「ん、真昼さん。そんなに引っ張らないでくださいましな……わたくし、どちらかと言うとリードする方が......」
「い、いいから走って、風間ちゃん! ほら、教室に行こう! 友達たくさんできるといいね、ねっ!」

 なんだかわからないけど、今、ここで楓ちゃんに押し負けてはいけない気がする。そう直感した真昼は、自分でも意外なほどの力で風の手を引き、校舎を目指して駆け出した。

 緩やかな坂を登り切ると、巨大なアーチ状の校門が生徒たちを出迎える。そこをく ぐった先が、横浜衛士訓練校の広大なキャンパスである。 いわゆる高等学校に分類される横浜衛士訓練校だが、その敷地は並の大学を超える 前身がお嬢様学校だからという理由もあるが、その広大さの一番の理由は、横浜衛士訓練校 が「衛士」を育成する軍事系特殊高校であるためだ。
  魔導兵器「戦術可変戦闘機」を駆使し、巨大生命体デストロイヤーに立ち向かう乙女たち。

 そんな彼女たちを鍛え上げるための教育機関は、「衛士訓練校」と呼ばれる。 そして衛士たちは、デストロイヤー来襲の際には戦場へと駆り出される。 つまり、真昼たちは女学生であると同時に、軍事施設の訓練生であり、戦士でもあるのだ。
 そう考えると、高揚を感じる一方で、それ以上の緊張を覚える。

(今日からは、わたしも衛士の一員なんだよね......!)

 そう思うと、自然と背筋が伸びる。 衛士はそのまま校舎に正対し、表情を引き締める。

「………今日から三年間、よろしくお願いします!」

 そして横浜衛士訓練校に向かって深々と頭を下げる。それを見て、後ろに立つがくすりと笑う。

「真昼さんって、本当に可愛らしい方ですのね.....」
「…………お互い、実りある三年間を過ごし……そして、生き延びましょう?」

 風間の声はあくまで穏やかなものであったが、その中には確かな覚悟が込められてい た。デストロイヤーたちが現れる前の時代であれば、彼女たち女学生が抱く必要のなかった 覚悟だ。

 そうつぶやきながら真昼の隣に立ち、自らも優雅に頭を下げる。

(……いつの日か……)

いつの日か、少女たちがそんな覚悟を抱かなくてもいい時代が訪れてほしい……そのために自分たちがいるのだ。
 ……………と、決意を固めた直後、ガギィンッ!! と音が響き渡った。

「戦術機の起動音!?」

 二人は慌てて音のした方へ向かうと、真昼は目を見開いた。
 その銀色を覚えている。
 その黒色を覚えている。
 真昼の命を救った二人の妖精が、黄色い髪と桃色の髪の衛士と戦術機に戦術機を向け合っていた。

「中等部以来お久しぶりです。シノア様」
「何かご用ですか? 伊佐湖さん」
「ふふふ、時雨様。最終兵器・伊佐湖が入学してきた。これで貴方のつまみ食いもおしまいだよ」
「つまみ食いなんて酷いな、羽川。君の妹の白狼ちゃんとは料理のことで相談を受けただけだよ。君や避難民のために料理をうまくなりたいなんて良い子じゃないか」
「そ・れ・で! なんで姉妹契約した私じゃなくて貴方に相談してるの!? というか最初に声をかけたのは時雨様、貴方だって知ってるんだからね! 食うつもりだったの知ってるから!」
「時雨お姉様は優しいから、単純に料理を教えただけでそんな下心はあり得ません。言いがかりはやめて羽川」
「個室で! 二人っきりで! 口説いたのは白狼の反応でわかるんだから! 白狼のことは私が一番良く知ってる! あの顔は絶対になにかされた!!」
「君は今まで食べたパンの枚数を覚えているのかい?」

 周囲で事の成り行きを見守っている人たちの中で、白髪の衛士が声を上げた。

「羽川様! 時雨様! 私の為に争わないでください!」
「白狼、これは姉としてのプライドの問題なんだ。この巨悪はここで痛い目に合わないといけない!」
「大丈夫だよ、白狼さん。君の大切な姉は優しく介抱してあげるから」
「そ、それはそれで複雑なんですが!?」

 今度は伊佐湖と呼ばれた衛士が、柊シノアに向かって言う。

「ふふふ、その時雨様一筋な姿勢……その整えられた髪や肌、私のものにしたい。食べてしまいですわ。じゅるり」
「私は髪の毛一本に至るまで時雨様のものよ。貴方に食われるつもりはないわ」
「そういう子も、体は正直なんですよ。私に身を任せてくれれば、貴方様を釘付けにして差し上げますわ」
「勝てると思っているの? 伊佐湖さん」
「一人では難しいでしょう。シノアさん。だけど羽川先輩がいる。私の突破力と羽川様の防御力、体の相性抜群。更にこれで上手く行けば白狼も我が手に!」

 それに時雨は呆れた視線を伊佐湖に向ける。

「羽川。君の最終兵器も白狼狙ってるけど良いのかい? 最終兵器は最終兵器でも自爆兵器だけど」
「伊佐湖はまだなんとかなる! 白狼の心を奪いに来る時雨様よりなんとかなる!」
「全く、やれやれ。そうだな、ここで話し合いでの解決は難しいか。シノア、君の力を見せて上げてくれ。これは試練だ、もし突破できたら特別な愛の日を約束するよ」
「わかりました。戦術機、起動。目標、羽川と伊佐湖さん。柊シノア、目標を駆逐する!」
「羽川天葉、愛する妹を守るため巨悪を打ち砕く!」
「伊佐湖深雪、私のハーレムのために虜にする!」
「一人、おかしいのいるね」

 真昼はそれを見て首を傾げる。

「やっと着いた…と思ったら何ですか? あれ」
「おおかた血の気の多い衛士が上級生に絡んでいるんですわ」
「そんな! 衛士同士で戦術機を向け合うなんて」
「衛士といったって所詮は16、7の小娘ですから喧嘩くらいするでしょう……ってあれは柊シノアですわ! ごきげんよう真昼さん!」

 風間はバチバチと視線で火花を散らす鉄火場に飛び込んでいった。
 それに見送る真昼に話しかける存在がいた。

「あ……あの! 今のは風間さんでは!?」
「う……うん」
「あの方は有名な戦術機メーカー・ボーニングの総帥を父に持つご自身も有能な衛士なんですよ」
「へ……へ~……」
「あっちの方は伊佐湖深雪さん。中等部時代からその名を馳せる実力派! 羽川天葉様! アールヴヘイムで中核を担うリーダー! もう片方は柊シノア様! 夕立時雨様との二人連携(エレメント)で攻撃を担当するダメージディーラー! そして夕立時雨! 特殊な能力はなくとも、その経験と豊富な知識で、立ち回り戦場を支援する技巧派衛士!」

 相対するその場の熱気は最高潮に達していた。

「おどきなさい。時間の無駄よ」
「ならその気になってもらいます」
「貴方にはやる気はなくてもこっちにやる気はあるのよ」