9月に学校が始まっても俺は学校に行く気にはなれなかった。カーテンを閉め切った部屋で夜にだけ窓を開けて、スイの星を探した。
「スイを返してください」
 流れ星を見るたび声にならない息を吐き続けた。声がもし出るようになったとしても、声が2度と出ないくらいに枯れるまで叫び続けるのだと思う。

 スイの面影を求めてスイ俺に宛てたタイムカプセルの手紙を読み返した。
「カードゲームがこーちゃんと仲良くなれたきっかけでした。こーちゃんと2人で考えて作ったスターワールド、まだ遊んでくれていますか?僕も新しい小学校で流行らせようと思います。こーちゃん、友達になってくれてありがとう」

 小6の1年間はスイがいないせいでめちゃくちゃつまらなかった。周りに合わせて適当に遊んでいた俺は、誕生日の11月11日にこの手紙を読んで「久々にスターワールドやろうぜ」とクラスで言った。「2人で考えて作った」と言ったって、ほとんど全部スイのアイディアだった。

「中学生のこーちゃんは1年生でいきなり野球部のエースになっているのかな?かっこいいこーちゃんはずっとずっと僕のヒーローです。この手紙をこーちゃんが読んでいる時、ちょっとでもこーちゃんに近づけていたらいいな」

 1年生エース。そこの部分だけは正解だ。でも、俺が進学した第一中学の野球部は弱小で、第二中学との試合に1度も勝ったことがなかった。中学生の俺はやる気を失ってだらしなくなっていた。部活にも遅刻していたし、学校にも遅刻していた。
 ヒーローからも程遠かった。荒れている中学で、きっとスイのようにSOSを出していた人はいたのだろうけど、俺には何も周りが見えていなかった。

「この手紙を読んでくれてありがとう。中2のこーちゃんはきっと優しい先輩になっていると思います。世界で一番優しくて、頼りになるこーちゃんが大好きです。だからずっとこーちゃんはカッコイイこーちゃんのままでいてね」

 スイをいじめていたであろうあいつは、俺に雰囲気がよく似ていた。俺も一歩間違えれば、誰かをいじめていてもおかしくなかった。きっとスイと出会わなければどこかで人の道を外れていたと思う。
 スイの手紙があったから、万引きやいじめなど本当に悪いことはしなかった。でも、部活にも何にも一生懸命にはなれなかった。ダサくてカッコ悪い生き方をしてた。

 スイが俺に依存していると何も知らない周りは言った。でも本当はむしろ俺の方がスイに依存していた。スイが俺を肯定するから俺はまっすぐでいられた。
 ズベン・エス・カマリはてんびん座の星だ。すぐそばのさそり座のアンタレスとあんなに近くに見えるのにどれくらい離れているのかと調べようとしたら宇宙の論文がヒットした。難しすぎてよく分からなかった。スイならきっと分かるのに。
 論文の意味は全く分からなかったけれど、「ズベン・エス・カマリは古代ギリシャ時代にアンタレスより明るかったと報告されている」の記述が目に入った。

 写真を撮るのがうまくて、頭が良くて、何でも知っていて、絵がうまくて、遊びも運動もきっと全部俺よりずっとポテンシャルがあった。スイはただただ生き方が不器用なだけだった。本当は俺よりずっとすごいやつだった。星の世界に俺を連れ出したのも、東京への大冒険に俺を連れ出したのもスイだった。俺の隣にずっとあった翠色の星は俺の道標だった。一緒にいて楽しくて、誰より誠実で約束は必ず守るやつだった。

――お前が助けてって言ったら地球の裏側にいても助けに行ってやるよ。
 どの口が言っていたんだろう。スイが1番辛い時、島でへらへらしていたくせに。
――ずっとこーちゃんはカッコイイこーちゃんのままでいてね。
 スイがいなかった中学時代の俺はかっこよさからはかけ離れていた。
――今度はスイが辛いときは見つけ出して助けに行くから、お互い頑張ろうぜ!
 俺を助けてくれたスイを俺は海から助け出せなかった。スイのいない場所で頑張れるはずがない。卒アル委員も勉強も学校も全部投げ出して、ずっと散らかった部屋にいる。俺は結局、約束を1つも守れなかった。