未明の頃に……

「蝶…花……」
「っ…!咲人…様……?」
「ふふ…咲人って……呼んでくださいよ……」

 初めて呼び捨てされた。

 お見合い相手だって貴蝶姫って呼ぶのに…

 「貴蝶」とは私が幼い頃から呼ばれている敬称のようだが、あまり好きではなかった。

 母が「蝶花」と呼んでくれるのが大好きだったからだ。

「咲、人……」
「ふふ……やりましたね…願いがひとつ叶いました…」
「まだ、あるの…?」
「ほんとは……あとひとつだったんです……あとひとつさえ叶ってしまえば……」

 息を吸うのが辛そうに視えた。

 もう彼には時間が無い。

「何かしら?なんでも、言って…」
「蝶、花……僕…貴女の、膝で寝てみたかった、んです…」

 愛を知らずして育った青年は愛を欲した。

 それも貴蝶姫と呼ばれた少女からの愛を。

「誰の、膝でも寝たことなくて……1回くらい…やってみたかったんです……」

 息を小さく吹くように笑った。

 きっと嘲笑いだろう。

 私は彼の体をゆっくりと横たわせる。

 頭を膝に置いて、撫でてみせた。

「気持ちいい…頼んだかいが、ありました……」
「うん………」

 私の涙が顔を濡らした。