こうして出来上がったチャンネルが“ラッシー&タキオン”だ。毎日動画を投稿し、チャンネル登録者数も順調に増えている。
クリスマスが近づいたころ、嵐に問いかけられた。
「タキオンってサンタさんの正体知ってる?」
親だろ、と以前なら即答したかったが、嵐の魅力である純粋さが失われるのはよくない。念のため確認した。
「嵐は知ってんのか?」
「うん、母さんだろ。一度ボム太たちに騙されたから今は答えちゃんと知ってる」
「誰って言われたんだよ」
「校長先生。俺、それ信じちゃってさ、校長室突撃してめちゃくちゃ恥ずかしかったんだけど! ひどくね?」
「なんでそんなバレバレの嘘に騙されるんだよ。純粋にもほどがあるだろ」
「だってさー、校長先生だったら生徒の住所知っててもおかしくないだろ。だから、俺校長先生に直接プレゼントのリクエストしに行ったんだよね」
「ふーん、何頼んだの?」
「ゲーム! 自由帳全部のページにオリキャラ描いて、この子たちが戦うゲームつくってください、って頼みに行ったんだけど、校長先生目が点になっちゃってさ! いや、サンタさんだったら何でも出来るって思うだろ? 頑張って絵描いた俺の時間返せって感じだよな!」
やはり、嵐の思考回路と発想力は常人のそれではない。大物は幼少期からその片鱗を見せるものなのだろう。
ここで俺の頭の中にひとつの黒い案が浮かぶ。嵐は騙されやすい。つまりドッキリ企画が成立しやすいということだ。
試しに週明けに一度ドッキリ動画を撮ってみたが、嵐は根が良いやつなので怒らない。明るいやつなので泣かない。リアクションもいい。視聴者からの反応がここ最近で一番よかった。
調子に乗ってもう一度別のドッキリを仕掛けてみる。嵐は人を疑うことを知らない。短いスパンで明らかに不自然なドッキリを何度仕掛けても、全部綺麗に引っかかるのだ。
「あのさ、タキオン、今日もドッキリ予定してたりする?」
あまりに何度もやりすぎて嵐に質問される。
「それ、お前に言ったらドッキリにならないだろ。もしかしてガチで嫌だったりする?」
MyTVを嫌いになられては元も子もない。一応確認してみた。
「いや、ビリビリペンみたいなのは全然いいんだけどさ、これから色々やるにしても置き去りとか解散ドッキリはやんないでほしいなーって」
「分かった。他にもNGあったら事前に伝えといてくれ」
「うーん、寂しい系全般」
「了解。じゃあ疲れる系はNGじゃないってことで、今日は耐久系体力企画だな」
「うげっ、タキオンスパルタ~!」
企画終了後、嵐と話をする。置き去り系のドッキリはあまり好みではないのでやったことはない。しかし、まだやっていないことを嵐があまりにも嫌がることに違和感があった。何か悩みがあるのではないかと思ったからだ。
「ほら、俺さ、父さんが病気で入院してから母さんがずっと働いてるから家にいる時はずっと一人で、寂しかったんだよね。小学校上がってからは友達と遊ぶことも増えたから毎日楽しかったんだけどさ」
嵐の父親は原因不明の難病で亡くなったらしい。その治療費を稼ぐために、母親は随分とハードワークだったと言う。
「ほら、前に俺がだらしなさすぎてガチで嫌われかけた話しただろ? 待ち合わせ遅れて行ったら、誰もいなくてさ。いや、実際はみんな隠れて見てたんだけど。俺、めちゃくちゃ大泣きして事件と間違えて警察来ちゃって、みんなにありえないくらい迷惑かけちゃったからさ」
「安心しろ。俺はそういうガキみたいなことはしねえから。一緒にするなよ」
「タキオン最近学校行くときでも迎えに来てくれるもんな。ほんとありがとな」
「苦手なことは俺がフォローしてやる。お前は長所を伸ばせばいい」
勉強ができない奴は努力不足だと思っていた。できない奴に足を引っ張られるなんてごめんだと思っていた。でも今は違う。
動画編集が全くできなくたっていい。俺が全部やる。動画撮影の妨げになるような困りごとは俺が全部解決してやる。苦手なことは無理をしなくてもいい。嵐にはありのままでいてほしい。
俺たちは2年生に進級した。教師にアピールするように嵐の生活態度の面倒を見ていたので、思惑通り嵐と同じクラスになった。
日々分析を重ねているが、ここに来て登録者数が伸び悩み始めた。ラッシーのアンチはほとんどいないが、俺のアンチが増えている。俺は元々人に好かれるタイプの人間ではない。しかし、動画ではうまいこと好かれるようなキャラクターを演じていた。
そんな時、俺が声帯に炎症を起こし、突然声が出なくなった。嵐が大泣きした。
「大したことねえよ」
そう紙に書いて見せても納得しなかった。
「だって、父さんも最初はただの貧血だって言ってたのに……! 元気になったと思ったら、突然発作起こして倒れて入院して……、すぐ退院するよって言ってたのに、帰ってこなかった!」
泣きじゃくっている嵐を宥める。
「大丈夫だから泣くな」
「絶対死なないって約束してくれる?」
「するする。さっさと顔洗ってこい」
予定していた生配信を中止するわけにはいかない。喉以外に不調はなかったので、嵐にソロ出演してもらい、俺は裏方でのサポートに徹することにしたのだ。本番直前まで泣いていた嵐も、動画が始まれば“ラッシー”の顔になった。まだ13歳の子供とは言え、その姿勢はプロそのものだ。配信はかつてないほどスムーズに進行した。トラブルがまったく起こらなかった。
理由は自明だ。俺が演者として出演していれば、機材トラブルなどの種に気づくのはどうしても遅れてしまう。しかし、画面外から全体を俯瞰し、機材や進行のサポートに徹すれば放送事故を未然に防ぐことができる。
それは通常の撮影でも同じだった。さらに、俺が撮影係になることで固定カメラだけでなく様々なアングルで撮れるので撮影の幅が広がった。嵐は元々一人でも充分面白いやつなので動画のクオリティは担保できた。事実、嵐のソロ動画の方が再生数・高評価数ともに自明に高かった。登録者数の伸び率も有意に上がった。
このチャンネルがチームとして勝つためには、どうすべきか。
「俺、裏方に専念することにした」
声帯の炎症の治療も終わり、無事に声が出るようになったので自分の声で嵐に伝えた。
「え、やめちゃうの?」
「いや、これからも企画は俺が考える。ラッシーが輝ける企画を考えて、俺の手でカメラ持ってラッシーを追いかけて、最強になるように編集する」
こうして「ラッシー&タキオン」改め「ラッシーチャンネル」は新たなスタートを切った。俺が休んでいる間に出来た新しいファンは俺のことを画面外の声として認識している。今までの伸び悩みが嘘のように登録者数は伸びだし、スケジュールにも余裕が生まれた。
そして、ついに収益化を達成した。収益化をすればそれを軍資金により良いソフトや機材を使える。俺はそのために知識のアップデートを欠かさなかった。
「タキオンってさー、なんで持ってない機械とかすぐやるわけじゃない企画のことも勉強するの?」
「備えあれば憂いなしって言うだろ」
「え、何それ? タキオン難しい言葉知ってんね」
「相変わらず馬鹿だなー」
海外で突然バズるチャンスに備えて全ての動画は3ヵ国語で楽しめるようにしてある。将来的に嵐を裏方として支えるのに役立つであろう資格の勉強も欠かさない。
社会の歯車になるなんて負け組だと思っていた。自分が主役になれない人生なんてクソくらえだと思っていた。でも、今は違う。
俺はラッシーの裏方としての自分に誇りを持って生きている。俺は嵐を支えて生きていく。俺たちは二人でラッシーチャンネルだ。
クリスマスが近づいたころ、嵐に問いかけられた。
「タキオンってサンタさんの正体知ってる?」
親だろ、と以前なら即答したかったが、嵐の魅力である純粋さが失われるのはよくない。念のため確認した。
「嵐は知ってんのか?」
「うん、母さんだろ。一度ボム太たちに騙されたから今は答えちゃんと知ってる」
「誰って言われたんだよ」
「校長先生。俺、それ信じちゃってさ、校長室突撃してめちゃくちゃ恥ずかしかったんだけど! ひどくね?」
「なんでそんなバレバレの嘘に騙されるんだよ。純粋にもほどがあるだろ」
「だってさー、校長先生だったら生徒の住所知っててもおかしくないだろ。だから、俺校長先生に直接プレゼントのリクエストしに行ったんだよね」
「ふーん、何頼んだの?」
「ゲーム! 自由帳全部のページにオリキャラ描いて、この子たちが戦うゲームつくってください、って頼みに行ったんだけど、校長先生目が点になっちゃってさ! いや、サンタさんだったら何でも出来るって思うだろ? 頑張って絵描いた俺の時間返せって感じだよな!」
やはり、嵐の思考回路と発想力は常人のそれではない。大物は幼少期からその片鱗を見せるものなのだろう。
ここで俺の頭の中にひとつの黒い案が浮かぶ。嵐は騙されやすい。つまりドッキリ企画が成立しやすいということだ。
試しに週明けに一度ドッキリ動画を撮ってみたが、嵐は根が良いやつなので怒らない。明るいやつなので泣かない。リアクションもいい。視聴者からの反応がここ最近で一番よかった。
調子に乗ってもう一度別のドッキリを仕掛けてみる。嵐は人を疑うことを知らない。短いスパンで明らかに不自然なドッキリを何度仕掛けても、全部綺麗に引っかかるのだ。
「あのさ、タキオン、今日もドッキリ予定してたりする?」
あまりに何度もやりすぎて嵐に質問される。
「それ、お前に言ったらドッキリにならないだろ。もしかしてガチで嫌だったりする?」
MyTVを嫌いになられては元も子もない。一応確認してみた。
「いや、ビリビリペンみたいなのは全然いいんだけどさ、これから色々やるにしても置き去りとか解散ドッキリはやんないでほしいなーって」
「分かった。他にもNGあったら事前に伝えといてくれ」
「うーん、寂しい系全般」
「了解。じゃあ疲れる系はNGじゃないってことで、今日は耐久系体力企画だな」
「うげっ、タキオンスパルタ~!」
企画終了後、嵐と話をする。置き去り系のドッキリはあまり好みではないのでやったことはない。しかし、まだやっていないことを嵐があまりにも嫌がることに違和感があった。何か悩みがあるのではないかと思ったからだ。
「ほら、俺さ、父さんが病気で入院してから母さんがずっと働いてるから家にいる時はずっと一人で、寂しかったんだよね。小学校上がってからは友達と遊ぶことも増えたから毎日楽しかったんだけどさ」
嵐の父親は原因不明の難病で亡くなったらしい。その治療費を稼ぐために、母親は随分とハードワークだったと言う。
「ほら、前に俺がだらしなさすぎてガチで嫌われかけた話しただろ? 待ち合わせ遅れて行ったら、誰もいなくてさ。いや、実際はみんな隠れて見てたんだけど。俺、めちゃくちゃ大泣きして事件と間違えて警察来ちゃって、みんなにありえないくらい迷惑かけちゃったからさ」
「安心しろ。俺はそういうガキみたいなことはしねえから。一緒にするなよ」
「タキオン最近学校行くときでも迎えに来てくれるもんな。ほんとありがとな」
「苦手なことは俺がフォローしてやる。お前は長所を伸ばせばいい」
勉強ができない奴は努力不足だと思っていた。できない奴に足を引っ張られるなんてごめんだと思っていた。でも今は違う。
動画編集が全くできなくたっていい。俺が全部やる。動画撮影の妨げになるような困りごとは俺が全部解決してやる。苦手なことは無理をしなくてもいい。嵐にはありのままでいてほしい。
俺たちは2年生に進級した。教師にアピールするように嵐の生活態度の面倒を見ていたので、思惑通り嵐と同じクラスになった。
日々分析を重ねているが、ここに来て登録者数が伸び悩み始めた。ラッシーのアンチはほとんどいないが、俺のアンチが増えている。俺は元々人に好かれるタイプの人間ではない。しかし、動画ではうまいこと好かれるようなキャラクターを演じていた。
そんな時、俺が声帯に炎症を起こし、突然声が出なくなった。嵐が大泣きした。
「大したことねえよ」
そう紙に書いて見せても納得しなかった。
「だって、父さんも最初はただの貧血だって言ってたのに……! 元気になったと思ったら、突然発作起こして倒れて入院して……、すぐ退院するよって言ってたのに、帰ってこなかった!」
泣きじゃくっている嵐を宥める。
「大丈夫だから泣くな」
「絶対死なないって約束してくれる?」
「するする。さっさと顔洗ってこい」
予定していた生配信を中止するわけにはいかない。喉以外に不調はなかったので、嵐にソロ出演してもらい、俺は裏方でのサポートに徹することにしたのだ。本番直前まで泣いていた嵐も、動画が始まれば“ラッシー”の顔になった。まだ13歳の子供とは言え、その姿勢はプロそのものだ。配信はかつてないほどスムーズに進行した。トラブルがまったく起こらなかった。
理由は自明だ。俺が演者として出演していれば、機材トラブルなどの種に気づくのはどうしても遅れてしまう。しかし、画面外から全体を俯瞰し、機材や進行のサポートに徹すれば放送事故を未然に防ぐことができる。
それは通常の撮影でも同じだった。さらに、俺が撮影係になることで固定カメラだけでなく様々なアングルで撮れるので撮影の幅が広がった。嵐は元々一人でも充分面白いやつなので動画のクオリティは担保できた。事実、嵐のソロ動画の方が再生数・高評価数ともに自明に高かった。登録者数の伸び率も有意に上がった。
このチャンネルがチームとして勝つためには、どうすべきか。
「俺、裏方に専念することにした」
声帯の炎症の治療も終わり、無事に声が出るようになったので自分の声で嵐に伝えた。
「え、やめちゃうの?」
「いや、これからも企画は俺が考える。ラッシーが輝ける企画を考えて、俺の手でカメラ持ってラッシーを追いかけて、最強になるように編集する」
こうして「ラッシー&タキオン」改め「ラッシーチャンネル」は新たなスタートを切った。俺が休んでいる間に出来た新しいファンは俺のことを画面外の声として認識している。今までの伸び悩みが嘘のように登録者数は伸びだし、スケジュールにも余裕が生まれた。
そして、ついに収益化を達成した。収益化をすればそれを軍資金により良いソフトや機材を使える。俺はそのために知識のアップデートを欠かさなかった。
「タキオンってさー、なんで持ってない機械とかすぐやるわけじゃない企画のことも勉強するの?」
「備えあれば憂いなしって言うだろ」
「え、何それ? タキオン難しい言葉知ってんね」
「相変わらず馬鹿だなー」
海外で突然バズるチャンスに備えて全ての動画は3ヵ国語で楽しめるようにしてある。将来的に嵐を裏方として支えるのに役立つであろう資格の勉強も欠かさない。
社会の歯車になるなんて負け組だと思っていた。自分が主役になれない人生なんてクソくらえだと思っていた。でも、今は違う。
俺はラッシーの裏方としての自分に誇りを持って生きている。俺は嵐を支えて生きていく。俺たちは二人でラッシーチャンネルだ。