始業式の間中、俺はスイに付き添った。保健室の先生には始業式に行けと言われたけれど、強引に居座った。しばらくして、担任がスイと俺の荷物を届けてくれて、手続きは週明けでいいと言われた。
「ごめんね、迷惑かけて」
 横になっている間、何度も謝られた。
「親御さんは迎えに来られるかしら?」
「母は本土にいて、今は祖母と二人暮らしなので自分で帰ります」
「俺が送る」
 いきなり口をはさんだ俺にスイもびっくりしていた。そもそも、スイの家には行ったことがなかった。でも、あの怖い母親が本土にいるなら別に行ってもいいだろうと思った。
「こんな状態のお前放っておけねえし。お前の母さんいないなら俺が行っても問題ないよな」
「うん。再婚って言うか結婚して、今の旦那さん、広田さんと一緒に東京にいる」
 名字が変わっていた理由に合点がいった。転校もそれが理由なのだろうか。
「今の親父さんとうまく行ってねえの? こっち戻ってきたのと関係あったりする?」
「広田さんはいい人だよ。学校やめたのは病気になったから。死ぬような病気じゃないけど、療養しようってなって。お母さんも広田さんも仕事が忙しいから、おばあちゃんに面倒見てもらうことになったんだ」
 まるで覚えた台詞を暗唱するように一息に言う。
「迷惑かけてごめんね」
「こんなの迷惑のうちに入らないだろ。スイが悪いんじゃないんだから」
「こーちゃん、何でそんなに優しくしてくれるの?僕、おかしいのに」
 スイが震える手で俺の制服の袖を掴んだ。これはきっとこいつのSOSだ。あの毒親に何か言われたんだろう。再婚相手はいい人かもしれないが、母親は嫌な奴だ。
「別におかしくないだろ。空だって病気になる時代なんだからさ」
「空の病気?」
「ケスラー・シンドロームって最近ニュースで話題になってるじゃん。シンドロームって症候群って意味だろ。宇宙がスペースデブリの破片でどんどんぐっちゃぐちゃになるやつ。スペインかどこかに宇宙探査機の破片が落ちて屋根が壊れたみたいなニュースあったよな。スイは当然知ってると思うけど」
 スペースデブリ、すなわち宇宙ゴミ同士が衝突して壊れて、破片がすごいスピードで宇宙空間を移動し、また衝突して宇宙がスペースデブリの破片で溢れかえるのがケスラー・シンドロームだ。傷が傷を呼んで、どんどん宇宙はボロボロになる病気にかかっている。

「ただいま。こーちゃんが家まで送ってくれた」
「あら、ありがとう。良かったら上がっていって」
「お邪魔します」
 スイの母親と違ってスイのおばあさんは俺を温かく迎えてくれた。すごくいい香りのする紅茶と外国の高級クッキーをごちそうになった。
「ビーストカードじゃん。懐かしい」
 スイの部屋にはビーストカードのデッキケースが2つと二人で買った魚のマトリョーシカの置物が大事そうに飾られていた。スイがケータイを充電しようと鞄から取り出したのを見て、声をかける。
「そうだ。連絡先交換しようぜ。中2の時にさ、ケータイ買ったけど繋がんなくてさ。あの時は忘れられてんのかと思って焦ったわ」
「1日も忘れたことなんてなかったよっ!」
 スイが身を乗り出して叫ぶ。
「本当は、本当は……」
 かたくなに話そうとしなかった中学時代の話がスイの口から語られ始めた。