「ピーン、ポーン、ラッ、シー! どうも、ラッシーです! さーて、本日はー? リビングをプラネタリウムに改造してみた! みんなで、俺と宇宙旅行に行こうぜ!」
 定番の挨拶に始まるラッシーの動画は今や世界一の人気を誇る。特に今日のような宇宙関連の企画は嵐の気合いの入り方が桁違いだ。21歳現在、迷いがなくなった嵐は更に一皮むけた。副音声機能をフルに使いこなし、英語とヒンディー語にも対応。英語表記でいうところのLassieChannelは世界中の人に愛された。
 大学生になってからは自由になり、出来ることも増えた。ガラパゴス化していた日本のMyTV界を飛び出して、世界中のMyTVerとコラボして登録者数を増やしたのも、人気の一因である。その際の通訳も俺がやっている。
 チャンネル登録者数5億人はこれまでのギネス記録を大幅に塗り替えた驚異的な数値だ。数々の企業の協力によって深海で撮影した動画はこれもまた再生数の世界記録を更新した。
「そろそろだな」
 通帳を眺める。これだけ予算があればどうにかなるだろう。俺はある一大プロジェクトを始めることにした。先方に連絡をし、返信を待つ。数日後、返信が届いた。返事はYesだ。
「おい、嵐、今からアメリカ行くぞ!」
「おー、だいぶ急だね。またコラボ?」
「喜べ。NASAと交渉したらOKだって。MyTVer史上初の、宇宙での動画配信だ!」
 俺がそう言うや否や、嵐は俺に抱き着いてきた。一瞬バランスを崩しそうになる。
「タキオン大好き! 本当にありがとな!」
 嵐は今までで一番いい顔をしていた。

 早速アメリカに渡る。今日決まって明日シャトルを打ち上げますというわけにもいかないので、今回は打ち合わせだけだ。話は怖いほどトントン拍子に進み、最後は先方の責任者と固い握手を交わした。
「タキオン、俺の夢叶えてくれてありがとな」
 一般企業ならば関係者全員の首が飛ぶレベルの大赤字確定プロジェクトだ。前代未聞の企画を行うことで、再生数・登録者数の更なる記録更新という目論見ももちろんあったが、嵐の夢と約束を叶えるという目的の方が大きかった。世界一の高みを見せてくれたお礼とねぎらいと祝福を兼ねてのプレゼントのつもりだ。
「約束しただろ、絶対宇宙に連れて行ってやるって」
「いやー、もうタキオンに足向けて寝られないな」
「良く言うよ。お前寝相悪くて俺のことしょっちゅう蹴り飛ばしてるからな」
「ごめーん」
「もう慣れたけどな。それより、日本に帰ったらまた大きめの企画があるからそっちも頼むぞ」
「はーい!」
 嵐が元気よく返事する。飛行機の中、嵐は幸せそうな顔で眠っていた。俺はその隣で編集をする。
 飛行機が空港につき、入国の列に並んでいる時に嵐が突然しゃがみこんだ。
「どうした?」
「ごめん、貧血っぽい。フライト長くて疲れたのかも」
 海外には何度も行っているが、こんなことは今までなかった。感情が昂りすぎて疲れてしまったのだろうか。
「今日と明日はゆっくり休めよ」
 嵐の体調管理も俺の役目だ。
「え? 撮影は?」
「ああ、うまく調整しておくから。学祭は俺の力でずらせないから、週末までは無理すんな」
 週末は俺たちが籍を置いている大学の学祭だ。そこのステージに上がることになっている。

 翌日、嵐は何事もなかったかのようにケロッとしていた。大事を取って一日休ませたが、疲れることはしていないはずなのに夜にもう一度貧血を起こした。かと思えば、翌日には元気に撮影をしていた。
「今日は大丈夫か?」
「うん、絶好調!」
 週末の学祭の日がやってきた。大学側からの依頼での出場だが、当然ラッシーチャンネルでのLIVE配信も行う。
「同時接続数のワールドレコード、今日こそとれるかなー?」
 数々の記録を塗り替えてきた俺たちだが、同時接続数の世界記録だけはとれずにいた。
「それはお前次第だ、行ってこい」
 嵐をステージに送り出す。大歓声が嵐を迎える。それがたまらなく嬉しい。他人に興味がなかった俺が、今や誰より嵐の成功を夢見ている。本当に、人生分からないものだ。

 MyTVerが歌を出すことは珍しくない。ステージで嵐が歌っている。配信画面を見る限り、今日もいい数字だ。しかし、ワールドレコードの更新となると厳しい。
「あれ……? ラッシーさん、どうしちゃったの?」
 スタッフが呟く。突然嵐の歌声が途切れたかと思えば、マイクを落とす音がした。嵐の様子を伺うと、突然胸を押さえて倒れた。
「誰か、救急車呼んで!」
 どうして、こんなことに。