8月13日、雲一つない青空が広がっていた。
「こーちゃんのおかげで晴れたね」
「だから、防水ケース要らないって言っただろ」
 スイは雨でカメラが水没するのを恐れてやたら高性能な防水ケースを買っていた。
「だって僕、雨男だし」
 4年前、台風で船が欠航して会えなかった俺たちは今同じ船で海の写真を撮っている。トビウオやイルカが時々海面をジャンプした。綺麗に撮れたとはしゃぐスイが眩しい。

 夜、初めて裏山以外から星空を眺めた。夏は俺たちの星がよく見える。俺が買ったカメラはアンタレスとズベン・エス・カマリの色までくっきりと写した。遠くの街灯や民家の光すら見えない一面の夜空で、空の魚たちは海の魚たちに負けないくらいに自由に泳いでいた。俺たちもこれから生まれてから一番自由で壮大な冒険をするのだと胸を躍らせた。
 船の上で元気だったスイも、いざ港に降りると顔色が悪くなった。スイを守るように俺はスイの前を歩いた。俺の後ろに隠れていれば大丈夫だと言った。世間は夏休みの真っただ中だ。スイの昔通っていた学校の前に生徒らしき人はいなかった。
「大丈夫、誰もいないから」
 少し歩いて、電車に乗って、また歩いて、東大のオープンキャンパスにやってきた。
「来られたじゃん。俺たちここまで」
「こーちゃんが連れてきてくれたから」
 オープンキャンパス中のスイは楽しそうだった。周りの人間はまともそうに見えた。来年の春、スイがここに通う前にスイにとっての東京を少しでも綺麗な思い出に塗り替えられるようにしようと思った。
「スカイツリー、行こうぜ」
 オープンキャンパスが終わった夕方、俺はスイを誘った。スイがいた頃の東京にはなかった、まっさらなままの塔。スイは手際よく経路を調べた。電車の中に貼ってある路線図は迷路のようにごちゃごちゃしているのに、スイについていくと乗り換えがスムーズだ。
 俺たちはスカイツリーの展望回廊から、すっかり夜になった東京を見下ろした。スイがひとりぼっちで過ごした東京の夜を俺たちの思い出で塗りかえたかった。上から見下ろした東京の夜景は光が一面に広がっている。
「星空を見下ろしてるみたいだね」
「ああ、俺たちは今、星空のてっぺんにいるんだよ」
「こーちゃんと一緒なら東京ってこんなに綺麗な街なんだね」
 スイの目が輝いている。
「東京に星空なんてないって思ってたけど、街そのものが星空みたい」
「そもそも俺たち自身がアンタレスとズベン・エス・カマリだってお前が言っただろ?俺たち、今星空の上にいるんだから、紛れもなく今俺たちは星なんだよ」
 俺の言いたいことはスイに伝わっただろうか。理解力の高いスイには伝わっていると信じたい。
「流れ星が見えなくても、僕の星が見えなくても、もう泣かないよ」
 スイは夜景にシャッターを切って言った。もう、俺が心配する必要もないのだと思う。
「僕が東京のズベン・エス・カマリになって、ちゃんと頑張って星空を守るから。そしたら、10年後も20年後もずっと、こーちゃんのいる島から僕の星は見えるよね」