舞台の上では、誰も助けてくれない。

 ピアノを弾く腕の感覚がなかった。
 指が勝手に動く。リズムがどんどんズレていく。
 客席なんか見る余裕はないのに、審査員や観客からの無数の視線が、ズキズキと痛い。
 どこまで弾いたっけ。
 どこまで弾けば終止符にたどり着ける?
 だめだ、もっとうまく弾かないと……。
 国内では一番権威のあるこのコンクールで結果を残して、先生にとって価値のある存在だってことを証明し続けないと、おれは生きていけない。
 だったら、いつまで弾き続ければいい?
 音符と音符の間に先生のことを考えた瞬間、指が止まった。
 完璧に暗譜したはずの曲の続きが吹き飛んで、鍵盤から離れていった音がホール中にぼんやりと散っていく。
 頭の中が真っ白になった。曲の続きを弾こうとするのに、まるで見えない糸にぎりぎりと締め付けられるみたいに、五指が自分の意思で動かせなくなった。
 静寂がやってくる。それから何人かの観客が、ヒソヒソと声を上げ始めた。
 恐る恐る観客席へ視線を向けて、審査員が身じろぎしたり、紙に何かを書きつけているのを見る。
 そうして初めて、全てが終わってしまった事実に気づいた。
 客席の一番はじっこにいる先生と、目が合う。
 先生は目を細めて、こちらを悲しむような、痛ましいような、寂しげな表情をしていた。自分の弟子が恥をかいたのに、それを怒ったり(さげす)んだりする様子は一つもなくて……。
 いっそ蔑んでくれれば楽になれたのに。
 動かなくなって、石みたいに冷えた、震える両手で顔を覆う。
 これ以上、何も見たくない。
「ごめんなさい……」
 ピアノをうまく弾けなくてごめんなさい。
 いい生徒になれなくてごめんなさい。

 先生を好きになってしまって、ごめんなさい。