「付き合うならだれがいい?」
修学旅行の夜。そんな会話でもちきりになった。
「○○君かっこよくない?」
「△△もさ~意外とかっこいいんだよ」
「□□って彼女いたって知ってた?」
「え、待って初耳なんだけど⁈」
皆あれやこれやとクラスの男子の名前を挙げては彼氏にできるかできないか、自分の好みだ、私はタイプじゃないとキャッキャッ、黄色の声を上げていた。
「ねえ、かなちゃんは?」
皆の話を流しつつ他ごとを考えていた時いきなり聞きなじみ身のある名前を呼ばれ、あからさまに声が上ずってしまった。
これじゃあ話を聞いていなかったのがバレバレだ。
ノリの悪いやつだと思われるのが嫌で必死になって最近目に入れた男子の顔を並べ、なおかつ名前と顔が一致する人を探した。
「たくみくん、とか?」
自分の回答に自分でも笑える。
誰だっけ、たくみって。
顔もぼんやり。
多分席が隣かなんかで記憶してるんだと思うけど。
「え~たくみってあのうちのクラスのたくみ?」
「え、うん。他にたくみくん居たっけ」
「いや、いないけどさ。いないからこそ。たくみ?」
文末に「笑」がつくラインみたいにわかりやすく皆の顔が少しよどんだ。
“こいつつまんない”
色が私にそういった。
心拍数が胸に手を当てなくてもわかる程に上がっていて。
私は今、注目を浴びている。
悪い意味で。
なんか、なんか言わないと。
たくみくんを皆に納得させる何かを言わないと。
なにか、なにか、
「ま、いいや。さきは?」
私の出番はそんな小さな言葉で終わった。
話を振られたさきちゃんは
「りつくんかな~」と言って
皆は「え~りつ~?」と手を叩いて笑っていた。
「え!りつくんの意外なイケメンポイント知らないでしょ⁈」
さらに笑いの渦がおきて私はもう、おぼれそうだった。
皆が「え~あいつ~?」ってなるところまでは一緒だったじゃん。
なんで私の時はあんなでさきちゃんの時はこんなに盛り上がるの?こんなの皆の反応次第じゃん。
やっぱり一軍は違うよね。
こんな三軍以下の奴、学校で人権ないんだから。
あーあ、つまんない。早く終われ修学旅行

私は皆が楽しいことを楽しめない。
皆と一緒になってはしゃげない。
シャッターがきられる瞬間にあんなエビぞりジャンプできないし、プリクラで変顔だってできない。面白い話なんて持っていないし、校則を破ってまでスカートを折ろうとも思わないし、メイクをしようとも思わない。
私には一軍が分からない。
あの人たちは何をしたって好かれるんだから、ずるい。
死ぬほどつまんないこと言っても「待って笑笑全然面白くなんだけど笑笑」ってラインの文章みたいに笑いになる。
私の話は「笑」だけどあの人たちの話は「笑笑」らしい。
つまらない。ふに落ちない。納得いかない。
一軍なんて滅びてしまえばいいのに。

「松田さん、聞いてる?」
「え?」
そんな私のまぬけな声は目の前にいる誰かの前に落ちた。
癖っ毛の髪が目元までのびていて、このご時世マスクをしているのでほぼ鼻の真ん中くらいしか見えないそいつに話しかけられた。
「英語、こっから隣の人と交代で」
多分本人も髪の毛で前があまり見えていないようで頭を小刻みに少し振るって教科書を指さした。
「ごめん、ぼーっとしてた」
「いいよ、おかげで読まずに済んだ」
当たりはだんだん音読を終えてスピーカーの音量を下げるように、クラスの声が薄くなった。
その流れに合わせてどちらが何かを言うでもなく音読をさぼった私達は前を向いて座りなおした。
うわー誰だっけ。てゆうかよく私の名前覚えてたな。
「じゃあ今のところ誰かに読んでもらおうかな」
英語の先生が得意げに時計を見た。
げっ今日って二十七日。
「二十七番の松田さんとその隣の子でさっきの所、よろしく」
最悪。よりによってさっき音読さぼった所。
二人してため息交じりに席を立つ。
その時だった。
「え!かなちゃんとたくみじゃん!」
「ほんとだ~最高じゃん!」
こないだの一軍たちの声だった。
「かなちゃん、がんばれ!」
「え、なになに?」
「ちょっと!こーゆーのは察してよ~」
「あ~なるほどね」
顔があげれなかった。
吐いた息から震えを感じた。
皆の声色からこれは嫌がらせじゃないことくらい私にだってわかる。
私は今、注目を浴びている。
いい意味で。
皆からキラキラしたまなざしを感じる。

最悪だ。

英語の先生も「え?なになに~?」と浮かれ調子だ。
マスクの中で変な汗が出る。

「もう、やっていいですか」
そんな空気を切り裂く鋭い、でも覇気のない声が教室を断ち切った。
「ここから、僕読むから」
冷たい声が降ってきた。
やっぱりちょっと指さすところがずれてる。
ああ、絶対嫌われた。
さっきまで名前すらあやふやだったクラスメイトに嫌われた。
もうやだ。
私は、名前も知らないクラスメイトとさえも普通にできない。
覇気のない声が二つ。
小さな箱の中に少しずつ落ちていった。

謝った方がいいかな。
不愉快だったよな。
もっとかわいい子ならまだしも、私って。
絶対いやだったよな。

「ねえ、」
「かなちゃんっ、よかったね~」  
私とたくみ君の間に壁が入り込んできて、私の声は全く届かなかった。
そこからは嵐のように「よかったね」「よかったね」とどうせ思ってもないことでもみくちゃにされた。
私の「始まるかもしれない恋」にはしゃいでるんじゃない。
「恋にキャーキャー言ってる自分たちに酔ってる」んだ。
ドロドロする。
ドロドロドロドロ。
私今、どんな顔してる?
笑ってる?ちゃんと。ねえ。


そのまま帰りのホームルームが始まって私は最後にゴミ捨てがあるから残ってと言われ、皆は岐路に立った。

あの子達だって努力して一軍になったのかもしれない。
一軍でいる事がしんどいと思ったことがあるかもしれない。
今までは私と同じ三軍だったかもしれない。
でも、皆が笑ってくれて、むかついたら愚痴を吐き出せて、誕生日プレゼントがもらえて写真を撮れば可愛い自分がそこに移ってる。
贅沢だ。ずるい。いいな。
私だって頑張ってないわけじゃない。
一軍の子に見捨てられたくなくて必死なんだ。
好かれなくていいから、嫌われたくない。
死ぬ勇気はないけど、消えたい。
こんなこと心の中でだけぐちぐち言ってるけど本当は、
「わっびっくりした」
教室に戻って席にある荷物を取りに行ったら、隣の席で寝てた。たくみくんが。
いいのかな、このままで。
起こしたらうざいかな。
でも、教室私が閉めなきゃなんだよな。
でも、私に触られるの絶対嫌だろうな。

「お、おきて」

こんな声で起きてくれるはずもなく、たくみ君に触ることが余儀なくされた。  

「おきて」

突っ伏して寝てるけど片目だけさっきまでより少し多めに見える。
その目はまだ、閉じたまま。
「たくみ君、起きて」
そこまで言ってしまったと思った。
さっきの英語の時間、たくみ君は私の事、松田さんって言ったよね?いきなり下の名前なんて。でも、たくみ君の上の名前、思い出せない。
「おはよ」
さっきの体制から一向に動かないからまだ寝てると思ったら、その片目だけ見えてるたくみ君は起きていた。
相変わらずかすれ気味の覇気のない声。
低くて、でもなんか、優しい声。
「ごめん、寝てた」
「全然、むしろ起こしてごめん」
また頭を少し小刻みに降って正面を向いて片手で頬杖をついた。
え、帰らないの?
鍵、閉めたいんだけど。
「松田さんさ、小説書きなよ」
「え、なんで?」
多分たくみ君の発言に対しての最適解だった。突然謎すぎ。
「なんか、世の中にめっちゃ不服そう。いつも」
「不服そう?」
「うん。内にある思い、秘めてそう」
たくみ君をじっと見た。
この高校に入って初めて人をじっと見た。
たくみ君は依然、癖っ毛の前髪で目元を隠して頬杖をついている。
どこ向いてるかわかんないけど私の方を向いてないことだけは首の向きを見ればわかる。
「言ってごらんよ。この世の不服」
「なんで」
「多分、そういうの言った方が楽だよ」
覇気のない声で何を根拠にそんなことを。
でも、じゃあ、もう知らない。引かれたっていいよ。だってこの人が言ったんだから。
大きく息を吸って、しゃべりだした。
「私だって頑張って生きてる。陰は陰なりに太陽に燃やし尽くされないように必死に頑張ってる。私は選ぶ側の人間じゃなくて選ばれる側の人間だから人に選ばれるように必死。ほんとはもっと素直に笑いたい。ほんとはもっと明るくいきたい。ほんとはもっと普通の高校生になりたい。ほんとはもっと好かれたい。私は、皆と違う私が一番嫌い。思ってもないひがみをいつも心の中で唱えるだけの毎日を送りたいわけじゃない。ぐちぐち心の中では言ってるけどほんとは、」
息がきれる。こんなに一気に話すことない。
でも最後の一言で我に返った。これは本当に言ったら引かれる気がして、本当に気持ち悪い発言だから、言わない方が絶対いい。
「ほんとは?」
そう促されたけどまだ体に残ってた息を全て吐き出した。
「いいよ、これはほんとに言わない方がいい」
「言えよ。じゃあそれが松田さんの本当に言いたことなんだよ」
声に覇気がない癖に、かすれ声の癖に、
言葉に芯があった。
強かった。
「ほんとは」
「うん」
「ほんとは、」
言いたい言葉と一緒にあふれそうな気持を抑えるために少し上を向いた。

「大丈夫だよ」

その一言が聞こえて、耳から口へ入って押し出された。私のほんとに言いたかったこと。
「本当は、誰かに本心で優しくされたかった。こんな私を受け入れてほしかった。そんな人が一人でもいてほしかった。泣いていいんだよって言われたかった。泣いたとき抱きしめてくれる誰かがいてくれたらよかった。
我慢ばっかりは、
つらいよ」

こういうのかわいい子がかわいい顔していうからいいんだろうな。
元々可愛くないのにこんなぐちゃぐちゃな顔で、絶対引いてるよ。
「松田さん、椅子、座って。落ち着けるよ」
言われるがまま、たくみ君の方を向いて席に着いた。
たくみ君は椅子を少しこちらに寄せて、運動部の監督みたいに前かがみになって足に肘を置いた。
自分の足と足の間にある手をひらひらさせながら、かすれた覇気のない声で
「松田さん、頑張ってるよ」
そう落した。
眼が、綺麗だった。
優しく笑うんだなと、そう思った。




「たくみ君、優しいんだね」
気持ちが落ち着いて、二人で帰り支度を始めてるときお礼がいいたくてこんなことを口走ってしまった。

「僕、クズだよ」

「クズなの?」

「うん、いつもならこの時間、ネクタイなんてゆるゆるだし」

「それクズっていう?」

「パチンコ屋でバイトしてる」

「え、できるの?高校生」

「うちの近所田舎だから。内緒でしてる」

「たくみ君もやるの?パチンコ」


「打つよ。あれ、勝つと熱いんだよ。負けると結構すぐお金飛ぶけど」

「クズだね」

「でしょ?」

「じゃあ、今度勝ったら教えてよ」

「いいよ」

「やっぱり負けても教えてほしいな」

「いいよ」

「じゃあ、私こっちの道」

「そっか、じゃあね。また明日」
 
「また明日」 

「あ」
と言われたので立ち止まって振り返った。
「クズの理由、もう一個」
「自分からクズになろうとしてるじゃん」
「保険は、大事じゃん?」
「確かに、で、なに?」
クスクスと笑いながら返す私の方を見る彼の顔はやっぱりよく見えない。

「なんで、ほとんどしゃべったこともない僕があんなに偉そうに松田さんの事、分ったように言えるんだろうね」

そう言って手をひらひらとさせてたくみ君は岐路に立った。
その時、「松田さん、頑張ってるよ」
この言葉の意味が少しわかった気がして口元が緩んだ。


とても一瞬のような時間を過ごした。
「僕、クズだよ」っていた時のたくみ君の顔、なんか、ちょっとよかったな。
なんて。
そして、私の心に一滴、桜色の絵の具が落ちる音がした。