その夜。絶望に埋め尽くされた世界を、一人の黒髪の少女が切り裂いた。
 夜空に響き渡る悲鳴と怒号。
 デストロイヤーが放つ不快な高音。 一ノ瀬真昼の眼前では、木と土とが高温で溶かされ、焦げた臭いを放っていた。
 目の前の黄色いカマキリのような化け物……ミドル級デストロイヤーが放った光線。
 地面に大穴を空けたその攻撃をまともに食らえば、真昼の五体は跡形もなく消し飛ぶだろう。

「■■■■■■■■■」

 ミドル級デストロイヤーが口を開けると、次なる光線の兆しが夜の森を染め上げた。真昼に最期の時を告げる、禍々しい光だ。同時に、キュィィンという高音も鼓膜を揺らす。

「あ、あああ」

 自らの死を直感し、全身が硬直する。足だけががくがくと震えて世界を揺らす。デストロイヤーが放つ不快音がひときわ高くなった時、真昼の脳裏には、焼き尽くされる自分の姿が浮かび上がった。

「させないわ」

 だが、恐れていたその光は、真昼の身に襲い来ることはなかった。真昼は見た。 月明かりを背に、夜空に舞う一筋の銀色の閃光を。固い皮膚を切り裂く金属音。同時に、月光を凝固させたかのような白光が舞う。

「まずは一撃、シノア!!」
「はい! 時雨お姉様!」
「■■■■■■■■!!」

 上から攻撃、後ろから刺し貫かれる。高音と低音が入り混じった咆哮が響く。デストロイヤーの断末魔。
 デストロイヤーは壊れたおもちゃのように崩れ落ち、光の粒子となって消え去っていくミドル級の巨体。そして、静けさを取り戻した森の中には……二人の銀と黒の美しい少女がいた。

「妖精……?」

 真昼の眼前には、デストロイヤーの体液を払うかのように、決戦兵器「戦術可変戦闘兵器:通称・戦術機」を一閃する長髪の少女の姿があった。そして彼女の見つめる先には銀色の短髪の少女がいる。

 夜間よりもなお黒と銀の髪は、光を反射して、うっすらとそのシルエットを浮かび上がらせている。

 まるで、たった今、天空から地上に降り立ったかのような神々しい姿。梨璃は、そんな二人の少女を黙って見上げることしかできない。

「安心しなよ、もう危機は去った」
「時雨お姉様、少し避難場所までの道筋を警戒してきます。民間人の保護をして送り届けるのはお任せします」
「うん、それで良いだろう。くれぐれも」
「はい、デストロイヤー相手には二人一組が鉄則。ですよね? 大丈夫です。戦闘になったら回避を優先します」


 黒と銀の少女が発する、静かな声。お互いに軍属としてのコミュニケーション。しかし二人のその言葉を聞いた時、真昼の頬に、一筋の涙が伝った。

(なんて、美しい二人なんだろう)

 それは、安堵や恐怖からの涙ではなく、もっと熱く、忘れがたい感情の発露だった



【一ノ瀬真昼様・横浜衛士訓練校合格通知】

 今日は待ちに待った横浜衛士訓練校の入学式だ。言わずと知れた衛士の養成機関の名門中の名門。

「ここが、横浜衛士訓練校。夢じゃないんだよね?」

 真昼は、二月に合格通知を受け取って以来、もう何回目になるかわからない自問を口にした。
 二人の妖精によって真昼が九死に一生を得た夜から、二度目の春が訪れていた。
 小高い丘の上に立つ横浜衛士訓練校の校舎を見つめ、再度、今の幸せを胸に刻む。
 ここは神奈川と呼ばれた地である。

(信じられない。私リリィになる……この神奈川の「衛士訓練校」対デストロイヤー戦闘訓練校として知られる、横浜衛士訓練校。わたしは今日から、ここの一員になるんだ……...!)

 真昼の幼い頃は、自分が横浜衛士訓練校に入学するなんて考えたこともなかった。真昼にとって横浜衛士訓練校とは、高嶺の花と言える存在だったのだ。

 衛士っていうのは300年ほど前に世界中に突如出現したデストロイヤーに対抗するため残された最後の希望。


 横浜衛士訓練校の生徒でありながらデストロイヤーと戦うという使命が生まれた。

 デストロイヤーっていうのはとっても怖い怪物で、ハイヴからワープゲードを通して現れ人々を襲う人類の敵だ。

……………でも、あの夜。命の恩人である彼女に出会った二人の衛士から横浜衛士訓練校への入学が真昼の目標になった。

 柊シノアと夕立時雨。
 恩人達の名前を知ることは、そう難しくなかった。柊は名家の出であり、対デストロイヤー戦闘において一騎当千の働きを見せる彼女は、全国でも名を知られた存在で、夕立時雨も初代アールヴヘイムのメンバーで横浜衛士訓練校で三番目に強い人格と戦闘能力共に優れた英雄的な衛士だと噂されていた。

 そして、その柊シノアと夕立時雨が在籍するのが、この横浜衛士訓練校であった。

(この校舎のどこかに、本物のシノア様と時雨様が……)

 そう考えただけで目頭が熱くなってくる。 いつは、シノア様のような美しい女性、強い戦士になりたいという憧れ。時雨様のように大人びて落ち着きのある品のある女性。
 それらに真昼は強い憧憬を持っていた。

( ......もちろん、道は険しいと思うけど、努力あるのみだよね!)

 自分を奮い立たせ、小さくガッツポーズを取る真昼。
 今朝は故郷の甲州から始発電車で来たが、他の皆さんはもうとっくに寮に入ってる。どうも人よりちょーっと要領が悪く、真昼は補欠合格だ。

(でも気にしません! 合格は合格なんだから! 私は衛士になってデストロイヤーと戦うんだ)

 横浜衛士訓練校が見えてくる。

(……………でも、入学しただけで満足してちゃダメ。この横浜衛士訓練校でたくさんのことを学んで、少しでもお二人に近づかなくちゃ!)

近づかなくちゃ、という真昼の決意には、二つの意味が込められていた。ひとつ は、物理的に近づいて、実際に言葉を交わしてみたいという想い。もう一つは……。

「いざ記念すべき第一歩!」

そんな真昼の背後から、車がやってきて、真昼の側で止まる。そしてドアが勝手に開く。

「ドアくらい自分で開けます。今日からは自分の面倒は自分で見なくてはならないんですから」
「……わ、お嬢様だ」
「あら? ごきげんよう」
「えっ?」

不意に声がかけられた。真昼にとっては聞き慣れ ない言葉・・・・・・それが挨拶だと気付くまでに、二、三秒ほどの時間がかかった。
 慌てて振り向き、相手と同様の挨拶を返す。
「ごごごごきげんよう!」

 使い慣れない 「ごきげんよう」の言葉に緊張し、噛んでしまう真昼。その様子を見て、挨拶の主はころころと笑った。 笑い方ひとつを取っても、どことなく上品さを感じさせるのは気のせいだろうか。

「ふふふ、ごごごって可笑しいわね。可愛い方......」
「い、いえっ! そんなっ! わたしなんてっ!」

可愛いと言われ、思わず大声で否定してしまう真昼。それも無理はなかった。真昼に声をかけてきたのは、絶世と言っていいほどの美しい少女だったのである。

(うっっっわ、凄い綺麗)

 毛先の一本に至るまで整えられた、茶色がかった美しい髪。しっかりとメリハリのきいた抜群のスタイル。そして何より、どことなく落ち着いた優雅な雰囲気。

(シノアさま達以外にも、こんな人がいるだなんて......)

 自らの場違い感をあらためて認識してしまう真昼。

「あなたもう帰ってよろしくてよ」
 ……が、二度目のフリーズの後、慌てる。

「えっ……でも私今着いたばかりで!」
「でも私付き人は必要ないと申し上げたんでしてよ」
「つ…付き人!? 違います! あ、あの、すみません!! わたし、新入生でして、その、緊張して……!」

 わたわたと両手を振りながら非礼を詫びる真昼。すると目の前の美少女は、緊張を解きほぐすかのように、いたずらっぽくウインクをして見せた。

「それでしたら、わたくしと同じです。 わたしくは風間優衣と申します。 本日から横浜衛士訓練校に入学する新入生……あなたと同じでしてよ」
「え、ええっ!」

 風間の言葉に、二度目の大声をあげてしまう。我ながらはしたないとは思ったが、後の祭りである。 わたわたと自分の名前を名乗ると、上目遣いで言う。

「ほ、本当に新入生?風間ちゃんってすごく大人っぽいから、てっきり先輩なのかと。あ、私、私は一ノ瀬真昼です!」
相手が同級生だとわかったことで、も少し和らぐ。

「うふふ、ありがとう。 でも、真昼さんもすごく可愛らしいですわよ」
「そ、そんなあ。わたし、友達からも、いっつも子供っぽいって言われてて……」 「いいじゃありません。それもまた素敵な個性ですね。この髪飾りも、よく似合ってらしてよ」

優雅な所作ですると間合いを詰め、真昼が着けているクローバー型の髪飾りを撫でる。

「ありがとう!  これ、わたしのお気に入りなんだ。四つ葉のクローバーは幸運のを運ぶって言うでしょ?」
「幸運……………そうですわね。 こんなに可愛らしい方に出会えただけでも、横浜衛士訓練校に入学した価値がありますわ」
「……えっ?」

 気が付いた時には、真昼はいつの間にかに抱き締められていた。それほどまで、風間の動きは自然で、違和感がなかった。

「あ、あの….....?」

 突然の、その意味するところがわからず、戸惑いの声をあげる真昼。

(え、これ、どういうこと? 横浜衛士訓練校式の、お嬢様の挨拶?)

 真昼も一応、入学前にひととおりのマナー教本を読んで予習してきた。それらのマナーすべてを身につけたとはとても言えないが、それでも、こんな挨拶は書かれていなかった気がする。
 そして何よりも真昼を戸惑わせたのは……。

「かちゃん、あの……手が、わたしのお尻に当たってるよ?」
「…………あら、ごめんあそばせ。わたくしの手の長さですと、自然にこうなってしまいますの」
「そ、そうなんだ……」 

 嘘だ! 絶対嘘だ!

「そんなことより、真昼さん。このようなところで立ち話もないでしょう? 良いカフェを知っていますから、ご一緒に……」
「え?えええ? ダ、ダメだよ、風間ちゃん! これから授業なんだから!」

 抵抗しながら腕時計を見ると、すでに予約の時間を迎えていた。 入学できた喜びを実感している間に、結構な時間が経っていたらしい。

「ほら、もう時間がないよ? 初日から遅刻するわけにはいかないでしょ?」

 ばたばたと暴れながらを説得する。だが、対する風間はどこ吹く風といった表情だ。

「授業なんてくだらない。そんなもの、後からいくらでも取り返せますわ」
「私は無理なんだけど!?」
「可愛らしい女の子と過ごすひとときの方が、どれほど大切か……」

 うっとりとする風間を見て直感した。 

(これ流されたらいけないやつだ!)

 そう判断した真昼の行動は早かった。楓の手を掴んで早足で校舎へ入っていく。