生前、清水に頼んでいた内容から大きく変更されていた。
「同時通訳がどれだけ大変だと思ってるんだよ。無理難題押しつけやがって」
企業案件のめちゃくちゃな直前変更にだって今まで全部対応してきた。今回だってうまくやってやる。ネイティブでも翻訳のプロでも骨が折れる同時通訳。LIVE配信時の同時通訳はラッシー本人に対する理解度を犠牲にしてでもプロに委託してきた。そのせいか、LIVE配信は同時接続数の伸びが悪い。そんな事情もあるのに、最後の最後で無茶を言うものだと苦笑した。しかし、正真正銘最期のわがままだ。嵐の夢を叶えると約束してMyTVの世界に引き込んだのだから、その責任は果たさねばならない。
今日は宇宙葬の生中継の日である。アメリカの地に降り立った俺は、ネクタイを締め直して虚空に向かって呟く。
「今度こそお前に見せてやるよ、MyTVドリームをな」