次の日、そのまた次の日と。毎日、昼休みになると、優輝が一華の教室へと出向いていた。
 教室を見回し一華を探していると、いつも真理が共にいる。そして、彼女が優輝に気づく流れとなっていた。

 今日もそうだろうと優輝は思い、また教室に向かう。そして、中を覗き込むと、何故か真理の姿は確認できたが、一華の姿は確認できない。
 不思議に思い首を傾げていると、真理がいつものように優輝に気づき駆け寄った。

「先輩、今日も来たんですね」
「あぁ…………」

 真理が駆け寄ってきたが、優輝の意識は教室内。一華の姿を確認できない事に不安が頭を過る。
 彼の様子を見て、真理は直ぐに優輝の探し人を察し教えてあげた。

「先輩、一華は他のクラスの人に呼ばれて今はいないんですよ」
「え? それって誰だ?」
「私は他のクラスの人とは特に仲良くないので……」
「どこに行ったかってわかるか?」
「いえ。聞こうとしたら一華が何も言わずに行ってしまったので……。ついて行こうとしたら、三人組の人に止められたんです。一華にも止められたので私はここで待機してました」

 真理の説明を聞いた優輝は、嫌な予感が頭を駆け巡り何も言わずに教室から飛び出した。
 真理は優輝の様子がただ事ではないと察し、迷うことなく追いかけた。

 廊下を走り、向かった先は校舎裏。息を切らし走っていると、曲がり角から女性の甲高い笑い声が聞こえ始めた。それと同時に聞こえるのは、水の音。
 優輝が必死に走り、音が聞こえた方へと飛び出した。

 そこには、優輝が想像していた光景。追い付いた真理は目を見開き、わなわなと体を震わせた。


「ちょっと、やりすぎだって~」
「にしては、笑ってるじゃん」
「こいつ、マジでうけるんですけっど~」


 三人囲まれているのは、水浸しとなっている一華。
 彼女達の近くには空になって転がっているバケツ。赤い髪を掴み引っ張ったり、見えない所を殴ったりと。
 もう、いじめの域を超えている。

 やられ放題の一華は何もしようとしない。逃げようとも、言い返そうともしない。ただ、されるがままの状態に真理は唖然とするが、すぐに怒りが芽生え、歯を食いしばり一華に走り出そうとした。
 だが、何故か真理の前に立っていた優輝が彼女を止める。

 なぜ止めるのか優輝を見上げた真理は、彼の表情を見た瞬間、芽生えた怒りが恐怖へと切り替わり顔を青くした。

 真理の様子など一切気にせず、優輝は足音一つ立てずに三人へと近づき始めた。
 ゆっくり、ゆっくりと。気配無く近づく。

 四人は優輝に気づかない。今だ一華へ罵詈雑言を繰り返す。
 何も言わない一華に飽き始めたのか、いじめの主犯である女子生徒が掴んでいた髪を離し彼女を見下ろす。

「あー、でも。もう、飽きた」

 彼女の言葉に、取り巻きの二人も賛同。今まで好き勝手やっていたくせに、急に静かとなる。
 俯いている一華の腹部を最後に殴り、その場から去ろうする。その時にやっと、優輝の存在に気づいた。

「は? あんた、確か最近ずっとこいつと一緒に居た…………」

 優輝の姿を確認し、驚きつつも相手を年上だと思わないっような口調で言った。

「そうだ、よく知ってんな」
「まぁ、いつも一緒に居るところは見てたから」
「それは、俺がいつ離れるか。一華がいつ一人になるか、それを確認するためか?」

 優輝からの言葉に息を飲む彼女だが、すぐに鼻を鳴らし口角を上げた。

「だから何ですかぁ? ()()を探しているだけなんですが? 普通ですよね? 先輩?」

 満面な笑みを浮かべ、挑発するように言い放つ。一華はやっと顔を上げ、優輝を見た。目を開き、痛む体を無理やり動かし立ち上がろうとする。

「そうだ、先輩。あいつの個性の花を知っていますか? 赤い薔薇ですよ。赤い薔薇は()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、見境ないんですよぉ。男を自分の助かる道具としか思っていない人より、私の方がいいですよ? 先輩も、あんな地味な女より、私のような美人の方が嬉しいでしょう?」

 誘惑するように女性は優輝に近付いて行く。彼の胸板に手を添え、顔を近づかせる。
 その動きはまるで、教科書にでも載っていたかのような物。自然に身に着けた物ではなく、頭で学び身に着けた技。
 こうしたあとに、こうすればいい。そのような手順が頭の中で再生され、彼女はそれに従う。ただ、それだけの動き。

 彼女の強気な表情を目にした優輝は、目を伏せ俯く。

「…………そうか」
「あら、やっぱり見た目が美人の方がうれしっ――――」

 肯定したかのような言葉を吐き、優輝は腰を折る。右手にはいつの間にかスマホが握られており、画面には彼女と四十台くらいの男性が仲良さそうに手をつないで歩いている姿が映し出されていた。
 優輝がその画面を見せながら彼女の耳元に口を寄せ、何かを呟いた。すると、急に彼女は顔を真っ青にして体を震わせ始めた。
 突如豹変した彼女に、周りは困惑。取り巻き二人がすぐに動き、震える彼女に駆け寄った。

 優輝は直ぐにその場から離れ、驚いている一華の元へと向かった。
 彼の後ろでは、今だ怯えている彼女を支え、その場から居なくなろうとしている女子三人。

「あ、そうだ」

 なにかを思い出したかのように優輝は、振り向き言い放つ。

「もし、これからも一華に絡むようならさっきの事、学校に言いふらすから覚えとけよ」

 その言葉に、怯えている彼女が肩を大きく震わせ、真っ青な顔を振り向かせた。
 優輝が笑みを浮かべると、小さな悲鳴を上げそのまま走り去る。取り巻き達も、追いかけるように走り出しその場から姿を消した。

 完全にいなくなったことを確認すると、笑顔を消し優輝が一華に駆けよった。

「大丈夫か!?」
「あ、ありがとうございます…………」

 目を合わせようとしない一華に、優輝がハンカチを渡した。素直に受け取り、彼を見上げる。

「ひとまず、濡れていると風邪を引くからな、髪とか腕とかをそれで拭いていい。この後は俺が姉貴に言って服を借りて来る」
「あ、ありがとうございます」

 言われた通り、一華は素直にハンカチで腕や頬を拭き始めた。隣では真理が悲痛な表情を浮かべ、一華を見ている。

「あの、一華、ごめん!!」
「っ、え、なんで真理が謝るの?」

 真理が謝ったことに驚き、一華は優輝から受け取ったハンカチを落としそうになる。
 優輝もなぜ真理がいきなり謝ったのかわからず、横目で見た。

「私、一華を守るって。何があっても大丈夫だからって、約束したのに。結局、何も出来なかった。今回なんて気づく事すら出来なかった。ほんと、ごめんなさい!!」

 涙ながらに謝る真理に、一華は困ったような顔を浮かべる。
 真理のせいではない、真理が謝る必要はない。そう言いたいのに、言葉がまとまらず口をパクパクとさせるのみ。

 そんな二人を見て、優輝は優しく微笑んだ。

「そう言ってくれる奴がいるだけで、嬉しいもんよ」
「っ、え、それって、どういう事でしょうか…………」

 真理は困惑の声を上げ優輝を見た。

「手を伸ばしてくれる、助けてくれる人がいる。自分を絶対に()()()()()と思える人がいる。これだけで人の心は救われるんだ。そばにいるだけでお前は一華を守っていることになる」

 優輝の言葉に、一華は笑みを浮かべ頷いた。

「それとな、これからはお前一人で守る必要はないぞ。俺も、一華を守る事に全力を注ぐからな。だから、あまり背負いこむなよ」

 真理の頭をポンポンと撫で、笑みを向ける優輝。真理は目を丸くして彼を見た。

「えっと、私は大丈夫ですよ」

 真理がきょとんとして何も言えない時、隣から手を上げ、一華が遠慮するように言った。
 だが、それを二人が頷くわけがない。

「大丈夫なわけないだろ」
「そうだよ!! これからも私達が絶対に守るからね! 約束!!」

 無理やり一華の右手を掴み、小指を絡ませる。

「先輩も!!」
「お、いいねぇ」

 そこに優輝も混ざり、真理は白い歯を見せ笑った。

「指切りげんまん!!!」

 真理の大きな声が校舎裏に響き渡り、元気よく指切りをした。
 二人がしてやったと、笑顔で一華を見たため、彼女もつられて笑う。

 三人が笑い合っていると、真理が「あ」と声を上げた。

「そういえばなんですが、先輩。さっきの人をどうやってあそこまで怯えさせたんですか?」
「あー。それな。あいつの秘密を握っただけだ」
「秘密?」

 真理と一華が首を傾げ優輝を見るが、彼はニヤニヤするだけで何も言わない。片手でスマホを操作し、先ほど画面に見せた写真をそっと消した。

「まっ、気にするな」

 さわやかな笑みを浮かばせ、優輝がポケットにスマホを入れる。これ以上は聞いても意味はないと思い、二人も優輝を見るが質問はせず、立ち上がった。
 優輝は職員室に、真理と一華は保健室に向かい、今日はこのまま解散となった。