冬が来て、春が来てクラスメイトたちは卒業していった。俺は休学扱いということになっているらしい。
 写真ばかり見て、毎日を過ごしていた。俺が撮ったスイの写真は去年の春までのものだけだ。俺のカメラは海に流された。一方、スイのカメラは防水ケースに入っていたのでSDカードのデータも含めすべて無事だったので『スタンド・バイ・ミー』のような冒険の記録も、事故のほんの数分前の写真も残っていた。

 あっという間に夏がやってきた。世間はお盆だ。あの事故と同じ8月16日、吸い寄せられるように浜辺を訪れた。オカルトじみた願望と、もしかしてあの後スイは奇跡的に救助されて、そろそろ会いに来てくれるんじゃないかと流れ星よりも儚い期待を抱いた。夢でも幻でも何でもいいから会いたかった。
 ぼーっと海を眺めていると、シャッター音が聞こえた。

「こーちゃん」
 振り返ると、スイがいた。これは、夢なんだろうか。
「会いたかった」
 再会したあの日、泣きそうな声で言っていたのと同じ言葉を笑顔でスイは言った。俺は涙をこらえながら、17歳の冬に空の魚たちの下の2度目の約束を思い返していた。
――絶対お盆には帰ってくる。約束。
 そうだ。スイはこういうやつだった。絶対に約束を破らないやつだった。
「スイ!」
 あの時とは逆で、1年ぶりに発した俺の声が震えているのが自分でも分かった。
「こーちゃん、去年の東京楽しかったね。一緒に来てくれてありがとう。こーちゃんは楽しかった?」
 俺を責めるでもなく、恩を着せるわけでもなく、ただ「楽しかった」のフレーズでスイは、東京へ行ったことを肯定した。
――もう泣かない。約束!
 俺が約束を破り続ける中、どんなに辛くてもずっと約束を守り続ける強いやつだった。
「すげえ楽しかった。この先、何年たっても何十年たっても絶対忘れられないくらい楽しかった!ありがとうっていうのは俺だろ!」
 俺は声の限りに叫んだ。
「そっか。よかった。僕、やっと約束守れたよ。こーちゃんは約束、覚えてる?」
――……から、こーちゃんはずっとカッコイイこーちゃんのままでいてね。
 二学期になったら復学しよう。たとえ浪人したとしても、北海道の志望校を受けよう。遅すぎるけれども、世界はスペースデブリ回収プロジェクトに向けてどんどん動き出している。工学部に進学して、宇宙工学の勉強をして俺の手で星空を取り戻す。スイの星の光をずっと守れるように。スイが憧れだと言ってくれたカッコいい俺でいられるように。
「ああ、覚えてるよ」
 すっかり暮れた空。南の空のスイの星と俺の星のあたりが強く光った。そして、光った場所から流れ星が同じ場所を目指して流れて行った。光が描く軌跡は、軍神アンタレスと裁きのズベン・エス・カマリが一緒に泳いでいるようだった。
 11歳の冬、空の魚たちが夜空を泳ぐ中、俺は必死でスイの手を掴んで引き上げた。俺たちの手は、俺たちの声は空の魚を捕まえられなかった。でも、お互いの手は掴めるし、お互いの声は届いた。
――ねえ、こーちゃん、約束しようよ。
 小さな手と高い声で交わした約束。俺はあの日の約束を今度こそこの手で守ると、翠色の光を放つ唯一無二の星に誓う。

――いつか、今度は僕がこーちゃんのこと助けられるくらい強くなるから、こーちゃんはずっとカッコイイこーちゃんのままでいてね。