初めて2人で裏山で星を見たのは、島唯一の映画館で宇宙人襲来の映画が公開された夏の日だった。
 裏山にのぼると、市街地よりもたくさんの星が見えた。北斗七星だとかカシオペヤ座だとか、スイはいろんなことを知っていた。
 南の空に、一際明るい赤い星を見つけた。
「なあ、あの赤い星、1番明るくね?あれは俺の星だな!」
「うん、本当にこーちゃんみたいだ」
「なあ、俺の星にもカシオペヤみたいな名前あんのか?」
「アンタレスっていうんだよ。さそり座の1番明るい星。星の物語の中ではすごく強い星なんだ」
「すっげー!スイまじで何でも知ってるな!」
「さそり座のもとになったサソリは巨人を倒したんだよ。上級生に勝っちゃうこーちゃんみたいに。昔の人はアンタレスのこと火星のライバルって呼んでたんだって」
「すげえじゃん!じゃあ、俺も映画の外人のかっこいいおっさんみたいに宇宙人倒せるんじゃね?」
「勝てる勝てる!こーちゃんは強いもん!」
 思えばスイはずっと俺を肯定してくれていた。そのせいか尋常じゃない無敵感に満ち溢れていた。
 このやりとりは中学生になっても覚えていて、ケータイを買った後、メールアドレスにはアンタレスの文字列を入れた。
「じゃあ、あの緑の星がスイだな!割と俺の星の近くにあるじゃん」
「あの星はズベン・エス・カマリっていうんだよ。人間の目で見える緑の星はズベン・エス・カマリだけだってお母さんが言ってた」
「呪文みたいな名前だな。頭いいスイにぴったりだ。魔法使いの星なのか?」
「てんびん座の星だから、正義の裁きの星かなぁ」
「いいじゃん!スターレンジャーグリーンっぽくてかっこいいじゃん」
 特別明るい星ではないけれど、他のどの星の色とも違う緑色の星。スイらしいと思った。
 学校の授業は寝てばっかりで、漢字も九九も覚える気がしなかったけど、スイの話はおもしろくて、星の名前はいくらでも覚えられた。秋になって肌寒くなっても俺たちは夜の裏山に行った。
「あれはペルセウス座! 悪いクジラからお姫様を取り返す大冒険をしたヒーローなんだ」
「大冒険かぁ。俺もしてみてえなあ」
 いつの間にか俺たちには度胸がついていて裏山に行くことは冒険じゃなくて日常になっていた。
「たとえばどんなの?」
「そうだなぁー。この間、兄ちゃんのゲーム借りて遊んでたんだけど、廃墟ってロマンじゃね?廃線になった線路ずーっとたどっていくと地図にない森があって、廃墟があってモンスターがでてくるの」
「線路かぁ。この島にもあればいいのにね」
「じゃあ、冒険するために本土まで泳いでいくとか。それも冒険じゃん」
「じゃあ、あのお魚さんたちみたいに二人で泳いでいけたらいいね!」
 スイはうお座を指さした。うお座は2匹の魚がひもでつながれた姿をあらわしているらしい。
「魚ぁ?スイ泳げないじゃん」
「あー!ひどい!泳げますー!」
「犬かきで3メートルな」
「ひどっ!自由形って言ってよ」
「じゃあ、いつか行こうぜ。自由形で」
「うん、じゃあ僕泳ぐの練習する!」
 非現実的でバカみたいな夢もスイとならいつか叶えられると本気で信じていた。